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本編
18.新天地の状況把握
しおりを挟む進む先の段が薄っすら見えるようになり、しばらくすると外に出ることができた。
抱えていたものを思わずぼとりと落として、荒い息を整える。
持ち上げられることと、持ったまま階段を登れることはイコールじゃなかった。運動不足かもしれない。
石畳の階段が途切れた先は草地になっていた。どうやら森の中のようだ。
月明かりが差し込む夜の森に、俺は降り立ったらしい。
草の上に落とした人間を見下ろす。
正直、小脇に抱えた時点で気づいていた。呼吸があったし、心臓も止まっていなかった。
ただ気絶していただけだ。
倒れていただけの人間を苦労して運んできてしまった……なにやってんだろ、俺。
「おーい」
しゃがみ込んで、黒いローブの塊を指でつつく。目を覚ます気配はない。
頭のあたりの布を剥いでみる。
短くて黒い髪と、白っぽい肌の顔が現れる。
人間をこんなに間近で見ることは初めてだったので、内心俺はわくわくしていた。
本当に外見的な作りは俺達と同じで、当然だが細部は個体ごとに異なっているはずだ。
この男性体の人間はわりと小柄で、顔も手足も小さかった。そういう種族か、もしくはまだ子供なのかもしれない。
顔の造作は創造神よりもむしろ俺の方に似ている気がする。創造神の彫りの深い目鼻立ちより、やや低い鼻や薄い眉が地味顔の俺のほうに類似している。
体の方もどんな作りになっているか確認したかったが、再び破壊の力が形を持って俺の体の外へ出ようとしている感触に気がついた。
慌てて周囲を見回して、そういえばと思い出す。
近頃仕事が忙しくて、創造神の無意識下創造物をポケットに入れていたんだった。
急いでボトムのポケットに手を突っ込むと、硬いものが指に触れる。引っ張り出したものは、薄緑で小さいものと濃い黄色で手のひらサイズのふたつのガラス玉だった。
この黄色いやつは今まで見たことがなくて、かなり危険な創造物のような気がしたのでじっくり彫り進めようと思っていたものだ。
危険なもの、地上に持ってきちゃった……!
周囲をきょろきょろ見回して、足元に落ちている人間以外なんの気配もないことを確認する。
それから、咄嗟に握り込んだふたつのガラス玉を見つめ直した。
薄緑の風の渦は、今手のひらで覆ったことで欠けてしまっていた。とりあえず今現在の破壊の力を発散するために、ビー玉くらいの大きさのそれを握り込む。
手のひらからあの煙が湧き出して、ガラス玉は欠片も残さず消えた。
これでまたしばらくは、地上のものを無闇に破壊する状態にはならないだろう。
さっきも見たけど、この黒い煙はなんなんだろう。
空気中に霧散しようとする煙に指で触れてみようとしたが、すぐ消えてしまった。本当に霧か煙のようだ。
恐らくこれが俺の破壊の力の実体で、これに触れたものが消えるという単純な構造になるだろう。雲海の次元でこんなものを見たことはなかったので、下位次元特有の可視化現象というべきものだろうか。
それにしても……黒い煙を体中から出してあらゆるものを破壊する、なんて、まるで特定の年齢層の少年が思い描くキャラクターそのものみたいだ。
ちょっと、いやかなり恥ずかしい。
あまり人間に見られないようにしたいな、これ。
破壊神になったばかりのころの黒歴史も同時に思い出しそうになってぶんぶんと頭を振ると、俺のすぐ横に真っ黒のなにかが立っていた。
「ひぃっ!」
思わず50センチくらい飛び退いて、黒い塊を凝視する。
真っ黒だと思ったものは人間で、さっき見かけた白い顔がついていた。
なんだ、目が覚めたのか。無言で横に立つのはやめてほしい。
「あ、あの、あなたは───」
俺が文句を言う前に、そいつのほうから話しかけてきた。そしてその言葉に俺は驚いた。
「お前、日本語しゃべれんの?」
勢い込んで飛びついてきた俺に、人間のほうが今度は半歩後ずさってから頷く。
まさか言葉が通じるとは。
さっきの連中は俺の言葉がわからなかったみたいだが、どういうことだろうか。
「この言語、わたし、すこしベンキョウします。話す、むずかしい、聞く、できる。クレインエイル語」
「話すのはカタコトでも、聞くのはできるんだな」
黒髪の人間はぶんぶんと首を縦に振った。
いきなり地上に引きずり降ろされて、言葉もわからないまま危害を加えられそうになり、さすがに俺も内心不安に思っていたらしい。安堵の溜息が漏れた。
改めて目の前の人間を眺める。
思った通り彼は小柄だった。背も俺の肩までないくらいだ。
先ほど聞いた片言の声がまだ幼い印象だったので、子供なのだろう。
黒いローブを被っていたから、あの地下室にひしめいていた人間たちの一員なのだろうと思ったが、こんな子供がそうなのだろうか?
