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本編

32.相互確認

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 「生前」の俺はヘテロでもゲイでもなかった。
 性欲というものが感じられなくて、精通のときに一度男の象徴が仕事をして以降は存在を主張してくることが一切なかった。
 若い頃は、男友達が集まるとよくある猥談に混じれない自分に焦って、病院に行ったりもしたが……致命的にどこかが悪いということはなく、どこへ行っても健康体だと太鼓判を押されまくって帰るだけだった。
 無性愛者アセクシャルという単語を知ってからは、自分はそういうものなんだろうと思っていた。
 総司郎に告白されたときも、「愛せるものなら愛したい」と縋るような気持ちもあった。

 結果───総司郎に触れられた場所は焼きごてでも当てられたのかと思うほど熱く、しびれる感覚を引き起こした。
 初めて快感を得て、それが他人から与えられるものだということに頭がおかしくなりそうなほど悦楽を感じた。
 なんということはない、自分は総司郎以外のなににも興奮しない人間だったのだ。

(それもどうかと思うが……)

 これまでの空白を埋めるように唇を貪られ、俺も同じだけの熱量を返す。
 破壊神となってからは行為をしたことがなかったのに、体の構造が同じせいか性感帯も変わっていないようで、覚えのある場所をしつこく愛撫されるたびに背筋が震えた。

 この年下の幼馴染のことをいつから好きだったのかは、自覚がないので全くわからない。
 愛情が、愛欲にいつから変化したのかも。
 総司郎は「初めて会ったときから好きだった」と言うし、俺も同じタイミングで彼を好きになったと自信満々に豪語されたことがあるが、案外それが真実なのかもしれない。
 触れるたびに愛しさが込み上げ、触れられるたびに喜びが全身を支配する。

「っあ、そこ、もう?」
「ごめん、海くんが俺のものだって早く確かめたいんだ」

 前戯もそこそこに慣れた動きで後ろを探られ、反射的に腰が跳ねる。
 風呂場で準備したとはいえ、久しぶりの行為と性急な展開に呼吸を合わせるので精一杯だった。
 普段ならこちらからも協力しながら慣らすのだが、総司郎の体にしがみついて感覚をやり過ごすことしかできない。ぎゅっと目を閉じると余計に後孔を探られる動きを意識してしまって逆効果だった。

「も、もういいから」
「ダメ。もっとちゃんと慣らさないと」
「そんな───ひゃうっ!」
「感じるところも同じだね、よかった」

 隘路を行き来する総司郎の指からは水音がしていて、潤滑剤を手に取った気配もないのに濡れているようだ。
 まさか、手からジェルを創造してる……?
 そんな器用なことができるならこの上なく便利だ、ってそうじゃなくて。

「ちょ、あっ、待って、何してんの総」
「何って」
「だって後ろ、濡れて……」
「あぁ。指先からローション生成しながらやってるから」
「やっぱり! お前ただでさえ創造物の量とか抑えられないのにそんなこと……俺ヤダぞ、ジェルの入れすぎでお腹破裂して死ぬとか!」
「そんなマンガみたいなこと起こるわけないでしょ。ちゃんと加減してるし」
「か、げん……?」

 俺がおうむ返しした言葉に「しまった」という顔をした総司郎は、一瞬時が止まったように硬直した。
 こいつは加減ができないから手のかかる創造神なんだ。
 指先から作る繊細な量の創造物を手加減できるのなら、俺が呼ばれることはなかったはずだ。
 これまでの記憶が走馬灯のように脳裏を流れ去っていく。
 俺の今までの、多大な努力と奮闘はいったい……。

「……」
「おい、創造神」
「その呼び名いま使う?」
「お前創造物の制御とかできるのかよ」
「…………」
「いつから、どのくらい」
「さ、最初から……ある程度は」
「……」

 交互に黙り込むことを繰り返しながら問いただしたのは、総司郎はこれまで着任した破壊神たちを不当解雇するばかりか、能力が制御できないふりをして勤務年数が上の俺を引き当てるまで本部に無能を装っていたということだった。
 呆れて物も言えない。
 喜びに打ち震えて熱くなっていた俺の体も冷めそうな思いだ。

「はーー……能力的に劣っている俺がお前に合わせるためにどんだけ苦労したか知ってるよな?」
「海くんがたくさん構ってくれるから、つい言い出すのが遅れて……」
「はぁあ……」
「その件は後で改めて謝るから、今は……ね?」
「……仕方ないな」

 そう簡単に許してやるわけではないが、覆い被さる総司郎の首を引き寄せて口付けると嬉しそうに笑うので、どうでも良くなったのも事実だ。
 今はおとなしくしといてやろう。今は。
 口唇の隙間を許さないと言わんばかりに激しくキスを交わしているうちに、指が引き抜かれ、代わりに比べものにならないほど熱い塊が押し入ってきた。

