遠くの光に踵を上げて

瑞原唯子

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9. 箱の中の少女

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「おっしゃー!!」
 あれから3週間。ジークの腕からギブスが外された。ほぼ完治である。
「まだ無茶はするな。と言っても無駄だと思うが」
 ラウルがいちおう釘を刺すが、やはり言っても無駄のようである。ジークはさっそく腕をぶんぶん振り回していた。早く使いたくてうずうずしている様子だ。
「思ったより早かったわね、治るの」
 用済みとなったギブスの後片付けをしながら、アンジェリカが言った。
「日頃の鍛え方が違うんだ」
 ジークは嬉しそうに言った。その姿は、自信家というより、むしろ無邪気な感じに見えた。アンジェリカは、はいはいといった調子で適当に受け流していた。リックはその後ろで、にこやかな顔をして立っている。

 あの事件以来、ジーク、リック、アンジェリカの3人でいることが多くなった。とはいっても仲良しこよしというわけではなく、ジークとアンジェリカはなにかにつけて言い争っている。それをリックがなだめるというパターンだ。それはそれでバランスが取れていていいのかもしれない。
「10歳の女の子相手に、何もそんなにムキにならなくてもいいんじゃないの?」
 ふたりきりになったときに、リックはジークに言ってみた。
「10歳だろうが女だろうが、ムカつくものはムカつくんだよ」
 それがジークの答えだった。

「アンジェリカ?!」
 突然リックが素頓狂な声をあげる。
「え? なに?」
 いきなり呼ばれたアンジェリカは何ごとかと思い、隣のリックを見上げた。リックはジークの背後を指差し固まっている。ジークとアンジェリカは指されたものを探すために振り返った。それを見た途端、口を開いたままでジークも固まった。
「あ、これ今日からだったのね」
 アンジェリカだけひとり冷静である。いや、ひとりではなく、後ろの方でカルテの整理をしていたラウルもいたって冷静だった。
「なんだこれ!!」
 ジークは驚いてるのか怒っているのか判別がつかないような口調で叫んだ。アンジェリカは、なぜ大声を出すのかわからないといった表情できょとんとしていた。
「公報広告よ」
「じゃなくて!! なんでおまえがってことだ!!」
 リックが指を差していた先には、白いワンピースを着たアンジェリカが森の中にたたずんでいる映像があった。テレビという小さな箱の中に。
「史上最年少で王立アカデミー合格。おまけに名門ラグランジェ家のひとり娘だ。まわりが放っておくわけないだろう」
 アンジェリカの代わりにラウルが答えた。よほど驚いたのか、二人は反論も返事もできないままただ呆然としている。アンジェリカは本当に不思議そうに首を傾けていた。
「ただの公報広告にちょっと出ただけなのに、なにをそんなに驚いてるの?」
 感覚の違い。アンジェリカにとってはちょっと出てみただけという感覚だったが、どちらかといえば田舎町で育ったふたりにとってはテレビの中は別世界。その別世界に目の前の子がいたという事実は、かなりの衝撃だったのだろう。近くに感じ始めていたアンジェリカが、一瞬、遠い人のように思えた。
「……なんでオレには声がかからねーんだ」
 しばしの沈黙の後、ジークがぽつりとつぶやいた。アンジェリカとリックは顔を見合わせ、そして吹き出した。
 ジークの真意はわからないが、その一言でその場が和んだことは間違いなかった。
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