遠くの光に踵を上げて

瑞原唯子

文字の大きさ
上 下
10 / 94

10. とまどい

しおりを挟む
 あれ以来、アンジェリカはアカデミー内では知らない人がいない存在になった。もともと史上最年少トップ合格者ということで噂になっていたところに、あの広告が輪を掛けた形となった。普通に歩いているだけでも先輩、他の学科の生徒から先生に至るまで、いろいろな人に頻繁に声を掛けられる。アンジェリカはそういった声を掛けてくる人たちと、笑顔で気軽に話をしている。今まであまり多くの人と接する機会が少なかっただけに、こういったことが嬉しいらしい。
 一方のジークはそれが不愉快らしい。ジーク、リック、アンジェリカの3人でいることが多いだけに、そういった現場に遭遇することも当然多くなってくる。ジークはそのたびに不満をあからさまにしていた。ときには、話をしているアンジェリカの腕を引き、無理やりその場から引き離したこともあった。本人は授業に間に合わなくなるからといっているが、それ以外の感情が入っていることは、その顔を見れば明らかである。
「もう! ヤキモチ焼くのもほどほどにしてほしいわ!」
 ジークのあからさまな態度や行動に、アンジェリカも少し困っている様子だった。
「誰がおまえなんかにヤキモチ焼くか。おまえだけチヤホヤされてるのが気に入らないんだよ」
「……ジーク。それをヤキモチっていうんだよ」
 リックが苦笑いを浮かべながら言った。

 アンジェリカだけがチヤホヤされているのが気に入らない。ジークは自分の不愉快な感情の理由付けをこう考えていた。が、なにかもやもやしたものが残る。間違ってはいない。だが、それだけではなにかが足りない。なのに、自分で説明できないのである。そのことが、彼の不愉快な感情を増幅させていた。しかし、彼はこのことを誰にも言わなかった。あえて言わなかったというよりは、言おうと思わなかったのだ。

「そうだ、リック。今日は私たち当番よ。そろそろやらない?」
 今日最後の授業が終わって、しばらく外で缶ジュースを飲んでくつろいでいたところで、アンジェリカが切り出した。当番は教室の片づけをすることになっている。今日はアンジェリカとリックがふたりで当番だった。
「そうだね。そろそろ行こうか」
 リックのその言葉と同時に、アンジェリカは座っていたベンチから立ち上がった。そして、横に立っていたジークの顔を見上げた。
「ジークは? どうするの?」
「ん? ……待ってるよ」
 ちょっと迷ったような、歯切れの悪い答え。
「待ってるだけ? 手伝ってくれないんだったら先に帰っていいわよ」
 挑発するように、アンジェリカが切り返す。ジークはすぐに返答することができなかった。
「私を待っていたいっていうんならいいけど」
 アンジェリカは悪戯っぽく笑いながらそう続けた。
「誰がおまえなんか待ってるか! 先に帰るからな!」
 売り言葉に買い言葉でとっさに口を突いて出たその言葉に、ジークはあとに引けなくなってそのまま背中を向けて歩き出した。
「ジーク!」
 リックのその声にジークは足を止めた。
「またあしたね」
 ジークは振り返らず、ぶっきらぼうに片手を上げて、今度は早足で歩き出した。やり場のない怒りと、早くそこから立ち去りたいという思いが、彼にそうさせていた。リックが止めてくれると思ってしまった自分自身に腹が立った。同時に、恥ずかしくも思った。

 ジークは今まではいつも自分の思うように、迷いなく行動してきた。だが、最近はとまどいが彼を揺さぶっていた。原因となっている人物はわかっている。が、なぜなのかという理由がまったくわからずにいた。

「ジークって……」
 去っていくジークを眺めながら、アンジェリカが問いかけた。
「昔からあんな感じだったの?」
 リックは少し首を傾げて考えた。
「最近ちょっとおかしいかも。昔はもっと強引でわがままで自分勝手だったかな」
 言いたい放題である。
「そう。あ、そういえば最初に逢ったときってかなりそんな感じだったわよね」
 そう言って笑ったアンジェリカの笑顔には、屈託がなかった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

処理中です...