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第5章 フィガロは広場に行く3 ニコラス・コレーリャ
Si, Nicolás/Sim, Luís 1541年 リスボン
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〈ルイス・デ・アルメイダ、ルイスの父母、セヴェリーノ一家、ニコラス・コレーリャ〉
ポルトガルのリスボンの海に近い一画、アルファマ街は不穏な空気に包まれていた。
つい先だっての1540年9月26日、王宮近くのリベイラ広場で行われた火刑が人々を恐怖をどん底に陥れたのだ。火刑の主たる理由は、キリスト教徒であると偽ってユダヤ教徒であり続けたということだった。ポルトガル王ジョアン3世は異端審問所の創設にとどまらず、見せしめの刑を行うことで自身がキリスト教(カトリック)の忠実な庇護者であることをスペイン、フランス、そして教皇庁のローマに強く主張したのだ。
もともと、スペインがユダヤ教徒追放令を発して異端審問制度を本格的に導入したのだが、ポルトガルはその路線を推し進めたのだった。
冷静に見るならば、この頃ヨーロッパを席巻していたのはプロテスタントであり、ユダヤ教徒ではなかった。レコンキスタ(国土解放運動)を成し遂げたスペインのフェルナンド王とイザベッラ女王の時代はイスラム教徒の追放に付随する形でユダヤ教徒にも追放令が発布されたものである。16世紀半ばのこの頃とは異なる状況だったのだ。しかし、ジョアン3世は異端審問を中心に据えた。この頃まだ、ポルトガルにプロテスタントが大きな影響を与えていなかったこともあるだろう。ポルトガルが他に示す手段がそれしかなかったということでもある。
(9月26日のことについては第2章の『焰(ほのお)』をご覧ください)
大きな流れを言うならばそのようなことになるが、国王の強硬な姿勢は、それまで平穏に暮らしていたユダヤ系市民を脅かすことになる。
異端審問所への召喚には、密告が大きな力を発揮した。真実がどうであるかはともかく、それで召喚され審問所に収容される。他を密告すれば出してやると審問の際に言われれば、嘘をついて他の人間を挙げる例も出てくる。9月26日の火刑にしてもどれほどの人が信仰を偽ったと言えるか、明らかではない。
1540年も暮れる頃、アルファマに住むカルロス・セヴェリーノの邸宅に異端審問所からの召喚状が届いた。比較的富裕な商人で王宮にも出入りしているほどの人物だった。その邸宅も街の奥まった一画にあり、落ち着いた風情の広い家だった。
このとき、セヴェリーノは外出していて不在だった。彼の妻と3人の子どもたちだけが在宅している。戸口で異端審問所の役人が手短に召喚の旨を伝える。セヴェリーノの妻はさっと青ざめた。夫が戻るまで出頭を待ってもらえないか、せめて子どもたちは置いて自分だけではだめかーーと懇願していたが、聞き入れられなかった。
連れられていく1人の女性と3人の子どもがアルファマ街を抜けて異端審問所に引き連れられていく。その姿を街の人々はものも言わずに見守っている。ひそひそ話さえも聞こえない。わずかでも異端審問所の役人に疑いを持たれるような振る舞いをすれば、次は我が身かもしれない。皆ただ黙って立っているしかなかった。それが日頃仲良くしている隣人であってもだ。
アントワープに行った方がよかったのか。
そんな思いを抱く者もいる。
スペインでユダヤ教徒追放令が出た後、大勢のユダヤ教徒、ユダヤ人が外国に流れていった。彼らの多くはポルトガルやアントワープ、あるいは神聖ローマ帝国領からオスマン・トルコ領に移り住んだ。しかし、決してそこも安住の地とはいえなかったのだ。
アントワープでも次の世紀にかけて同種の政策が取られることになる。
主のいないセヴェリーノ一家が引き連れられていくのを、真っ青な顔で見ている少年がいた。セヴェリーノとも知り合いの商家の息子、ルイス・デ・アルメイダだ。この時15歳になったばかりである。
ルイスは自分の家に一目散に走っていった。そして、在宅していた父親に慌てて告げる。
