31 / 44
本編
31.準備が九割
しおりを挟む「は~……ここが極楽か……」
広いバスタブいっぱいに手足を伸ばして、顎先まで湯に浸かる。
自然と長い長い息が吐き出されて、帰ってこられたんだなと体の芯が実感するようだった。
地上からしてみれば、文字通り雲の上の場所であるこの次元こそが、まさしく極楽となるのかもしれない。
雲海の下で風呂にありつくのは一苦労だった。
旅ぐらしであったことも相まって、濡らした布で体を拭くのが最も一般的だ。
シャワーはないし、たっぷりのお湯に肩まで浸かるなんてことは貴族でなければできないし、髪や体を洗う石鹸はあまり質の良いものではない。
科学技術の発展した、贅沢な暮らしをしていた俺にとっては地上の生活水準が低いことは結構なストレスになっていた。
浴槽に身を沈める前に念入りに体を洗ったが、やっぱりというかなんというか、汚れっぷりがヤバかった。
垢擦りタオルのありがたみをこれほど感じたことはかつてない。
シャンプーがしっかり泡立つまで洗い、ボディソープで全身洗いやっと人心地ついた。
それから湯に入り、リラックスして風呂で足を伸ばせるという喜びを噛み締めていたら、浴室の扉がいきなり開いた。
「えっ!?」
慌ててドアの方を見ると、入り口に堂々と全裸で立っていたのは総司郎だった。
当然のように浴室内に入ってきた総司郎の、彫刻のように引き締まり整った体を見るのはいつぶりだろうか……と見惚れそうになって、慌てて咎める表情を作る。
「おま、お前っ何入ってきてるんだよ!」
「海くん、見張ってないとまたどっか行っちゃうかもしれないからさぁ。一緒にはいろ」
「うわっ、お前みたいなデカい男と入ったら狭いだろ!」
「まぁまぁそう言わずに」
総司郎は俺の背中とバスタブの隙間にするりと入り込むと、足の間に俺を置いて収まった。
お湯がたくさん溢れ出てしまって実にもったいない。
後ろから抱き締められるような体勢に、熱湯のせいだけではなく顔に血が集まる。以前はこんな触れ合いも特に珍しくなかったが、久しく恋人同士ではなかったせいか、慣れないと感じてしまうのだろう。
というか、その……。
「……あの、当たってるんですけど」
俺の腰のあたりに存在感を主張している硬いモノ。
まぁそりゃ、気持ちは分かるよ?
気持ちが通じ合った元恋人と一緒にお風呂に入っていれば、男なら生理的な反応があるのは仕方ない。
創造神にも付いてるんだなっていう今更な驚きはあったけど。
「まぁ……当ててるよね」
「ひぃ! お前みたいなデカい男に言われても全然キュンとこねぇからそのセリフ!」
「へぇ、どんなやつに同じセリフ言ってほしいわけ?」
「そりゃ、巨乳の美女に……」
「ふーん?」
後ろからがっちりと抱え込まれているので、下腹部の凶器から逃れたくとも上手くいかない。
それにあんまり暴れるとお湯が溢れてもったいないし……。
そんなことを考えて弱々しい抵抗しかしないのがまずかったのか、俺の腹を抱えていただけの総司郎の手が不埒な動きを見せ始めていた。
俺のぺったんこな胸を両手でさわさわと揉んで、いたずらをするように乳首を掠める。
「あっ、ちょ……」
「巨乳どころか女と付き合ったこともないのに、ちょっと触られただけでこんな風になっちゃうのに……女なんて抱けるわけないでしょ?」
「だめ、やめろって総、んぅ!」
「ほら、ぷっくりしてきた」
身を捩っても全く抜け出せなくて、胸の尖りに与えられる刺激が腰にビリビリくる。思わず仰け反ると、腰に当たっている総の熱い部分を余計に感じてしまって八方ふさがり状態だ。
今までも戯れに体に触られることはあったのに、今までとは全然違う。
総司郎がどんな風に自分の体を蕩けさせるか知ってしまっているから、期待に奥底が勝手に疼き始めた。
「あ、あ、総……」
「ね、胸だけでイけるか試してみる?」
「だめだっ、て、お湯が汚れ、る……あっ!」
「お湯なんていくらでも一杯にしてあげるよ」
───だから、いいでしょ?
