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第九話:崩れゆく真実
しおりを挟むベニアミーナの叫び声が家中に響き渡った。その声を聞いた使用人たちは、慌ててフィデンツィオの寝室へと駆けつけた。ドアを開けると、テラスの壊れた手すりが目に入る。使用人たちは、不安と恐怖を胸に、テラスの端に目を向けた。
地面の茂みの中に、無惨に倒れたフィデンツィオの姿が見えた。何人かの使用人が駆け寄り、フィデンツィオの体に手を触れるが、反応はない。恐る恐る声をかけるも、返事はなかった。
「もう息をしていない……」
一人の使用人が心底驚いた表情で言った。フィデンツィオの冷たくなった身体を見つめ、他の使用人たちもその言葉に息を呑む。
ベニアミーナは、涙を流しながら言った。
「ああ……この手すりは腐っているから、テラスに行かないよう何度も言ったのに!」
使用人たちはその言葉に驚愕し、動揺を隠せなかった。
葬式をする前に遺体を綺麗にするのは、その家の使用人の仕事だ。そのため、執事のオッターヴィオがそれを請け負った。
遺体についた汚れを洗い流すと、そこには三つの傷が残されている。深い切り傷は、テラスから落ちる際に木の枝でついたものと推測された。しかし、残りの二つの傷は明らかに鈍器で抉られたものであり、それがオッターヴィオ自身の鉄槌によるものであることは容易に想像できた。
「急いで遺体を処理しなければ……」
オッターヴィオは教会へ行き、葬式の準備を急ぐよう神父をせかした。
葬式をさっさと終わらせ、彼はフィデンツィオの遺体を急いで墓所に隠す。しかし、事態はオッターヴィオの思わぬ方向へと進展していくことになる。警察の捜査が進む中で、すでに埋められた遺体を掘り起こすことになったのだ。
ベリンド警部の指揮の元、遺体は掘り起こされ、頭部にある不可解な打撲痕が注目された。これにより、まずはベニアミーナとジャンパオロが尋問を受けることになった。
「あんな父でも実の親……。死んで悲しくないことなどありましょうか」
「傷はテラスから落ちたときについたものだろう。それ以外に考えられるとすれば、落ちる途中に……?」
二人は父の死を嘆き悲しんでいるようだったし、口裏を合わせていたので筋の通ったことしか言わなかった。
数日後、ルイージャもまたベリンド警部に尋問された。彼女の耳には、緊張のあまり激しく鼓動する心臓の音が響いていた。どんなことを聞かれるのか、想像するだけで恐怖が押し寄せた。
「あなたは、フィデンツィオ氏が亡くなった日のことを覚えていますか?」
ベリンド警部の鋭い視線がルイージャを捉えた。
自分がボロを出すわけにはいかない、としっかり言葉を選ぶルイージャ。
「はい……あの日は……まだ寝ていた時に、誰かの、叫ぶような声が聞こえて……」
彼女は言葉を詰まらせたが、なんとか決められたセリフを言うことができた。
一方、オッターヴィオは、連日取調べを受け彼女らに遠慮もなく、まるで自分がこの家の当主になったかのように、堂々とした態度でチェンチ家の食堂で食事を取り、笑顔を絶やさなかった。食事を共にすることで、彼はこの家族の一員であるかのように振る舞い、彼女たちとの絆を深めていった。
「あなたのためなら、どんなことでもしますよ」
オッターヴィオは、ベニアミーナに優しく語りかけた。その言葉には、彼女を思う真摯な気持ちが込められていた。
だが、外の世界は彼女たちの幸せを許さなかった。警察の捜査が進む中、ベニアミーナの心には不安が広がっていく。自分たちの行動が露見する日が近づいていることを、彼女は敏感に感じ取っていた。
「私たちが選んだ道は、本当に正しかったのかしら……」
ベニアミーナは夜が深まる中、ひとりベッドの上で考え込んでいた。オッターヴィオが傍にいることで、少しだけ安心感を覚えることはできたが、それでも彼女の心には不安が残っていた。
ある夜、オッターヴィオが彼女の部屋に入ると、二人は静かな時間を共に過ごした。彼の優しい笑顔が、ベニアミーナの心に温かさをもたらす。しかし、彼女の心の奥底には、罪の意識と将来への不安が渦巻いていた。
「オッターヴィオ、私たちがやったことは、果たして許されるものなのかしら……?」
彼女は思わずその言葉を口にした。オッターヴィオは彼女の手を優しく握り、真剣な眼差しを向けた。
「あなたの選択が間違っていたとは思わない。フィデンツィオは、あなたに対して残酷な父だった。あなたは生きるために、戦うことを選んだのだ」
オッターヴィオの言葉は、彼女の心に響いた。
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