「父さん、大変だ! セヴェリーノさんのうちが異端審問所に連れていかれた。カルロスさんはいない。ソッラさんとアルフォンソとマリアとテレサが……」
ルイスの父親は息子の顔を見ると、眉をしかめて静かに首を横に振った。もうすでにそのことを知らされているようだった。
「密告だ……カルロスの不在を狙ったのだ。申し開きする時間を与えないように……」
ルイスは愕然とした。
そんな卑怯な……。
「誰がいったい、そんなことを……」
父親は息子が真っ向から投げた問いに、どう答えたらいいかしばらく考えた。それから、息子が理解できるように、ゆっくりと話す。
「……ぎりぎりまで追い込まれると、人間の本性が現れる。自分たちだけは助かりたい。そして、より恵まれた人たちに矛先が向く。羨望、妬み、嫉み……そういうことだ。ルイス、残念だけれど、カルロスが上手に切り抜けるのを祈るほか、私たちにできることはない」
ルイスには納得ができない。
「だって、ソッラさんは結婚してポルトガル人になったけれど、イタリア半島から来た人でマラーノではない」
「ルイス、カルロスだってマラーノではないよ。聖堂に喜捨を続けている立派なキリスト教徒だ」と父親が静かに言う。
マラーノ、というのはキリスト教に改宗していない、あるいは改宗したと見せかけているユダヤ教徒のことだ。
ルイスはうなだれる。
そして、休んでいる母の部屋に行く。母は起きていた。にこやかにルイスの顔を見る母親にセヴェリーノ家のことを話した。母親は父と同じように眉をひそめて、長いため息をひとつついた。
「そうなの……ソッラさんにはいつもよくしてもらっているのに。でも、セヴェリーノさんのように、宮廷に出入りしている人までそんな目に遭うなんて……ルイス、祈りましょう。彼らの無事を」
「はい、母さん」とルイスはひざまづいて、母とともに部屋のマリア像に向かって祈りはじめた。
3日後、仕事で遠方に出ていたカルロス・セヴェリーノが帰宅すると、待ち構えていた異端審問所の役人に出くわす。彼も着の身着のままで審問所に連れていかれた。
1541年がやってきた。
ニコラスは冬のイベリア半島を縫うように横切った。スペイン側の国境の町バダホスを越えればポルトガルだ。エヴォラ、セトゥバルを経由してリスボンまでは一本道になる。道行く人に聞くと距離は45レグア(約225km)ほどで、さほどの難所もないようだ。
ローマからフィレンツェに行くより近いな……と考えてニコラスはふっと思う。母の腹にいた頃から、ずいぶんいろいろな所へ移動したものだ。ミラノ、フェラーラ、フィレンツェ、ヴェネツィアに暮らした。移動はもっと多い。ローマにたびたび赴いたし、道中立ち寄った場所も思い出せないほどあった。
そして今回の長い旅……これは自分にとってひとつの区切りであるようにニコラスには思える。
乾いた大地とわずかな灌木、岩山ばかりがが続く平原。そして半島の南部、グラナダに至れば、イスラムの遺物がまだそこらかしこに残っている。細かく配置された原色のタイル、建物や床の複雑な紋様……それらの技巧の素晴らしさにニコラスは目を見張った。それらが乾いた風景によく映えて一体となっているのは見事というほかない。イタリア半島とは異なる風景を行き過ぎる中で、ニコラスは自分が世界というもののほんの一部しか知らないことを思い知った。
そして、ここには人を感傷的にさせる魔法がかかっているようにも思える。
これから、母ソッラと僕の空白になってしまった時間を埋めていかなければならない。憂愁に浸っている暇はない。
ニコラスはポルトガルの首都へ一路進んでいく。
エヴォラを抜けてアルカセル・ド・サルに至ると、目の前の景色がパアッと広がった。そこは大きな川だったが、潮の匂いが漂い、海がごく近いことを感じさせる。ヴェネツィアで海の匂いに親しんでいるニコラスだったが、この景色には圧倒された。
西に広がる大海原が陸地に運ぶ風、さえぎるものは何もない。
被造物も人造物もすべてないものであるかのように、堂々と通り抜けてゆく風。
その流れだけで無限の空間が立ち現れるように、ニコラスには感じられた。
