上 下
5 / 6
1章 わがまま少女、始まりの物語

5話 王太子、脅され村に

しおりを挟む
 幼い頃より部屋に拘束され、ひたすら長い間書類と睨み合いを続ける彼には限界が訪れていた。疲労が蓄積し、頭がボーッとした感覚に襲われる。それでもなお、書類を端から端まで読み通し、無理をするのはすべてこの国――ユランディーズ王国の民のため。

――父上と母上は何をされているのか?

 そう心のなかで何度も何度も疑問を顕にしている彼の名はルシウス・ユランディーズ。ユランディーズ王国の第二王子にして、次期国王の座に最も近いとの噂がある少年だ。
 素直で心優しく、国政にも民の意見を取り入れようするその姿勢こそが他の王族との違いなのだ。それにルシウス自信が必死に第二王子としての役目を全うしようと動いているにも関わらず、両親ともに宰相や大臣に仕事を押し付ける始末。

 王国は永久に安泰、なんて言葉を誰もが口にする。しかしルシウスはそうは思っていないのだ。いつ起こるか予想できない疫病の蔓延、財政破綻、隣国との争い。
 安泰と呼べる王国造りには改善点が山程あるのだ。

 だが、それらを理解していない陛下と王妃は単なる飾り物に過ぎないのである。いつからかルシウスは人を信用する、などといった行為を無駄だと考えていた。
 必ず人は裏切る、そう英才教育で教え込まれたのだ。

 それを未だに信じ続けるルシウスの前に一人の女性が訪ねてきた。一見、田舎娘のような感じではあるものの気品があり、礼儀作法もしっかりと教わっているようだ。
 茶色い髪を後ろでまとめ、色白い肌、鋭いキリッとした目つきは誰をも黙らせる、そんな気迫が漂う。
 そんな彼女はルシウスにある提案をした。

「ルシウス様、ぜひ会っていただきたい方が」
「君は……それはあとにしようか。で、僕にとって何のメリットがあるんだい?」
「最近、婚約者を探されているかと」
「どこでその話を!? 内密にと伏せていたはず……貴様、何者だ? 城のメイドではないな」
「さあ、どうでしょう? 話は戻りますが会っていただきたいのは、少々見栄っ張りで悪知恵が働き、一途な方です。彼女ならルシウス様をきっとお支えできるはず」
「正体も明かさない貴様の話など誰が!」

 そう告げたルシウスだったが、彼女の行動に言葉を詰まらせる。なぜなら現に今、彼女はルシウスの喉元目掛けて細くも鋭い糸を張り巡らせているからだ。
 一歩動けば間違いなく大きな傷を負う。

 それにこの糸のような物を操る人物というのにも憶えがあった。以前、大臣から渡された書類に記載されていた内容によるものだと、路地裏にてとある貴族の遺体が発見されたと。しかしその男の傷は剣での殺傷ではない。首元を何者かに強く縛られたあと、そのまま切断されているのだ。切断された箇所は綺麗でむらがない。となるならば、剣ではないのたしか。
 それも遺体の近くには使い捨ての糸のような物が捨てられていたという話だ。

――まさか彼女が?

 そんな考えが頭を過ぎった。
 額から汗を流し、全身にゾクッとした悪寒が走る。ここで彼女に従わなければ間違いなく殺される、そう思ったルシウスは静かに頷いた。
 すると彼女は先程まで張り巡らせていた糸を瞬時に懐にしまい、一礼をすると言った。

「では明日午前、サンギス村にてお待ちしています」
「ああ、会うには会うが、もし僕が――」
「ええ、もちろんです。一度お会いになり、彼女に魅力を感じないとなれば、仕方ありません」
「もちろんそうするつもりだ。最後に質問だ」
「どうぞ」
「貴様は一体? なぜ、その娘と会わせようとする?」
「ふふふっ、それはルシウス様には理解できないかと。これはあの子への愛情そのものかもしれません。彼女のおかげで今のわたしは……」

 彼女は深く一礼をして去って行った。
 不審者にも関わらず兵を呼び、追手を出さない理由は明らかだ。そんなことをしてしまえば、ルシウスは間違いなく報告にあった貴族のように殺されるとビクビクしていたのだ。

 今までに遭遇したこともない出来事に自身の未熟さを痛感していた。それと彼女の正体が明らかになっていない、それだけでさらなる恐怖が押し寄せるようだった。

――今は従う他ないか……明日、向かうとしよう。

 翌日、ルシウスは早朝、馬車に乗り込んだ。
 行き先はもちろんサンギス村である。

――――――
〈作者からのお知らせ〉
モチベーションにもなりますので、
作品のフォロー、☆での評価
どうぞよろしくお願いします!
しおりを挟む

処理中です...