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親友は証人

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湯に浸かりながら今夜のことを思い出していた。

本当にやってくれるかしら。それともあの場限りの戯言かしら。

「洗髪いたします」

「お願い」

婚姻まで一年を切った。

交流日をすっぽかしても、浮気相手を罵っても、無視しても、他の令息と仲良くしても解消には至らなかった。

手っ取り早いのは犯罪者になることだが、それは無理。

試せるのは私の本格的な浮気だけど、王家を敵に回してもいいなどと思ってくれる令息がいない。
いや、私に魅力がないのね。



翌日の昼過ぎにロクサーヌが訪ねてきた。

「リア、今度 婚約者の家でパーティがあるの。一緒に行かない?」

「一緒にって、公子のエスコートがあるでしょう」

「アーサーの友人が一人で参加なの。付き合って」

「私じゃあ、ご迷惑でしょう?」

「レオナルドの婚約者だと知ってるから大丈夫よ」

「まさか、無理に頼んだんじゃないの?」

「違うわよ」


そんな話をしていると廊下が騒がしくなってきた。
メイドに目線を送るも、分からないという顔をした。

別のメイドが様子をみようとドアに近寄ろうとしたら、乱暴にドアが開いた。

バン!

「失礼する!」

「殿下!?」

登場したのはレオナルド王子殿下だった。

「二人きりで話がしたい」

「え? 嫌です」

「レオナルド。長い付き合いじゃない。私のことはクッションだと思って気にしないで」

「……」

「用がないならお引き取りください」

レオナルドはソファに座った。
続いてゾロゾロと兵士が箱や麻袋を山のように持ってきた。そして顔色の悪いレオナルドの侍従が書類をテーブルに置いた。

「王家からの申し入れによる婚約をこれから解消したい」

やった!!

「式は一年もありませんのよ?」

「すまない」

「13年も無駄にしました。王子妃教育が過酷だとご存知ですか?」

「申し訳ない」

「この歳になって今から婚約者を探せと?
まともな相手は残っていませんけど」

「それを踏まえて慰謝料を用意した。
これはここに運ばせた慰謝料の目録と、婚約解消の書類だ。私の署名入りだ。確認をしてくれ」

「理由を伺っても?」

「好きな女ができたから婚約を解消したい」

「そうですか」

「彼女は不誠実な者を嫌う。
其方に円満に解消をしてもらいたい」

あまり責めて気が変わると困るし、侍従の様子からレオナルドの独断ね。

「私から一つ。誓約書をお願いします」

「誓約書?」

「はい。オリヴィア・ボステーヌとは二度と婚約しないし婚姻することもないという誓約書です。
写しを差し上げますわ。その愛しい令嬢に渡せば安心なさるでしょう」

「名案だ!直ぐに書こう!」

侍従が膝をつき手まで床について項垂れているわ。
後で取り消そうと考えていたのかもね。

多分この目録からすると、個人財産を動かせるだけ動かしたのね。

互いに署名をし終わり、一緒に提出することにした。
ロクサーヌは涙を浮かべ笑いを堪えながら立ち会ってくれた。


城の法務部に行くと法務部長は不在だった。

「こちらを受理してくれ」

「拝見いたしますぅ!???」

法務部長の補佐官の声が裏返った。

「こ、これは私の一存では、」

「あら。不備がないのに受理しないのはおかしいわ」

「そうだぞ。なんの不備もない」

「し、しかし」

「早く受理印を捺せ」

「少しお待ちください」

急いで耳打ちをした。

「(殿下。長々と二人でいる姿を晒したら他の貴族の噂から愛しの令嬢の耳に入ってしまいますわ)」

「(そうだな)」

周りには何人か貴族や使いの者達がいて動向を注視していた。

「おい、待て。戻って来い」

「え!は、はい」

「私は子供に見えるのか?」

「い、いえ」

「成人した二人が決めたことだ。さっさと受理しろ」

「で、ですが」

「逆にお伺いしますけど、王子殿下の届出を不受理や保留にする権限をお持ちなのかしら」

「!!」

「貴方の許されることは、不備のない書類を受理し、不備があるならその理由を明確に説明すること。違うかしら?」

「仰る通りですが、ですがこれは」

「まあ!レオナルド王子殿下のご意向だけ、不備がないのに受理しないと仰るのね!」

「貴様!不敬だぞ!!」

「そ、そんな!」

「ロクサーヌ・フィゼットが証人よ。フィゼット公爵家では信用に足らないかしら」

「ぐっ!」

可哀想。胃酸が込み上げてるわね。

「(殿下、命令ならどうでしょう)」

「王子命令だ。今すぐ捺せ」

バン!

ついに受理印を捺してくれた。

「よし、これで私達は他人だ。私の我儘を叶えてくれて感謝する」

「殿下の仰せのままに。誓約書の内容は守ってくださいね。それではごきげんよう」


屋敷に戻り、ロクサーヌと酔い潰れるまで祝杯をあげた。



翌朝、二人で二日酔いに効く薬湯を啜っていた。

「ロクサーヌ。自惚れかもしれないけど、あの馬鹿、仮面舞踏会のリアを探すかもしれない」

「しばらくは知らぬ存ぜぬで通しておくわ」

「ありがとう」

「本当にリアだったら歴史に記した方がいいわね」

「当面オリヴィアと呼んで」

「分かったわ。アーサーに教えていい?」

「いいけど他言無用のお願いをしてね」

「任せて。どれだけ私が笑うのを我慢していたか教えてあげないと」

「羨ましい」

「オリヴィア?」

「ロクサーヌは素敵なご家族と素敵な婚約者に恵まれていて羨ましいわ」

「いつでもウチに逃げてきていいのよ」

「大丈夫。あの馬鹿が…いえ、もう天使様ね。天使様が軍資金を馬鹿みたいに置いて行ってくれたから好きなところに行けるわ…結局“馬鹿”を付けてしまうわね」

笑いながら親友と手を取り合った。


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