アルカセル・ド・サルを過ぎると、セトゥバルはすぐだ。
ここでニコラスは大西洋に出会う。
イベリア半島の西端には大きな湾が双子のように並び、大西洋の流れを抱き止めている。セトゥバルの湾を越えてさらに進むと、リスボンを対岸に望む大きな湾が現れる。丘の上に立つニコラスはその壮大な風景に息をのむ。遠くからでも一目でそれと分かる大都市も。
リスボン。
あれがリスボンだ。
ニコラスがヴェネツィアを発ってから、もうすぐ4カ月が経とうとしていた。胸がいっぱいになった彼は足早にその方向に進んだ。
リスボンに着いたのは、もう夕刻だった。本来ならば宿を取って翌朝母親の住所を尋ねるのが常識的な振る舞いといえるだろうが、ニコラスは気が急いていた。
ニコラスはアルファマ街の場所を聞くと、矢も盾もたまらず走り出す。
大きな太陽が海にどんどん沈んでいく。
ニコラスはそれに負けじと走った。
アルファマ地区に入っても速度を落とさず走り続けた。そして、目指す家の前に着いた。ニコラスは遠慮がちにドアを叩く。反応がない。もう一度、今度は少し強めにドアを叩く。
反応がない。
ニコラスはふと、家の様子を見る。
人の気配がない。
灯りも点いていない。
もう室内では灯りが必要な時間なのに。
3人いると言っていた、子どもの声もまったく聞こえない。
ニコラスは不安に駆られる。
まさか、引っ越してしまったのか。
「セヴェリーノさんのお客様ですか?」
ふと、ポルトガル語で尋ねる声が聞こえた。振り返ると、そこにはひょろっとした風貌のあどけなさの残る顔の少年が立っていた。
「Si(ええ)、ソッラ……いや母さんに会いに」とニコラスはスペイン語でとっさに答えた。
少年はスペイン語を解するようだった。しかし、少年はなんと言っていいのかわからないようすで、頭の中で言葉を探し続けていた。そして、一言だけ、思い出した言葉を発した。
「ニコラスさん? ですね」
「Si(はい)」とニコラスは目を見開いて答え、自身も記憶の片隅に残る言葉を返した。
「ルイス?」
「Sim(はい)」と少年は答えた。
ソッラがルイスにニコラスの話をして、ニコラスにルイスのことを書いた。ニコラスとルイスはソッラの言葉で、お互いを認識することができたのだ。
しかしふたりをつなぐソッラはいない。
ポルトガルのリスボンの海に近い一画、アルファマ街は不穏な空気に包まれていた。
つい先だっての1540年9月26日、王宮近くのリベイラ広場で行われた火刑が人々を恐怖をどん底に陥れたのだ。火刑の主たる理由は、キリスト教徒であると偽ってユダヤ教徒であり続けたということだった。ポルトガル王ジョアン3世は異端審問所の創設にとどまらず、見せしめの刑を行うことで自身がキリスト教(カトリック)の忠実な庇護者であることをスペイン、フランス、そして教皇庁のローマに強く主張したのだ。
もともと、スペインがユダヤ教徒追放令を発して異端審問制度を本格的に導入したのだが、ポルトガルはその路線を推し進めたのだった。
冷静に見るならば、この頃ヨーロッパを席巻していたのはプロテスタントであり、ユダヤ教徒ではなかった。レコンキスタ(国土解放運動)を成し遂げたスペインのフェルナンド王とイザベッラ女王の時代はイスラム教徒の追放に付随する形でユダヤ教徒にも追放令が発布されたものである。16世紀半ばのこの頃とは異なる状況だったのだ。しかし、ジョアン3世は異端審問を中心に据えた。この頃まだ、ポルトガルにプロテスタントが大きな影響を与えていなかったこともあるだろう。ポルトガルが他に示す手段がそれしかなかったということでもある。
(9月26日のことについては第2章の『焰(ほのお)』をご覧ください)
大きな流れを言うならばそのようなことになるが、国王の強硬な姿勢は、それまで平穏に暮らしていたユダヤ系市民を脅かすことになる。
異端審問所への召喚には、密告が大きな力を発揮した。真実がどうであるかはともかく、それで召喚され審問所に収容される。他を密告すれば出してやると審問の際に言われれば、嘘をついて他の人間を挙げる例も出てくる。9月26日の火刑にしてもどれほどの人が信仰を偽ったと言えるか、明らかではない。
