17 / 44
本編
17.勤務地変更
しおりを挟む全身が強風に嬲られる、平衡感覚を失うほどの時間があった。
視界は依然として真っ黒のままで、ただ暴力的な風に似たなにかが俺の体を甚振りながら過ぎ去っていく。
永遠に続く責め苦かと思われた瞬間、黒い世界は現れたときと同じように唐突に途切れた。
なにか硬いもののうえに体を投げ出され、どこもかしこも力が入らない。瞼を持ち上げることも出来ず、呼吸すらままならなかった。
(ここは……どこだ───)
俺の意識はそこで一度途切れた。
次に気がついたとき、目の前には石でできた床があった。はっとして身を起こす。
どうやら俺は、石畳の場所に横向きに寝そべっている状態だったようだ。
触れる場所から熱を奪われる硬い感触が不快だった。
全身が怠く、どこもかしこも鈍痛が走っていたが、不調を無視して起き上がる。
周囲は暗かった。室内のようだ。
そして生き物の気配がある。それもひとつではない、複数だ。
「××××───、××───」
俺を取り囲むように立っているのは、人間だった。
暗闇に溶け込む黒の布を頭からすっぽりと被った人間ばかり十人前後。
肌はまったく見えなかったが、存在感が明らかに他の生物と違う。
人間は口々になにか言葉を発していたが、俺はそれを聞き取ることができなかった。
これは地上の人間が独自に発展させた、人間の言語だ。
(ここはやっぱり、地上……)
光源のない部屋を眺めていても他に見えるものはなかった。
諦めて自分の体を検分する。
自分のものではないかのように手足が重く、痛みもひっきりなしに感じるが、特に外傷はないらしい。血が流れている形跡もない。
膝に力を入れてなんとか立ち上がると、取り囲んでいる人間たちがざわっと鳴って静まった。
「お前たちが……俺をここに呼んだのか?」
通じないだろうと思いつつ、周囲に向けて言葉をかける。
暗い室内ではあるが、自分が横たわっていた床に見覚えのある紋様が刻まれているのは見て取れた。
おそらく、これは「召喚」の魔法だろう。
以前の地上観察では確認 できなかった種類の魔法だが、地上の発展速度を考えると存在を疑うほどのものではなかった。
信じられないのは、この魔法で俺を───神を召喚したという事実だ。
位の高い力を持った破壊神の中には、時間や空間などの四次元存在に干渉できる者もいるが、俺にはそんな力はない。
だからこそなにも配慮しなくとも雲海を歩けるし、遠慮せず力を振るっても世界が致命的に傷つくことはあり得なかった。
下位次元である地上に、俺が降り立つことができるはずがないと思っていた。
俺ですらできないことを、人間が魔法の力で、成し遂げてしまったということなのか。
俺を取り囲んでいる黒い人間達は相変わらず言葉も出さず、じっとこちらの出方を伺っているようだった。
召喚魔法というものがどのような存在なのかわからない以上、憶測でしかないが、彼らは「神を呼ぶ」ことを目的として魔法を行使したのだろう。
どちらの神を求めたのか、神ならどちらでもよかったのか、それによって俺の対応も違ってくるが……。
黒い人間たちの群れから、一人が一歩進み出た。
両腕を広げて頭を下げる動きには見覚えがある。目上の者に対する儀礼のような行動だ。
「××××××、×××」
言葉を掛けられたが、相変わらずなんと言っているかはわからなかった。
こんなことなら観察業務中に地上の言語を勉強しておけばよかったと後悔したが、後の祭りだ。
黒いフードに覆われた顔のあたりを見つめながら、俺は首を横に振ってみせた。これで言葉が通じないことが伝わることを願って。
大体の意図は読み取れたのか、黒い人影は再び腕を広げて頭を下げた。そして後ろに控えている人間たちへ振り返り、何事か話し合いを始めたようだった。
(困ったな……)
もはや考えることが多すぎて、頭が追いつかない。
これがよくある異世界転移的なファンタジー話だったらどれだけ良かったことか。
いや、シチュエーションはまさしくそうなのだが、転移に巻き込まれた俺が破壊神だということが一番ダメだった。
腹の奥からじわじわと湧き上がってくる衝動を必死で押さえつける。
普段なら気に留めることもないほど、俺の破壊の力は創造神の力と自然に相殺しあっていたことを、嫌というほど感じていた。