あの人間たちは恐らく、神を召喚する目的で集まったものだろう。
地上に俺たちの存在がどのように伝わっているのかわからないが、本当に呼びたかったのは創造神の方だったのなら、俺のように破壊を司る存在はお呼びじゃなかったということだ。
神を呼んだつもりが悪魔が出てきてしまったとか、そんな風に思われているに違いない。
そうなると、この子供があの集まりに混じっていたのはますます解せない。
俺が不審そうに見下ろしているのを察知したのか、子供は身振り手振りを加えながらたどたどしい日本語で話しかけてきた。
「わたし、魔の力、振るうもの。神よぶための人」
「魔の力……魔道士! お前が?」
「そう。教会、作るものの神ほしい、わたし、壊す神ほしい。魔の方陣、わたし書く。魔の力わたし使う。教会、思ってたのと違う、て、逃げた。しかしまた来る。わたし、あなた案内する」
「う、うーん……たぶん意味は、伝わった。お前の雇い主の教会は創造神、えと、作るものの神を呼び出したかったがお前個人は俺を呼びたかったんだな?」
「そうだ、です!」
「事情はわかった。でもなんで俺を呼んだんだ?」
そう聞くと、子供は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
今の会話で顔赤らめる部分あったか?
「わたし、景色、世界、見るときいつも黒い光あった。黒い光あるとき、災害あるとみんなは言う。でもわたし、それは違う、言う。黒い光、災害を少なくする。大きな白い光少なくする。黒い光のあるじ、会いたかった」
「黒い光の主? ───俺?」
「そう。黒い煙、光の前触れ。黒い煙もつ者、黒い光のあるじ」
一回の会話では全然わからなかったので、近くの切り株に子供を腰掛けさせて質問を交えながら話を聞いた。それによると───。
創造神が地上に起こすさまざまな現象のうち、災害などの自然現象に関して、この子供のように魔力の強い者は現象に纏わりついた「光」が見えるという。
光は基本的には白で、風の継ぎ目や炎の間隙、大地の裂け目から放たれるなど、変動や災害を象徴するものだった。
そして白い光が強く放たれる前に、黒い光がその周囲を舞うというのが地上ではお決まりの光景らしい。
人々や教会は、白い光が破壊神の力の象徴とされていて、恵みを齎し穏やかな創造神を愛し、破滅と死を齎す破壊神を邪神として忌み嫌った。
俺達の間の常識では、ひじょ~~~にありふれた設定だ。健全な構図だ。
だがこの子供だけは、白い光は創造神の力の象徴で、黒い光が白い光を遮るから災害の規模がコントロールされているんだと、そう考えたらしい。
黒い光はまったく問題にされていなかったらしい。
魔力が極端に多くなければ見ることもできないらしく、この考えは誰にも顧みられなかった。
見えないものは無いものとされる。これもよくある構図だ。
イレギュラーな運営方式のこの世界の実際のあり方を知っていれば、この子供が言うことが真実だと分かる。
ただ当然人間は俺達神を見たことがないし、どのように世界が運営されているか知るはずもない。
子供は異端とされ、邪神崇拝者とレッテルを張られ、教会の管理下に置かれるようになった。
子供は幸いにも(もしくは不幸にも)人一倍魔力が高く、魔法の扱いも上手だった。
だから教会による、神の召喚儀式に駆り出された。
魔法陣に魔力を注ぎ、神の降臨を希う儀式はなんと一ヶ月に及んだそうだ。
お膳立てと魔法陣の維持だけは教会の大人たちが行っていたが、魔力の注入の作業はすべて、こいつのような爪弾き者の魔道士が担っていた。
ろくな休憩も与えられず、四六時中魔力を奪われ続け───。
「一緒にきた人、みんな死んだ。魔力なくなる、すぐ死んだ。教会、わたしたちを××××と呼んだ。使い捨ての××××」
魔力を放出するための「電池」のようなものに喩えられて、彼らは使い捨てにされていった。
「電池」の中で、たった一人生き残ったのがこの子供だった。
「わたしも死ぬすれば良い、思った。でも諦めない、なかった。今日会えた、黒い光のあるじ」
「そう……か。つらかった、な。俺達のせいで……」
同じ人間なのに、なにが違ってここまで酷いことができるのか。
知らず握りしめていた俺の拳を、小さな手が包んだ。
「あなたに会えた、それだけで良い」
そんなふうに無邪気に微笑まれたら、俺は……どうすればいいんだよ。
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