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間章
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しおりを挟むなーんだ、そんなに好きなんだ。
つまんない、と思ったことは確かだ。
ユーグレイ・フレンシッドは特別な人間だ。
容姿が優れているとか能力が際立っているとかそういうのもあるけれど、彼は何というか纏う空気から他とは違った。
その彼がアトリ以外とはペアを組むつもりはないと徹底的に反抗して、ただの男のように自身から逃れようとする人を必死に追うなんて。
本当に、期待外れだった。
けれど同時にどこか、好ましくもあったのだ。
「ロッタ、他人の恋は応援しない主義なんだけどなぁ」
純粋な気持ちばかりではない。
たった一人を得ようと足掻く彼が、みっともなくて格好悪くて。
羨ましかった。
苦しいほどに恋焦がれて、ただひたすらに手を伸ばして。
そんな風に、誰かを好きになってみたかった。
ただ一人を好きになれる人に、なってみたかった。
だからその想いが叶わないところよりも、叶うところの方が少しだけ興味があったのだ。
何より。
「……アトリさん、ユーグレイに捕まっちゃったら大変なんだろーなぁって思ったら、そっちの方が見応えありそうかもって」
「それ、どういう理由なんですか?」
むむ、と眉を寄せたリンは、果たしてどれくらい理解しているだろうか。
ロッタはころころと笑いながら、枕を放った。
ユーグレイが誰にもアトリを渡す気がないということは、彼女もわかっているだろうけれど。
でもねぇ、リンちゃん。
たぶん、絶対、アトリさんはユーグレイに抱かれちゃってると思うんだけどなぁ。
「だってロッタがかわいーく煽ったのに、アトリさんてば全然平気な顔してたんだよ。ちょっと思い知った方が良いでしょぉ?」
ロッタはリンが持って来たチョコレートの箱を開ける。
綺麗にデコレーションされた一口サイズのチョコは、宝石なんかよりずっと魅力的だ。
リンはロッタの言葉に、「煽ったんですか」と少し怖い顔をした。
今はロッタがリンのペアなのに、彼女はやっぱりアトリの味方のようだ。
「アトリさん、ユーグレイに泣きつきに来たのかと思ったんだもん。あの時はまだロッタがユーグレイのペアだったから、じゃあちゃんとごあいさつしとかなきゃかなぁって」
「ロッタさん、そういう発想はどうかと思います」
呆れたような心配そうな表情のリンに、ロッタは「これくらいふつうだよぉ」と言い返す。
真っ白い粉砂糖のかかったチョコを指先で摘む。
そのまま口に入れてころりと転がすと、中から柔らかなソースが溢れた。
甘酸っぱいベリーの味だ。
おいしい、と言うとリンはほっとしたように微笑む。
「だからぁ結局ね? あの二人は一緒にいた方が見てて楽しいだろうから、ロッタ的には応援しちゃおうって気分なの」
「……私は、アトリさんが良いなら、勿論良いですけど」
リンは弱くそう言ってから、箱からチョコレートを選んで口に放り込んだ。
彼女らしからぬ少し乱雑な所作に、ロッタは小さく笑う。
恋する女の子だ。
でも彼女だって、そもそもユーグレイとアトリがペアを解消しなければ遠目に彼らを見守るだけで終わっていただろう。
同じように、今年の新人はまだ少し浮き足立っている雰囲気がある。
ユーグレイ・フレンシッドは一度ペアを解消した。
それならもしかしたら、まだチャンスはあるかもしれないと。
そう思わせてしまった彼らに、罪はないけれど。
誰かが邪魔に入るのもそれはそれで楽しいから、ロッタとしては構わない。
どうせユーグレイは、何があっても絶対にアトリを離さないだろう。
うん、離してもらっては困る。
「そうそう、ロッタだってリンちゃん取られちゃったら困るもん! ユーグレイたちには仲良くしててもらわないと」
ティーポットを傾けて、カップに半分だけ紅茶を注ぐ。
あの時のようにまたアトリが一人でいたら、リンは今度こそ意地でも彼をペアに迎えるだろう。
そうしたら、ロッタは彼女のペアを辞めなくてはいけなくなる。
優しい彼女が気に病むことのないように、その時が来たらちゃんとロッタからペア解消を切り出すつもりではいるけれど。
それはやっぱり、ちょっとだけつらい。
ロッタはシュガーポットからスプーンに山盛り一杯の砂糖を掬う。
リンは不思議そうに首を傾げた。
きらきらの金髪が、ふわりと揺れる。
「私、取られちゃいませんけど」
ロッタは掬った砂糖をさらさらとカップの中に落としながら、唇を尖らせた。
「取られちゃうでしょ? ペアって一人だけだもん。まぁでもぉ、リンちゃんがアトリさんとペアになるなら、ロッタもまたカッコいい人探しちゃうし全然」
「駄目です」
鋭く言葉を遮られて、ロッタはぽかんと目の前の少女を見返した。
駄目です、と繰り返したリンは少し身を乗り出して続ける。
「ロッタさんは、私のペアです。格好良い人とか勝手に探しちゃ駄目です」
「でも……、あれ? だってリンちゃんは、アトリさんにペアになって欲しかったんだよねぇ?」
「はい。でも、それは断られてしまいました。私のペアは、ロッタさんです。これからもずっとそうです」
当然のように、リンは言い切った。
これからも、ずっと?
でもロッタは気まぐれで、今が楽しければそれで良くて。
彼女とのペアだって、上手くは行っているけれどいつまで保つんだろうとか思っていて。
ユーグレイのように、たった一人とは巡り会えないとわかっていたのに。
「そぉなの?」
「そうです」
違うと思ってたんですか、とリンは怒ってみせる。
本当に怒っている訳ではないと、その瞳を見ればすぐにわかった。
あれ、おかしいな。
そんな風に言ってもらう予定はなかったのに。
「ロッタさんだって、ちょっと思い知った方が良いんじゃないですか?」
リンはロッタの戸惑いを見透かしたように、優しく笑う。
全部入れるつもりはなかったのに。
山盛りの砂糖は、ぜーんぶティーカップの中。
きっと、すごく甘いに違いなかった。
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