1540年も暮れる頃、アルファマに住むカルロス・セヴェリーノの邸宅に異端審問所からの召喚状が届いた。比較的富裕な商人で王宮にも出入りしているほどの人物だった。その邸宅も街の奥まった一画にあり、落ち着いた風情の広い家だった。
このとき、セヴェリーノは外出していて不在だった。彼の妻と3人の子どもたちだけが在宅している。戸口で異端審問所の役人が手短に召喚の旨を伝える。セヴェリーノの妻はさっと青ざめた。夫が戻るまで出頭を待ってもらえないか、せめて子どもたちは置いて自分だけではだめかーーと懇願していたが、聞き入れられなかった。
連れられていく1人の女性と3人の子どもがアルファマ街を抜けて異端審問所に引き連れられていく。その姿を街の人々はものも言わずに見守っている。ひそひそ話さえも聞こえない。わずかでも異端審問所の役人に疑いを持たれるような振る舞いをすれば、次は我が身かもしれない。皆ただ黙って立っているしかなかった。それが日頃仲良くしている隣人であってもだ。
アントワープに行った方がよかったのか。
そんな思いを抱く者もいる。
スペインでユダヤ教徒追放令が出た後、大勢のユダヤ教徒、ユダヤ人が外国に流れていった。彼らの多くはポルトガルやアントワープ、あるいは神聖ローマ帝国領からオスマン・トルコ領に移り住んだ。しかし、決してそこも安住の地とはいえなかったのだ。
アントワープでも次の世紀にかけて同種の政策が取られることになる。
主のいないセヴェリーノ一家が引き連れられていくのを、真っ青な顔で見ている少年がいた。セヴェリーノとも知り合いの商家の息子、ルイス・デ・アルメイダだ。この時15歳になったばかりである。
ルイスは自分の家に一目散に走っていった。そして、在宅していた父親に慌てて告げる。
「父さん、大変だ! セヴェリーノさんのうちが異端審問所に連れていかれた。カルロスさんはいない。ソッラさんとアルフォンソとマリアとテレサが……」
ルイスの父親は息子の顔を見ると、眉をしかめて静かに首を横に振った。もうすでにそのことを知らされているようだった。
「密告だ……カルロスの不在を狙ったのだ。申し開きする時間を与えないように……」
ルイスは愕然とした。
そんな卑怯な……。
「誰がいったい、そんなことを……」
父親は息子が真っ向から投げた問いに、どう答えたらいいかしばらく考えた。それから、息子が理解できるように、ゆっくりと話す。
「……ぎりぎりまで追い込まれると、人間の本性が現れる。自分たちだけは助かりたい。そして、より恵まれた人たちに矛先が向く。羨望、妬み、嫉み……そういうことだ。ルイス、残念だけれど、カルロスが上手に切り抜けるのを祈るほか、私たちにできることはない」
ルイスには納得ができない。
「だって、ソッラさんは結婚してポルトガル人になったけれど、イタリア半島から来た人でマラーノではない」
「ルイス、カルロスだってマラーノではないよ。聖堂に喜捨を続けている立派なキリスト教徒だ」と父親が静かに言う。
マラーノ、というのはキリスト教に改宗していない、あるいは改宗したと見せかけているユダヤ教徒のことだ。
ルイスはうなだれる。
そして、休んでいる母の部屋に行く。母は起きていた。にこやかにルイスの顔を見る母親にセヴェリーノ家のことを話した。母親は父と同じように眉をひそめて、長いため息をひとつついた。
「そうなの……ソッラさんにはいつもよくしてもらっているのに。でも、セヴェリーノさんのように、宮廷に出入りしている人までそんな目に遭うなんて……ルイス、祈りましょう。彼らの無事を」
「はい、母さん」とルイスはひざまづいて、母とともに部屋のマリア像に向かって祈りはじめた。
3日後、仕事で遠方に出ていたカルロス・セヴェリーノが帰宅すると、待ち構えていた異端審問所の役人に出くわす。彼も着の身着のままで審問所に連れていかれた。
1541年がやってきた。
ニコラスは冬のイベリア半島を縫うように横切った。スペイン側の国境の町バダホスを越えればポルトガルだ。エヴォラ、セトゥバルを経由してリスボンまでは一本道になる。道行く人に聞くと距離は45レグア(約225km)ほどで、さほどの難所もないようだ。