それが今、壊すものを求めて体から放たれようとしている。
(まずい、まずいっ……なにか消してもいいものは……)
相変わらず周辺の様子は暗くてわからないが、必死に視線を滑らせて探す。
目の届く範囲には石畳しかなく、すぐ近くには大量の人間。その向こう側は見通せず、俺の頬を脂汗が伝ったのがわかった。
体を丸めて破壊衝動を押さえつけようとしていると、先程話しかけてきた人間が再びこちらを向いたのが視界の端に見えた。
人間は、持っていた棒のようなものをこちらに向けていた。
棒の先端に熱の塊が集まるような気配が突如発生し、熱気は炎の塊となってはっきり視認できるようになった。
炎が躊躇なく放たれる。俺に、向けて。
(助かった……これで人間を壊さずに済む)
今にも皮膚を食い破って出ていこうとしていた破壊の力を、俺は炎へ向けて全身から放射した。
黒い霧のような、煙のようなものがぶわりと舞って放たれた炎を包み込み、喰らい尽くされたように炎が消える。
空気が焼ける音が消え、人間たちは一瞬静寂に包まれた。
そして次の瞬間には、周囲に立っていた人間は全員自らの背後へと───この部屋の出口へと逃げ出し、消えた。
蜘蛛の子を散らすよう、とはきっとあんな光景のことなんだろう。
なにか叫びながら逃げていった人間たちの様子から察するに、先程の一幕で俺が破壊神だと分かり、恐怖して逃げたといったところだろうか。
この反応ということは、彼らが呼びたかったのは俺ではなく創造神だということになる。
(あぶねぇ……俺でよかった)
冷静に考えれば良くはないが、創造神がここに降り立つよりはマシだと思う。
ただでさえ雲海の上でも厄介な最上級創造神の溢れ出る力が、この下位次元に直接流されたらどうなるかなど、火を見るよりも明らかだ。
せっかくここまで作り上げられた自分の世界が、自分によって数秒で壊れてしまう様など、奴だって見たくはないはずだ。
さっき消したあの火球はそれなりの熱量があったようで、体の中に凝っていた破壊の力はとりあえずのところ収まった。
とはいえまたさっきのように、破壊を求めて暴れまわり始めるのは時間の問題だ。
窓がなく真っ暗な部屋を見渡す限り、ここは地下なのではないかと思う。地下なら、不用意に破壊すれば上にあるはずの建物もただでは済まないだろう。
ここにいるよりは外に出たほうがいいはずだ。
人間たちが逃げていった先に目を凝らすと、階段が見えた。動かしにくい足を引きずってそこへ向かう。
アーチ状に石が組まれた出口を潜り、一段目に足を乗せて、少し先に人間の足が伸びているのが見えた。
「……」
さらに二段上がって、暗闇の中で身を屈める。
やはり足は人間のもので、仰向けで倒れていた。
傾斜のきつい階段だが、器用にずり落ちもせず気絶している。いやずり落ちた後か?
暗闇の中で真っ黒のローブを纏っている人間などよく見えるはずもないが、どうやら男性体らしい人間は死んだように動かなかった。
(もし死体なら、消しても問題ないだろうし非常食がわりに持ってくか)
我ながらとんでもない思考回路だが、力が暴発して周囲が消し飛ぶほうが被害が大きい。これはいわば予防行為だ。
幸い持ち上げた半身は軽く、俺の腕力でも運べそうだ。
足は未だ重いが、上半身を動かすのに支障はなくなってきていた。胴の部分を小脇に抱えてゆっくりと慎重に階段を上った。
17
お気に入りに追加
180
あなたにおすすめの小説
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼第2章2025年1月18日より投稿予定
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
家ごと異世界ライフ
ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!
オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。
すべてはあなたを守るため
高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる