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第11章 ふたりのルイスと魔王2
将軍足利義輝の死 1565年 京都
しおりを挟む〈足利義輝、三好長慶、三好義継、松永久通、松永久秀、覚慶、ルイス・フロイス、小侍従局〉
それは永禄八年(1565)の春のことだった。
織田信長が数えで三十二歳の誕生日を迎えてしばらく経った頃である。
京都で変事が起こった。
将軍足利義輝が三好勢の襲撃を受けて死亡したのだ。
三好家はかつて細川氏の有力な家臣だった。しだいに畿内で権勢を振るうようになり、将軍の立場をも脅かすようになった。義輝はその防御の目的もあり、全国各地の戦国大名に助力を求め、上洛した者らには諱を授けたり領国の守護に任命するなどした。そして各地の紛争の調停もすすんで行った。かつて鎌倉幕府を開いた源頼朝が東国武士たちの助力を得て主従関係を結んだように、征夷大将軍を任ぜられた者が本来務める役目を果たそうとしていたのである。それがもう形骸化しており、先が見えてきているという事態を何とか押し止めようとしていたのだ。
三好との対立についていえば、長慶が存命中はお互いの配慮でうまく付き合う時期もあった。ただ先にも述べた『甲子』の改元にまつわるいざこざの辺りからその権勢に翳りが見えてきた。ほどなく頭領の長慶が病に倒れ亡くなると、将軍と三好の関係は悪化の一途をたどった。
他の大名が将軍に続々と付いたなら攻められるのはまず、真っ向から対立している三好になるだろう。
それが件の変事を引き起こしたのだろうか。
十二月以降、義輝は新たに二条御所と呼ばれる屋敷の建造に着手した。ここを拠点に政事を執り行おうとしていたのである。
一方、三好は阿波の足利義維の嫡男・義栄(義輝の従兄弟)を新将軍にと推挙する旨を朝廷にはかるが断られた。重ねて義輝の後ろ楯になっている近江の六角氏が自領の騒動で動きが取れなくなる。このふたつが将軍への決起を逸らせたようにも見える。
永禄八年(1565年)五月初め、三好重存(長慶の養子、実の甥)が上洛し義輝に謁見した。その際、義輝は重存に「義」の偏諱と左京大夫の官位を与え、以降義重と諱を変える。表面上は穏やかなやり取りだったようだが、きな臭い空気が漂っていたのかもしれない。この直後義輝は身の危険を感じ、建造中の御所を出て避難しようとしたともいわれる。ただそれは周囲に止められ義輝は京に留まる。
五月十九日朝、二条御所の門前に声が上がった。
「将軍に訴えあり!」
声の主は三好義継初め三人衆(重臣の三好長逸・三好宗渭・岩成友通)、家臣の松永久通らのもとに集結した約一万ともいわれる軍勢から発せられたものだった。彼らは清水寺参詣と称して京に入ったのである。取り次ぎの者が義輝に急ぎ報せる。義輝は軍勢の多さを耳にして、とても太刀打ちできないと察する。
「これで仕舞いじゃ」
義輝は近臣らとともに酒を酌み交わす。それから一同武装して、二条御所に侵入し周囲をぐるりと取り囲んでいる三好勢を迎え撃つ。そこからは死闘だった。将軍の近臣や兵らは戦い、楯となり主君を守るが次々と討たれていく。
義輝自身も応戦したがついに倒れた。多くの敵に一斉に襲いかかられたとも、自害したと伝わる。三好勢は容赦がなかった。義輝の生母慶寿院が自害、義輝の弟で鹿苑院院主・周暠が殺害され、側室の小侍従局も手に掛けられた。二条御所には火が放たれ、多くが灰塵に帰すこととなった。
これを『永禄の変』という。
義輝にはもう一人弟がいた。覚慶という。彼は松永久秀(久通の父)に捕えられ、大和国(奈良)の興福寺に幽閉される。
三好義継らは再度覚慶の従兄弟にあたる足利義栄を将軍に立てようと動いていた。それが叶えば自分たちの思いのままになると考えていたが、そうたやすいものではなかった。
二条御所の襲撃と殺戮は朝廷・公家はじめ京の人々にとっても、各地の戦国大名にとっても許しがたい蛮行だった。三好勢は討つべき対象となり、合わせて覚慶の救出と将軍擁立に向けて動き出す。
京都の変事を身近で見聞きした者はそれぞれ記録を残している。山科言継の『言継卿記』が特に有名であるが、ポルトガルから来た宣教師の記録もそこに含まれた。
