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1章 わがまま少女、始まりの物語

6話 優雅な時間ですわ!

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 恋愛感情、あの日の出来事、そんなさまざまな感情にも流されず、ルシウスの元を立ち去ったリリーアであったが、次なる試練が待ち構えていた。
 
 唯一落ち着く場所はあの男に占領されている、少しばかり気に入らない様子で冒険者ギルドに戻る。本当に元貴族令嬢だとは思えないほど態度が悪いの悪い、そんなリリーアは扉を蹴り開けた。
 感情の起伏が激しいのはこのこと。対してそれを見て見ぬ振りするエーリカにも責任があるのだが……。

「あらリリーアちゃんおかえりなさい」
「あの場所侵入者がいましたわ! どういうことですの?」
「さあ……まあ落ち着いてお茶でもどう?」
「エーリカはできる受付嬢ですわね」

 そんな偉そうな態度に苦笑いを浮かべるエリーカ。

 エーリカの他に受付嬢は数人いるのだが、彼女達は決してリリーアの担当とならない。ここで勘違いしてはいけないのが、そもそも論、自らリリーアの担当になりたいと意気込んでいるのはエーリカぐらいである。

 一人で何もできないくせ、わがままエセ貴族、物に当たる、そんなどこぞのお姫様のような行動をしているリリーアを誰が担当したいと思うのか。この広い世界を探してもエーリカぐらいなのには違いないのだ。

――エーリカ以外の受付嬢は職務怠慢ですわ!

 リリーアはそう思っているが、決してそんなことはない。彼女達も冒険者などというならず者を相手に必死に対応しているのだ。単に理解していないだけである。
 しかしリリーアはようやく気づいた。気づいてしまったのだ。きっかけというものは突然訪れるものだ。それが今回は受付嬢が取るリリーアへの態度だっただけの話だ。わがまま言いたい放題の傲慢な子供。お前、何様なのかと受付嬢は思っているに違いないのだ。

「あの~皆さん今まで失礼な態度を……ごめんなさい」

 素直に頭を下げるリリーア。受付嬢は口元を抑えてこれこそが見たかった光景なのだと感心しているかのようだった。大人であったとしても一人の人間。道徳的な観点から失礼な態度を取る子供風情にはイライラするのも当然なのである。
 だが、この機をいいことに受付嬢はリリーアにカチンッと思わせる発言をしてしまうのだった。
  
「失礼なガキ、と今までは思ってましたが、素直でいい子ですね」

 リリーアの態度は柔らかな形へと変化していた、はずだった。誰にでも気さくに、下出に出る。これこそが本来あるべき姿なのだと……努力しようとしていた。

 ギロチンを回避するためにも……。

 しかしそんな気持ちをも吹き飛ばす受付嬢の発言。精神年齢は子供ではないというのに子供扱い、それに何よりも『ガキ』この言葉がリリーアの堪忍袋の尾を切ったのだ。
 
 やはり短気でわがままなリリーアであった。
 この時、冒険者ギルドに居合わせた全員が知ったのだ。いくら見繕っても本質は変えられないのだと……。

 リリーアとエーリカは冒険者ギルドの外に移動する。そして切り株に腰掛けると、エーリカは前もって準備していたであろうティーポットにお湯を注いだ。ほんのり漂う茶葉の香りにリリーアは心底心酔していた。

――いい香りですわ。これこそ優雅なティータイムですわ。

 紅茶が入ったカップを受け取ったリリーアはゆっくりと口に含む。熱くもなく冷たくもない調度いい温度、それに厳選された茶葉の香り。
 だがリリーアは一つ疑問に思ったことを口にした。

「エーリカこの茶葉はどこのかしら?」
「たしか……ここから南に位置するサロンザール村で栽培された品みたいね」
「そ、それ高級茶葉ですわ~!!」

 もちろん成り上がり貴族だったリリーアでも聞き覚えがあった。貴族は時として令嬢同士、優雅な時間を過ごすべく互いの屋敷に案内しては、茶会を楽しむものだ。今のリリーアでは手にも届かない高級菓子――所謂、クリームたっぷりケーキ、サクサクと甘いクッキーなどを用意し、招待した方々をもてなす。そんな会なのだ。

 しかしかつてのリリーアは招待したにも関わらず高級菓子はもちろん茶葉すらも買う金銭を持ち合わせてはいなかった。冒険者上がりの貴族とは地位を得ただけの平民とそう変わりはしないのだ。 
 コネも何もない運良く伸し上がったぽっと出の貴族には茶会は恥をかくだけの会でしかないのだ。

「どう? リリーアちゃん美味しい?」
「すごいですわ! もうフワッとお茶の香りが堪りませんわ!! でも、このような高級茶葉一体どこで?」
「たまたまそういう縁があって」
「まさか、盗みかしら?」

 つい口に出してしまうリリーアであった。
 慌てて口を抑えても時はすでに遅し。エーリカの耳に入っているに違いない、怒らせたに違いない、とドンヨリと暗くなるリリーア。なのだが、エーリカの反応は思ったよりも普通のものだった。
 
「盗みだなんて……リリーアちゃん面白い」
「あははッ、そうですわね」
「もう所有者がいない茶葉なのよ。これ」

――所有者? 意味がわかりませんわ。

 エーリカがどのようにして茶葉を手に入れたのか、話せば話すほど謎が増えていく一方であった。

 しばらくしてギルドの前に1台の馬車が停まった。そこから降りてきたのは、リリーアにとって今後一切関わりたくないと思える、そしてルシウスに続きリリーアをギロチンへと導く第二の刺客の姿だったのである。
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