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八話 おしかけ女房
しおりを挟む男の瞳に、娘の頭と横顔が映っている。
さらさらと風に遊ばれる額髪の下に、桜色にいろづいた頬がある。
川風に髪が吹き上げられ、一瞬目を閉じ、睫毛を瞬かせながら男のほうへ振り向く。
陽なたの猫のように目を細めて俺を見上げている。
娘は手負いの男を介抱し続け、快癒してからも居座り続け、やがて寝食を共にするようになった。
冬山の厳しい寒さに音を上げることもなく、二人で過ごす季節をあたらしいものとして愉しんでいるようであった。
男の冬場の手遊びであった櫛作りをしげしげと眺め、やがて櫛の油ひきを担い、小さな櫛袋を繕い、ひとつひとつ丁寧に包んだ。
男を町から遠ざけていた、なにがしとやらの流行病のきざしまでもすっかり無くなった。この櫛を売りに町へ下りると忽ち評判になり、毎度またたく間に売れた。
「俺が朱鷺に手籠めにされた夜以来、風邪ひとつひかぬし傷もたちどころによくなる」
娘は紅を刷いたように頬を朱くして男を睨んだ。
二人が交われば交わるほど、元来健やかであった男の体はより漲り山仕事にも精が出た。娘は足腰つよく山道をも愉しみ、山の菜を背籠いっぱいに集めて歩き、その健脚は樵である男さえも驚かせた。
閨のことはもう……言うまでもないでしょう。
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