ルイス・フロイスはこの件についても公家や町人の信徒などに詳細に聞いて書き続けている。
「ああ、フロイス司祭。まだ書いているのか」とガスパル・ヴィレラ司祭が尋ねる。夜もだいぶ更けて、ろうそくがジジジと音を立てている。もうじき燃え尽きてしまうのではないか。
フロイスはふうと息をひとつついて、年長の同僚の顔をじっと見る。
「どうかしましたか」とヴィレラが尋ねる。
「このところ、残しておかなければならないということばかり起こります。ヴィレラ司祭は今回の件をどのように思われますか」とフロイスが尋ねる。
ヴィレラ司祭は思案顔になってから言う。
「この国の状況は複雑すぎて、しかもころころ変わっていく。二条御所は焼かれましたが、それと同じようにも思えます。風向きを見て火の粉を避けないとこちらにまで燃え移る」
フロイスが深くうなずく。
「私もそう思います。この国の天子さまと武家の天辺である公方さま(将軍)の力関係も分かりづらいが、公方さまがこうもたやすく倒されてしまうのはどのようなことでしょうか」と彼はまたつぶやくように問いかける。
「すでに大半の力を失っていたのでしょう」とヴィレラ司祭は答える。
「そうですね、そして将軍というのは全土を臣従させて軍事を完全に掌握しないと続かない役目なのでしょう。これほどの大事件はさらなる混乱を引き起こしますね」と言ってフロイスは紙の山をふっと見る。
「そう思います。あまりひどいことにならないとよいのですが」
二人はしばらく黙っている。
ろうそくの火がいっそう明るくなった。
もうじき火が尽きるのだ。
その火を見ながら、フロイスは口を開く。
「京の町の騒ぎようを見ますと、これはまだまだ終わりが見えないようです。将軍を誰が継ぐかも分からない。三好殿がどのような動きかたをするかも分からない。一国の要たる人が倒されたのですから。私たちはその動乱のただ中にいるのだとしっかり認識しなければなりませんね。そして、宣教活動を無事にすすめるためにも、公方さまに代わる後ろ楯を見いださねばなりません。そうでなければ、早晩私たちも追放されるでしょう」
ヴィレラ司祭はごくりと喉で音を立てる。そして、一息置いて物書きの司祭にいう。
「フロイス司祭、まだろうそくがあります。必要ですか」
フロイスはうなずいた。
フロイスは小侍従殿(義輝の側室)の最期の様子について下記のように記している。
〈ついで彼女は阿弥陀の名を十度唱え、その仏僧から十念と称されている罪の完き赦免を受けた。それから彼女はもう一度阿弥陀の祭壇の前で合掌して祈った。そして彼女がある知人の墓に(詣でようとして)寺院を出た時に、彼女の首を刎ねることになっていたナカジ・カンノジョウという兵士が抜刀して彼女に近づいた。彼女は時至ったことを認め、跪いて大声で阿弥陀の名を呼んだ。そしてその兵士が来ると、公方の宮廷の習わしどおり、束ねないで垂らしていた頭髪を(彼は)片手で高く持ち上げた。(ところで)彼女の首を刎ねるつもりで与えた強い一撃は彼女の顔を斜めに切りつけた。小侍従殿と称されたこの奥方は、「御身はこの務め(を果す)ために参られたるに、いかにも無様でござろうず」と言った。そして第二の一撃で、(兵士は)彼女の首を切り落とした。
かくてその後日本人たちは、かの夫人は身重であったから、その際二人を殺したことになると言っていた。彼女が懐妊していた子供は生まれる前に殺されたのである。そしてその場に居合わせた人々のうち、この悲惨な情景に多くの涙を流さぬ者は一人としていなかった。〉※1
そこまで書いたところで、フロイスは力尽きたようにペンを置いた。新しいろうそくが明るい光を与え続けていたが、彼はそれをふっと消した。このような悲惨で哀れな話を書くことは本意ではない。しかしそれを詳細に記していくのは自分に与えられた役割のようにも思える。
それにしても何と哀れな……。
そしてフロイスは、阿弥陀如来の導きで天に上った女性と、生まれなかった子どものためにキリスト教のことばで祈り始めた。
※1『フロイス 日本史3』松田毅一・川崎桃太訳(中央公論社)より引用
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