耳朶に歯を立てられる感触に背筋が粟立つ。
記憶にあるのと寸分違わぬ甘えた声色で言われれば、昔からこの年下の男に弱い俺が抵抗を続けることは難しい。
「……せめてベッドで……」
それが精一杯の抵抗だった。
背後で含み笑いをする男がどんな表情でいるのか、分かってしまう自分が憎らしい。
入浴前に脱衣所に用意した大きめのバスタオルにすっぽりくるまれて、ベッドに運ばれる。
いい歳の男がお姫様抱っこされるなんて羞恥と屈辱で死にそうに思ったが、浴槽内で少し触られただけなのに俺の体はぐんにゃりと力が入らなくなってしまっていて、自力ではしばらく動けなさそうだった。
それを見透かされているのも恥ずかしい。
連れていかれたのは、創造神の部屋のベッドだった。
体を拭くのもそこそこにバスタオルを剥ぎ取られて、同じように一糸纏わぬ姿の総司郎を見つめる。
「……痩せたね」
「総司郎こそ」
先ほどまでのふざけた態度から一転して、心配そうに眉を顰めた総司郎の手に頬を包まれる。
首筋を撫でられ、性的な意図が感じられない指先が肋の浮いた脇腹に触れた。肉が落ちてしまったそこを辿られるとくすぐったくて、思わず身を捩る。
力を抑えるために食事を制限し、教会に見つからないよう一日中歩き通しだった日もあった。過酷な地上の生活で、だいぶ体重が落ちただろうという自覚はある。
破壊神の体は年齢は重ねないが、劣化はする仕様だ。
それよりも、最高の状態を維持するように作られているはずの創造神が少し窶れて見えることのほうが気がかりだった。
「創造神ってのは、痩せたり衰えたりしないんじゃないのか……?」
「俺達だって完璧じゃない。破壊神に滅ぼされる世界があるように、創造神にも死に近いものはある。海くんは……そういう世界を知ってるんじゃないの?」
「メアリ」のことだとすぐに分かった。
総司郎に、以前の職場のことや、その世界がどうなったのか話したことはない。それでも、全てではないだろうが知っているのかもしれないとは思った。
自分に触れられた手と同じように、頬を撫で、背筋や脇腹を探る。
幸い総司郎のほうはごっそりと肉が落ちるというほどの痩せ方はしていないようだ。
こうして「創造神」に触れるのは初めてのことのはずなのに、体が感触を覚えているというのは不思議な気持ちだった。
「先に死んで、悪かった」
「……っ」
「一人にしてごめんな、総」
「ずっと……もう一度会いたかった……」
端正な顔をくしゃりと歪ませ、泣き出しそうになった総司郎は俺の肩へ鼻先を埋めた。
柔らかい手触りの髪を撫でる。
それは死に際にも強く思った言葉だった。
あのときは言うことができなかったけど、今告げることができる。
謝ったって、彼が実際に過去受けた心の傷はどうすることもできない。将来を誓うなんて軽々しい言葉は二人とも口に出さなかったが、俺は生涯総司郎を想って生きると決めていた。
せめて、彼の未来に責任を持ちたかった。
それがあんなに早く、総司郎を一人遺して死ぬことになるなんて、因果なものだ。
しかしもし俺達以外に神という存在がいるのであれば、今だけは本気で感謝したい。
本来なら死ねば終わりの絆に、続きを与えてくれた神に。
彼に贖罪の機会を与えてくれた神に。
「海くんが俺のものだって確かめたい。……いい?」
俺の顔の両側に腕をついて顔を上げた総司郎は、真剣な表情で、少し目元を赤くしていた。
記憶にある子供の頃とそっくりな幼い眼差しに、むず痒いような喜びがこみ上げる。目尻を指の腹で拭ってやると、その手を取られてキスされた。
気障な仕草も似合ってしまうのがこの男なんだ。
「俺がお前のものだって、しっかり刻みつけておけよ」
わざと挑発的に言って口端を引き上げる。
一瞬懐かしそうに目を細めた総司郎に反応する間もなく、優しい唇で呼吸を奪われた。
15
お気に入りに追加
180
あなたにおすすめの小説
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
目の前の魔法陣と男に巻き込まれて
葵桜
BL
※厨二病時の厨二病による厨二病異世界BL王道?ファンタジー
さっきから根暗くん根暗くんって何なんだ。
名前くらい覚えろやぁ!
ってなんで壁ドンされてんのかなぁ...?
あ、なんか君の後ろに魔法陣が見えるな!ハハハ!
勇者ぽい自己中顔面アイドル君に巻き込まれなんか異世界転移をとげるらしい。
どうか恋人ができますように。
いや、無双ができますように?
年に数回ぼちぼちとリメイクしています。
終わったあと興味があればぜひもう一度読んでください。
完結は…。できないかもしれないです。気長にお待ちください。申し訳ございません。
【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼第2章2025年1月18日より投稿予定
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
家ごと異世界ライフ
ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!
オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる