Arrive 0

黒文鳥

文字の大きさ
119 / 217
間章

5

しおりを挟む

 なーんだ、そんなに好きなんだ。
 つまんない、と思ったことは確かだ。
 ユーグレイ・フレンシッドは特別な人間だ。
 容姿が優れているとか能力が際立っているとかそういうのもあるけれど、彼は何というか纏う空気から他とは違った。
 その彼がアトリ以外とはペアを組むつもりはないと徹底的に反抗して、ただの男のように自身から逃れようとする人を必死に追うなんて。
 本当に、期待外れだった。
 けれど同時にどこか、好ましくもあったのだ。
 
「ロッタ、他人の恋は応援しない主義なんだけどなぁ」

 純粋な気持ちばかりではない。
 たった一人を得ようと足掻く彼が、みっともなくて格好悪くて。
 羨ましかった。
 苦しいほどに恋焦がれて、ただひたすらに手を伸ばして。
 そんな風に、誰かを好きになってみたかった。
 ただ一人を好きになれる人に、なってみたかった。
 だからその想いが叶わないところよりも、叶うところの方が少しだけ興味があったのだ。
 何より。

「……アトリさん、ユーグレイに捕まっちゃったら大変なんだろーなぁって思ったら、そっちの方が見応えありそうかもって」

「それ、どういう理由なんですか?」

 むむ、と眉を寄せたリンは、果たしてどれくらい理解しているだろうか。
 ロッタはころころと笑いながら、枕を放った。
 ユーグレイが誰にもアトリを渡す気がないということは、彼女もわかっているだろうけれど。
 でもねぇ、リンちゃん。
 たぶん、絶対、アトリさんはユーグレイに抱かれちゃってると思うんだけどなぁ。

「だってロッタがかわいーく煽ったのに、アトリさんてば全然平気な顔してたんだよ。ちょっと思い知った方が良いでしょぉ?」

 ロッタはリンが持って来たチョコレートの箱を開ける。
 綺麗にデコレーションされた一口サイズのチョコは、宝石なんかよりずっと魅力的だ。
 リンはロッタの言葉に、「煽ったんですか」と少し怖い顔をした。
 今はロッタがリンのペアなのに、彼女はやっぱりアトリの味方のようだ。
 
「アトリさん、ユーグレイに泣きつきに来たのかと思ったんだもん。あの時はまだロッタがユーグレイのペアだったから、じゃあちゃんとごあいさつしとかなきゃかなぁって」

「ロッタさん、そういう発想はどうかと思います」

 呆れたような心配そうな表情のリンに、ロッタは「これくらいふつうだよぉ」と言い返す。
 真っ白い粉砂糖のかかったチョコを指先で摘む。
 そのまま口に入れてころりと転がすと、中から柔らかなソースが溢れた。
 甘酸っぱいベリーの味だ。
 おいしい、と言うとリンはほっとしたように微笑む。

「だからぁ結局ね? あの二人は一緒にいた方が見てて楽しいだろうから、ロッタ的には応援しちゃおうって気分なの」

「……私は、アトリさんが良いなら、勿論良いですけど」

 リンは弱くそう言ってから、箱からチョコレートを選んで口に放り込んだ。
 彼女らしからぬ少し乱雑な所作に、ロッタは小さく笑う。
 恋する女の子だ。
 でも彼女だって、そもそもユーグレイとアトリがペアを解消しなければ遠目に彼らを見守るだけで終わっていただろう。
 同じように、今年の新人はまだ少し浮き足立っている雰囲気がある。
 ユーグレイ・フレンシッドは一度ペアを解消した。
 それならもしかしたら、まだチャンスはあるかもしれないと。
 そう思わせてしまった彼らに、罪はないけれど。
 誰かが邪魔に入るのもそれはそれで楽しいから、ロッタとしては構わない。
 どうせユーグレイは、何があっても絶対にアトリを離さないだろう。
 うん、離してもらっては困る。
 
「そうそう、ロッタだってリンちゃん取られちゃったら困るもん! ユーグレイたちには仲良くしててもらわないと」

 ティーポットを傾けて、カップに半分だけ紅茶を注ぐ。
 あの時のようにまたアトリが一人でいたら、リンは今度こそ意地でも彼をペアに迎えるだろう。
 そうしたら、ロッタは彼女のペアを辞めなくてはいけなくなる。
 優しい彼女が気に病むことのないように、その時が来たらちゃんとロッタからペア解消を切り出すつもりではいるけれど。
 それはやっぱり、ちょっとだけつらい。
 ロッタはシュガーポットからスプーンに山盛り一杯の砂糖を掬う。
 リンは不思議そうに首を傾げた。
 きらきらの金髪が、ふわりと揺れる。

「私、取られちゃいませんけど」

 ロッタは掬った砂糖をさらさらとカップの中に落としながら、唇を尖らせた。

「取られちゃうでしょ? ペアって一人だけだもん。まぁでもぉ、リンちゃんがアトリさんとペアになるなら、ロッタもまたカッコいい人探しちゃうし全然」

「駄目です」

 鋭く言葉を遮られて、ロッタはぽかんと目の前の少女を見返した。
 駄目です、と繰り返したリンは少し身を乗り出して続ける。

「ロッタさんは、私のペアです。格好良い人とか勝手に探しちゃ駄目です」

「でも……、あれ? だってリンちゃんは、アトリさんにペアになって欲しかったんだよねぇ?」

「はい。でも、それは断られてしまいました。私のペアは、ロッタさんです。これからもずっとそうです」

 当然のように、リンは言い切った。
 これからも、ずっと?
 でもロッタは気まぐれで、今が楽しければそれで良くて。
 彼女とのペアだって、上手くは行っているけれどいつまで保つんだろうとか思っていて。
 ユーグレイのように、たった一人とは巡り会えないとわかっていたのに。

「そぉなの?」

「そうです」

 違うと思ってたんですか、とリンは怒ってみせる。
 本当に怒っている訳ではないと、その瞳を見ればすぐにわかった。
 あれ、おかしいな。
 そんな風に言ってもらう予定はなかったのに。

「ロッタさんだって、ちょっと思い知った方が良いんじゃないですか?」

 リンはロッタの戸惑いを見透かしたように、優しく笑う。
 全部入れるつもりはなかったのに。
 山盛りの砂糖は、ぜーんぶティーカップの中。
 きっと、すごく甘いに違いなかった。



しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

処理中です...