「んぅっ……ぁああっ」

 思わず口付けを解いて呼吸を整える。
 やはり最初の圧迫感は大きい。それでも自然と体が力を抜くのは、徐々に昔を思い出してきた証だろうか。

「つらい?」
「い、いから……最後までやれ」
「了解、お姫様」

 汗の滲む額を手のひらで拭われながらなにか変な呼び名を振られた。誰がお姫様だ。
 抗議しようと口を開くと勝手に情けない声が出てしまうので、今回は見逃してやることにする。
 ゆっくりと、しかし記憶にあるより性急に、奥まで押し開かれる。

「ぅ……」
「はぁっ、は、ふ……ど、した?」
「入れただけでイきそうになった……」
「おいおい、余裕ないなぁ。童貞かよ」
「仕方ないだろ……この体では初めてみたいなもんだ」
「それもそうか」

 腕を伸ばすと総司郎の上半身が倒れてきて、キスしやすくなった。唇だけでなく鼻の頭や額にも口付ける。少し熱く汗ばんだ皮膚が愛おしい。
 正常位で正面から深くキスするのはきつい体勢になりがちだが、それでも総司郎に触れたかった。
 目の前にある鎖骨がおいしそうに見えて歯を立てたら、思ったよりガリッという痛そうな音がしてしまった。

「……ッ」
「痛かった?」
「……痛い」
「俺はもっと痛かった。我慢しろ」
「はい……」

 がじがじと齧り続けて口を離すと、くっきり赤い歯型がついていた。
 この程度なら数日で痕も残さず消えるだろう。
 俺の首筋の傷は未だにうっすら皮膚を失った形跡が残っている。この程度じゃ仕返しにもならない。
 自分でつけたマーキングに満足していたら、お返しとばかりに鎖骨から胸の周辺にいくつも吸い付かれた。自分では殆ど見えないが、くっきりしたキスマークが大量に散っているに違いない。

 服装に自由が認められている総司郎の仕事とは違って、俺の職場は必ずスーツでの出勤だった。
 ワイシャツの一番上のボタンを緩めることすら許されない俺の仕事着の下に痕を残すことが、総司郎は好きだった。その代り、襟から見える可能性のある首筋には絶対に痕をつけないように言ってあった。
 耳の後ろにまで鼻先を潜り込ませ、下顎の際にまで吸い付く総司郎の様子に苦笑が漏れる。
 お互いに社会人だから仕方がなかったとはいえ、彼なりに我慢していたんだということを今更知ることになるとは。

「そろそろ良い?」
「あぁ……似合わない遠慮なんてするな」
「そうやっていつまでも年上ぶっていられると思わないでよ、ねっ!」
「ひぁうっ!」

 衝撃と快感で、目の裏にちかちかと星が散ったみたいになった。
 実際に俺のほうが年上だろうとか、中が馴染むまで待っていてくれたのかとか。いくつか考え事が浮かぶが、愛しい相手に貪られながらそんな些事に思い巡らせられるほど俺も枯れてはいない。
 膝が胸につきそうなほど腿を押し込まれ、激しい抽送を受け入れる。

「あっ、あ、総、そう───」
「……っごめん、加減できない」
「んっ、ふは、ぁあっ……」

 寄る辺無さげに二人の体の間で揺れていた俺の雄芯がゆっくりと総司郎の手に包まれる。

「総、んっ……きもちいい、うれしい……そうしろぅ……」
「俺もだよ海くん」
「あぁ───」

 突き上げに加えそこまで擦られたら、久しぶりの刺激にとことん弱くなっていた俺はあっという間に達してしまった。
 すぐに総司郎も追いついたようで、動きが止まってぎゅうっと抱き竦められる。
 二つの肉体の間に隙間が少しでもあることが許せないというような、そんな抱擁だった。

「なんだ、俺の総司郎は甘えん坊だなぁ」
「……」
「安心したか?」
「……安心はしたけど、満足はしてない」

 一度萎えたものが俺の中で再び硬さを取り戻すのが分かった。
 求められるのは嬉しい限りだが、俺の方はそこまで復活早くとはいかない。若さだなぁ。

「仕方ない。今日はとことん付き合おう」

 飢えた獣の眼を光らせて俺を睨み据える総司郎の髪を、くしゃくしゃとかき混ぜて挑発的に微笑んでやる。
 彼が今感じている不安や焦りを、俺の体で消すことができるのなら簡単だし安いものだ。
 年下の恋人を寂しがらせた責任は、やはり俺にあるのだから。

「その言葉、後悔すんなよ」
「えっ……」

 先程までのしおらしい様子はどこへやら。
 一ラウンド終えた後とは思えないほど元気を取り戻した総司郎が、凶悪さすら感じるニッコリ笑顔を向けてきて、俺は早くも自分の発言を撤回したくなったが───すぐに何も考えることができなくなり、ただ快楽に溺れ喘ぐだけとなってしまった。
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