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黒文鳥

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間章

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 チョコレートのかかった小さなクッキーを指先で摘んで、一口。
 ロッタは姿勢良く椅子に腰掛けた彼女がティーカップに口をつけるのを見守る。
 伏せられていた瞳がゆっくりと瞬いて、リンはふわりと微笑んだ。
 きらきらした金色の髪が、優等生らしい白いブラウスの肩口で揺れる。

「美味しいですね」
 
「でしょぉ?」

 んへへ、と笑ってロッタは自身もカップを傾けた。
 うん、やっぱり抜群に美味しい。
 リンはすぐに二口目を飲んで、ほうと息を吐く。
 それからテーブルに山積みになったお菓子を見て、不安そうな表情をした。
 
「こんな贅沢して、大丈夫でしょうか……?」

「えぇ、どーして? ロッタたち毎日すごぉく頑張ってるじゃん」

 ロッタは積み上げたお菓子をもう一つ手に取る。
 気にしなくて良いと言っておいたのに、お呼ばれされたリンは箱入りのチョコレートと軽食を持って来てくれた。
 つまらないものですが、なんて差し出されて笑いながら飽和状態のテーブルに載せたのだ。
 何ならあと二回くらい余裕でお茶会が開けそうである。
 けれど日々の献身を思えば、これくらいの贅沢は許されて然るべきだろう。
 柔らかいスポンジ生地。
 どこか懐かしいスパイスの香り。
 ロッタは指先をぺろと舐めてから、残っていたミルクティーを口に含んだ。
 釣られたようにリンも焼き菓子に手を伸ばす。
 ロッタが笑いかけると彼女は少しだけ眉を寄せて、けれど諦めてそれを口に運んだ。
 そうそう、良いんだよ。
 せっかくのお茶会なんだから、たくさん楽しまなきゃ。
 まあ、そのね。
 あちこちぷにぷにしちゃう危険はあるんだけど。

「悪いことを教わってしまいました、私」

「人聞き悪いー! 疲れてたりイライラする時には甘いものが一番なんて、みーんな知ってるよぉ?」

 それを最初に教えたのは、リンと「失恋パーティー」とした時だったか。
 彼女は未だ「失恋はしていません」と否定しているが。
 ロッタは手を伸ばしてカップをテーブルに置くと、手近にあった枕を抱えた。

「去年なんかは、新人の子たちほとんど失恋パーティーしてたもん。何ならこの時期の恒例だよ!」

「どうしてですか?」

 きょとんと首を傾げたリンは、全くその事態を想像出来ないようだ。
 どうしてって、とロッタは笑う。
 腕の中の枕をぎゅうと抱き締めて、その肌触りの良い生地に顎を乗せた。
 
「だってぇ、王子さま目立つもん」

 王子さま、と聞いてリンは少しだけ考え込んでから拗ねたような表情になる。
 彼女にとって彼は「王子さま」というより「恋敵」だ。
 微笑ましく思いつつ、ロッタは少しの罪悪感から目を背ける。
 本当に。
 本当に申し訳ないけれど、これに関してロッタはユーグレイの味方なのだ。

「ユーグレイさんって、皆さんが言うほど『王子様』って感じはしないと思いますけど」

「見た目は完全に王子さまだってばぁ! それにね、ああいう冷たい人が自分にだけ特別な顔をしてくれるー、みたいなのみんな憧れると思うんだけどなぁ」

 そうでしょうか、と彼女は理解が出来ないとばかりに小さく首を振った。
 実際本当に好きかどうかは置いておいて、身近にあれだけ顔の良い男がいれば気になるのが人情だろう。
 多少の告白騒動があったみたいな話ももちろん聞いたことがある。
 ただ、多くは何の行動も起こさずして失恋したのだ。

「でも王子さまってば、アトリさんしか見てないもんねぇ」

「………………そうですね」

 リンも流石にそれは否定出来ないのだろう。
 そういう訳だ。
 目で追っていれば、嫌でもわかる。
 能力的に釣り合っていないと噂されていても、ユーグレイは自身のペアにしか興味がない。
 氷のように冷静で冷淡で、侵し難い孤高を歩む人。
 そんな人がたった一人、隣に立つことを許した相手。
 傍にいることを切望した相手。
 それが友情なのか愛情なのかは関係がない。
 どっちにしたって敵わないのだからどちらでも良いし、何ならもっと重い感情だって構わないとロッタは思う。
 悲しいくらいに、王子さまは一途だ。
 そこまで気付いている人がいるかはわからない。
 けれど隙あらばなんて考えていた子たちもこれは無理そうだと静かに失恋パーティーを開き、それからは専ら「鑑賞専門」になったのだ。
 
「時々アトリさんに突っかかる人もいるみたいだけどぉ、正直目立たないだけでアトリさんも悪くはないでしょ?」

「ロッタさん、その言い方はどうかと」

 憮然と言い返すリンに、ロッタは「ごめんってばぁ」と軽く謝った。
 事実としてユーグレイの隣にいると、アトリという青年はあまり目立たない。
 けれど人当たりは良いし、ユーグレイのペアだということを自慢するようなこともない。
 食堂で言い合いが始まりそうな時などは、それとなく仲裁に回ることが殆どだ。
 彼らの同期なんかは、ユーグレイよりアトリに声をかけることの方が多いように見える。
 そう、関わりを持つとつい入れ込んでしまうタイプの人間だ。
 ロッタからしたら、正直アトリの方がよっぽど質が悪いと思う。

「だからぁ、可愛い子がユーグレイのペアに収まってにこにこしてたらちょっとむりだけど、アトリさんならいっかってなるんだよね」

 元々、彼らの先輩や同期たちがそういう雰囲気を保っているところはある。
 あいつらはさ、なんて基本セットで語られるくらいだから相当だろう。
 これから海に出ようという新人たちが今更間に入れるはずもない。
 
「ロッタも結局そうなっちゃったしぃ」

「そう、なんですか?」

 リンはティーカップを置いて、驚いた顔をする。
 どうやらまだユーグレイにお熱だと思われていたらしい。
 空になったそれにおかわりを注いで、ロッタは「だってぇ」と続けた。

「あんな必死なの見たら、むりだよ」

 

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