Arrive 0

黒文鳥

文字の大きさ
上 下
118 / 181
間章

4

しおりを挟む

 チョコレートのかかった小さなクッキーを指先で摘んで、一口。
 ロッタは姿勢良く椅子に腰掛けた彼女がティーカップに口をつけるのを見守る。
 伏せられていた瞳がゆっくりと瞬いて、リンはふわりと微笑んだ。
 きらきらした金色の髪が、優等生らしい白いブラウスの肩口で揺れる。

「美味しいですね」
 
「でしょぉ?」

 んへへ、と笑ってロッタは自身もカップを傾けた。
 うん、やっぱり抜群に美味しい。
 リンはすぐに二口目を飲んで、ほうと息を吐く。
 それからテーブルに山積みになったお菓子を見て、不安そうな表情をした。
 
「こんな贅沢して、大丈夫でしょうか……?」

「えぇ、どーして? ロッタたち毎日すごぉく頑張ってるじゃん」

 ロッタは積み上げたお菓子をもう一つ手に取る。
 気にしなくて良いと言っておいたのに、お呼ばれされたリンは箱入りのチョコレートと軽食を持って来てくれた。
 つまらないものですが、なんて差し出されて笑いながら飽和状態のテーブルに載せたのだ。
 何ならあと二回くらい余裕でお茶会が開けそうである。
 けれど日々の献身を思えば、これくらいの贅沢は許されて然るべきだろう。
 柔らかいスポンジ生地。
 どこか懐かしいスパイスの香り。
 ロッタは指先をぺろと舐めてから、残っていたミルクティーを口に含んだ。
 釣られたようにリンも焼き菓子に手を伸ばす。
 ロッタが笑いかけると彼女は少しだけ眉を寄せて、けれど諦めてそれを口に運んだ。
 そうそう、良いんだよ。
 せっかくのお茶会なんだから、たくさん楽しまなきゃ。
 まあ、そのね。
 あちこちぷにぷにしちゃう危険はあるんだけど。

「悪いことを教わってしまいました、私」

「人聞き悪いー! 疲れてたりイライラする時には甘いものが一番なんて、みーんな知ってるよぉ?」

 それを最初に教えたのは、リンと「失恋パーティー」とした時だったか。
 彼女は未だ「失恋はしていません」と否定しているが。
 ロッタは手を伸ばしてカップをテーブルに置くと、手近にあった枕を抱えた。

「去年なんかは、新人の子たちほとんど失恋パーティーしてたもん。何ならこの時期の恒例だよ!」

「どうしてですか?」

 きょとんと首を傾げたリンは、全くその事態を想像出来ないようだ。
 どうしてって、とロッタは笑う。
 腕の中の枕をぎゅうと抱き締めて、その肌触りの良い生地に顎を乗せた。
 
「だってぇ、王子さま目立つもん」

 王子さま、と聞いてリンは少しだけ考え込んでから拗ねたような表情になる。
 彼女にとって彼は「王子さま」というより「恋敵」だ。
 微笑ましく思いつつ、ロッタは少しの罪悪感から目を背ける。
 本当に。
 本当に申し訳ないけれど、これに関してロッタはユーグレイの味方なのだ。

「ユーグレイさんって、皆さんが言うほど『王子様』って感じはしないと思いますけど」

「見た目は完全に王子さまだってばぁ! それにね、ああいう冷たい人が自分にだけ特別な顔をしてくれるー、みたいなのみんな憧れると思うんだけどなぁ」

 そうでしょうか、と彼女は理解が出来ないとばかりに小さく首を振った。
 実際本当に好きかどうかは置いておいて、身近にあれだけ顔の良い男がいれば気になるのが人情だろう。
 多少の告白騒動があったみたいな話ももちろん聞いたことがある。
 ただ、多くは何の行動も起こさずして失恋したのだ。

