自由を愛する妖精姫と、番にすべてを捧げた竜人王子〜すれ違いと絆の先に、恋を知る〜

来栖れいな

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第1章・運命の番

第3話・奪えない温もり

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森の中に響いていたセレスティアの泣き声は、次第に小さくなり、やがて静寂が戻った。

彼女は泣き疲れ、妖精女王の腕の中で すうすうと寝息を立てていた。

「……ひどく怯えていたわね」

妖精女王は、そっとセレスティアの髪を撫でながら、小さく溜息をついた。
彼女の表情には安堵と、そしてわずかな怒りが滲んでいる。

サイファルトは黙ってその様子を見つめていた。

本来なら、その腕の中にいるのは 自分のはずだった。
自分が抱いて、泣き止ませてやりたかった。

だが——

今、それはできない。

(俺が、怖がらせた……)

考えたこともなかった。
セレスティアに拒絶される未来 など。
彼女が自分を恐れる未来 など。

目の前にあるのは、自分の番が他の者に抱かれて眠る光景。
父親とはいえ、母親とはいえ、サイファルトにはそれが耐え難いものだった。

(……でも、今は……)

無理やり奪うことは簡単だ。
だが、それでセレスティアがまた泣くのなら——

意味がない。

だから、彼はただ見ていることしかできなかった。
手を伸ばしたいのに、伸ばせない。
抱きしめたいのに、抱けない。

その感情を初めて知った。

「さあ、話をしよう」

精霊王の言葉で、場の空気が再び引き締まる。

「妖精王宮へ移る。ここでは話しづらい」

誰も異論はなかった。

サイファルトは眠るセレスティアを乗せたままの妖精女王を一瞥し、無言でその場を後にした。


妖精の森から妖精王宮へと移動した後も、セレスティアは妖精女王の腕の中で静かに眠っていた。
彼女の金色の髪は柔らかく光を受け、その無垢な寝顔が余計にサイファルトの胸を締め付けた。

だが、先ほど彼女を怖がらせてしまった以上、手を伸ばすことはできない。
今、サイファルトができるのは見つめることだけだった。

しかし、それでも決めていた。
彼はもう引かない。

「さて……」

精霊王が、重々しい声で切り出す。
謁見の間ではないが、王宮内の広間に集まり、ここで正式に サイファルトと妖精族側の話し合いが始まる。

「まず、貴殿がセレスティアを『番』と認識した理由を、改めて聞かせてもらおうか」

その問いに、サイファルトは 迷いなく答えた。

「必要ない」

「……何?」

「理由などいらない。俺が彼女を番だと認識した。それだけで十分だ」

精霊王が目を細める。

「……貴殿は、自分が何を捨ててきたのか理解しているのか?」

「理解している」

サイファルトの答えは、ただそれだけだった。

「国も、地位も、名誉も、すべて捨てた。俺には、セレスティア以外に何もいらない」

その言葉に、妖精女王が小さく息をのんだ。

「……本当に、そこまで」

「当然だ」

サイファルトの金色の瞳が鋭く光る。

「俺は二度と国には戻らない。
セレスティアが将来的に妖精の森から出られないのなら、俺もここで暮らす」

その言葉が、場の空気を大きく変えた。

精霊王が目を見開く。

妖精女王が戸惑ったようにセレスティアを抱き直す。

「……つまり、貴殿はこの森に留まるつもりなのか?」

「そうだ」

サイファルトは 揺るぎなく答えた。

「俺の番がここにいるのに、俺だけが他の場所に行く理由はない」

その言葉には疑いようのない本気があった。

「貴殿が帰らないとなると、竜人族との関係はどうなる?」

「どうもしない」

「……?」

「俺はすでに王位も、国も捨てた身。
竜人族の者としてここに留まるわけではない。ただ、セレスティアの番としてここにいるだけだ」

静寂が広がった。

精霊王も、妖精女王も、予想していた答えと違いすぎて言葉を失う。

通常、竜人族の王子が王位を捨てることなどあり得ない。
彼らにとって誇りと血統は絶対であり、それを手放すことは死にも等しい選択だ。

だが、サイファルトは迷いも後悔もなく、ただセレスティアと共にいるためだけにそれを選んだ。

「……そこまで、この子に執着するというのか」

精霊王の声は、もはや困惑に近かった。

「執着ではない。当然のことだ」

サイファルトは静かに言った。

「竜人族にとって、番とはそういう存在だ。
一度番と定めた者を、死ぬまで手放すことはない。
それが彼女の意思と食い違っていたとしても、彼女が理解するまで待つだけだ」

「……」

精霊王は 沈黙するしかなかった。

彼の言葉には 竜人族としての常識があり、
同時に サイファルト個人の狂気にも近い執念があった。

「……貴殿の言うことが正しいとは思えん」

「そう思うなら、そう思っていればいい」

サイファルトは淡々と答えた。

「だが、俺はここにいる。
セレスティアがこの森にいる限り、俺もここにいる。
それだけのことだ」

「……」

それは、『交渉』 ではなかった。
サイファルトの言葉にあるのは宣言であり、
妖精族の側に選択肢はなかった。

彼はすでに決めている。
ここに残る。
セレスティアと共に生きる。

妖精女王は深く息を吐いた。

腕の中のセレスティアはまだ幼く、何も知らないまま眠っている。

だが、この子が成長したとき、
目の前の青年の言葉の意味をどう受け止めるのか——。

それを考えると、彼女は複雑な気持ちにならざるを得なかった。

「……わかりました」

妖精女王が、静かに言う。

「ここに残るのは構いません。
ですがセレスティアに無理をさせることだけは、決して許しません」

「当然だ」

サイファルトの答えは、あまりにもあっさりしていた。

「彼女が望まぬことをするつもりはない。
俺はただ、彼女が気づくまで傍にいるだけだ」

「…………」

精霊王と妖精女王は 無言のまま 互いを見つめた。

サイファルトはこれからずっとここにいる。
セレスティアが気づく日が来るまで。

それがどれほどの時間を要したとしても——。
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