ローマからフィレンツェに行くより近いな……と考えてニコラスはふっと思う。母の腹にいた頃から、ずいぶんいろいろな所へ移動したものだ。ミラノ、フェラーラ、フィレンツェ、ヴェネツィアに暮らした。移動はもっと多い。ローマにたびたび赴いたし、道中立ち寄った場所も思い出せないほどあった。
そして今回の長い旅……これは自分にとってひとつの区切りであるようにニコラスには思える。
乾いた大地とわずかな灌木、岩山ばかりがが続く平原。そして半島の南部、グラナダに至れば、イスラムの遺物がまだそこらかしこに残っている。細かく配置された原色のタイル、建物や床の複雑な紋様……それらの技巧の素晴らしさにニコラスは目を見張った。それらが乾いた風景によく映えて一体となっているのは見事というほかない。イタリア半島とは異なる風景を行き過ぎる中で、ニコラスは自分が世界というもののほんの一部しか知らないことを思い知った。
そして、ここには人を感傷的にさせる魔法がかかっているようにも思える。
これから、母ソッラと僕の空白になってしまった時間を埋めていかなければならない。憂愁に浸っている暇はない。
ニコラスはポルトガルの首都へ一路進んでいく。
エヴォラを抜けてアルカセル・ド・サルに至ると、目の前の景色がパアッと広がった。そこは大きな川だったが、潮の匂いが漂い、海がごく近いことを感じさせる。ヴェネツィアで海の匂いに親しんでいるニコラスだったが、この景色には圧倒された。
西に広がる大海原が陸地に運ぶ風、さえぎるものは何もない。
被造物も人造物もすべてないものであるかのように、堂々と通り抜けてゆく風。
その流れだけで無限の空間が立ち現れるように、ニコラスには感じられた。
アルカセル・ド・サルを過ぎると、セトゥバルはすぐだ。
ここでニコラスは大西洋に出会う。
イベリア半島の西端には大きな湾が双子のように並び、大西洋の流れを抱き止めている。セトゥバルの湾を越えてさらに進むと、リスボンを対岸に望む大きな湾が現れる。丘の上に立つニコラスはその壮大な風景に息をのむ。遠くからでも一目でそれと分かる大都市も。
リスボン。
あれがリスボンだ。
ニコラスがヴェネツィアを発ってから、もうすぐ4カ月が経とうとしていた。胸がいっぱいになった彼は足早にその方向に進んだ。
リスボンに着いたのは、もう夕刻だった。本来ならば宿を取って翌朝母親の住所を尋ねるのが常識的な振る舞いといえるだろうが、ニコラスは気が急いていた。
ニコラスはアルファマ街の場所を聞くと、矢も盾もたまらず走り出す。
大きな太陽が海にどんどん沈んでいく。
ニコラスはそれに負けじと走った。
アルファマ地区に入っても速度を落とさず走り続けた。そして、目指す家の前に着いた。ニコラスは遠慮がちにドアを叩く。反応がない。もう一度、今度は少し強めにドアを叩く。
反応がない。
ニコラスはふと、家の様子を見る。
人の気配がない。
灯りも点いていない。
もう室内では灯りが必要な時間なのに。
3人いると言っていた、子どもの声もまったく聞こえない。
ニコラスは不安に駆られる。
まさか、引っ越してしまったのか。
「セヴェリーノさんのお客様ですか?」
ふと、ポルトガル語で尋ねる声が聞こえた。振り返ると、そこにはひょろっとした風貌のあどけなさの残る顔の少年が立っていた。
「Si(ええ)、ソッラ……いや母さんに会いに」とニコラスはスペイン語でとっさに答えた。
少年はスペイン語を解するようだった。しかし、少年はなんと言っていいのかわからないようすで、頭の中で言葉を探し続けていた。そして、一言だけ、思い出した言葉を発した。
「ニコラスさん? ですね」
「Si(はい)」とニコラスは目を見開いて答え、自身も記憶の片隅に残る言葉を返した。
「ルイス?」
「Sim(はい)」と少年は答えた。
ソッラがルイスにニコラスの話をして、ニコラスにルイスのことを書いた。ニコラスとルイスはソッラの言葉で、お互いを認識することができたのだ。
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