「でも王子さまってば、アトリさんしか見てないもんねぇ」

「………………そうですね」

 リンも流石にそれは否定出来ないのだろう。
 そういう訳だ。
 目で追っていれば、嫌でもわかる。
 能力的に釣り合っていないと噂されていても、ユーグレイは自身のペアにしか興味がない。
 氷のように冷静で冷淡で、侵し難い孤高を歩む人。
 そんな人がたった一人、隣に立つことを許した相手。
 傍にいることを切望した相手。
 それが友情なのか愛情なのかは関係がない。
 どっちにしたって敵わないのだからどちらでも良いし、何ならもっと重い感情だって構わないとロッタは思う。
 悲しいくらいに、王子さまは一途だ。
 そこまで気付いている人がいるかはわからない。
 けれど隙あらばなんて考えていた子たちもこれは無理そうだと静かに失恋パーティーを開き、それからは専ら「鑑賞専門」になったのだ。
 
「時々アトリさんに突っかかる人もいるみたいだけどぉ、正直目立たないだけでアトリさんも悪くはないでしょ?」

「ロッタさん、その言い方はどうかと」

 憮然と言い返すリンに、ロッタは「ごめんってばぁ」と軽く謝った。
 事実としてユーグレイの隣にいると、アトリという青年はあまり目立たない。
 けれど人当たりは良いし、ユーグレイのペアだということを自慢するようなこともない。
 食堂で言い合いが始まりそうな時などは、それとなく仲裁に回ることが殆どだ。
 彼らの同期なんかは、ユーグレイよりアトリに声をかけることの方が多いように見える。
 そう、関わりを持つとつい入れ込んでしまうタイプの人間だ。
 ロッタからしたら、正直アトリの方がよっぽど質が悪いと思う。

「だからぁ、可愛い子がユーグレイのペアに収まってにこにこしてたらちょっとむりだけど、アトリさんならいっかってなるんだよね」

 元々、彼らの先輩や同期たちがそういう雰囲気を保っているところはある。
 あいつらはさ、なんて基本セットで語られるくらいだから相当だろう。
 これから海に出ようという新人たちが今更間に入れるはずもない。
 
「ロッタも結局そうなっちゃったしぃ」

「そう、なんですか?」

 リンはティーカップを置いて、驚いた顔をする。
 どうやらまだユーグレイにお熱だと思われていたらしい。
 空になったそれにおかわりを注いで、ロッタは「だってぇ」と続けた。

「あんな必死なの見たら、むりだよ」

 

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。 彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。 ……あ。 音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。 しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。 やばい、どうしよう。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

王子様から逃げられない!

白兪
BL
目を覚ますとBLゲームの主人公になっていた恭弥。この世界が受け入れられず、何とかして元の世界に戻りたいと考えるようになる。ゲームをクリアすれば元の世界に戻れるのでは…?そう思い立つが、思わぬ障壁が立ち塞がる。

僕の王子様

くるむ
BL
鹿倉歩(かぐらあゆむ)は、クリスマスイブに出合った礼人のことが忘れられずに彼と同じ高校を受けることを決意。 無事に受かり礼人と同じ高校に通うことが出来たのだが、校内での礼人の人気があまりにもすさまじいことを知り、自分から近づけずにいた。 そんな中、やたらイケメンばかりがそろっている『読書同好会』の存在を知り、そこに礼人が在籍していることを聞きつけて……。 見た目が派手で性格も明るく、反面人の心の機微にも敏感で一目置かれる存在でもあるくせに、実は騒がれることが嫌いで他人が傍にいるだけで眠ることも出来ない神経質な礼人と、大人しくて素直なワンコのお話。 元々は、神経質なイケメンがただ一人のワンコに甘える話が書きたくて考えたお話です。 ※『近くにいるのに君が遠い』のスピンオフになっています。未読の方は読んでいただけたらより礼人のことが分かるかと思います。

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

匂いがいい俺の日常

とうふ
BL
高校1年になった俺の悩みは 匂いがいいこと。 今日も兄弟、同級生、先生etcに匂いを嗅がれて引っ付かれてしまう。やめろ。嗅ぐな。離れろ。

処理中です...