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断章 母なる想いは国か、それとも娘か

27話 女王直属部隊(ネム編)

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 しかしながら娘の安全と王の座どちらを選ぶかと迫られた時、わたくしは一瞬迷ってしまった。

 女王でありながら、そしてリーゼの母でありながら本当に情けない。

 しかしわたくしにとって王国より第一は娘のリーゼ。
 あの子を愛しているからこその決断だった。

「決まりましたね、では陛下五日以内にこの城から――」
「ええ、承知しています。では…………」

 わたくしは玉座から立ち上がり二人をギロッと睨んだ後、謁見の間を後にした。

 そして自室に戻るとそこにはベッドの上で昼寝をしている娘の姿と女王直属部隊ヴァルキリーである四騎士の姿があった。

「陛下いかがでしたか?」
 
 自室に戻ってそうそう問い掛けて来たのは、【暗黒騎士】の異名を持つリンスだった。
 サラッとした長い黒髪を後ろで結んでおり、闇魔法を行使しながら、片手剣で素早い斬撃を繰り返すといった戦術を得意としている女騎士だ。

「娘を人質に取られたわ。今回ばかりはもうどうしようも――」
「っで、陛下はどうするつもりなのかな? 民より娘を取りました、なんてどう説明するつもり?」
 
 そう太刀を手入れをしながら言ってきた女性【墜鬼】のシズク。
 目にも止まらぬ速さで休む間も与えず相手を蹂躙し、少しずつ相手の身体に傷を負わせ、弱ったところで相手の首を斬り落とすといったドSかつ残虐な戦闘を得意としている。

「確かに女王として説明責任を果たさなければならないわね」

 わたくしが頭を悩ましていると、

「では陛下は死んで?」

 透き通った綺麗な声でそう呟いている女性は【賢者】ラピス。
 娘の顔を眺めニヤニヤと笑みを浮かべており、何を考えているのか理解ができないことも多々ある。
 自分の身長と同等の杖を持ち、整った顔立ちは男性の誰もが目を奪われるほど。
 【賢者】と呼ばれている通り、攻撃魔法と支援魔法を得意としているため、後方での戦いが得意なはずなのだが、なぜかいつも魔法より物理を優先してしまうらしく気づいた時には前線で杖を振り回して戦闘をしているとか。

「な、なにを!? ラピス貴様気でも狂ったか!?」

 怒鳴り散らすリンスにラピスの反応は無表情そのものだった。
 リンスからは殺気が漏れ出ているものの、ラピスはそれに動じず、リーゼのことをジッと見守っているだけ。

 そして口を開いたかと思えば、

「リンスあなたは短気。陛下が国より娘を取るのは当然。それは我々四騎士も最初から分かっていたこと。玉座を奪われた以上――」
「陛下は生きてはいけない、ですね」

 そう言い放った最後の一人は、わたくしの机の上に淹れたての紅茶を置いた人物、【影人】レティーだ。
 【影人】の異名を持つ彼女だが、変装を得意とし暗殺技術がこの直属部隊の誰よりも卓越している。
 ナイフひとつで相手を片付け、証拠も一切残さないこともあってか、本人が言うには「これが私の天職」だとよく言っている。
 昼間はなんてこともないただのわたくしの専属メイド、夜は人を暗殺する才を卓越している者。
 だからこそレティーは【影人】と呼ばれているのだ。

「レティーはよく分かってる。もうこの国で陛下の居場所はない。それに陛下も娘の側にいたいはず。だから陛下は死ぬ」

 あらかたラピスの言いたいことは理解できた。

 この国の王としての民からの信頼を失くし、セレスとルーデルに玉座を奪われた。

 そんな状況下でいくらわたくしが抗ったとしても、なんの意味も成さないのは必然。
 それにリーゼが人質に取られているのも事実。

 母なら誰しもが想うだろう。
 親なら子の幸せを願うのは当然であり、またそれを導いてあげるのも親の務めだと。

「ラピスあなたの提案に乗るとしましょう。皆、早急に準備を」

 四騎士全員は頷き、わたくしに対し軽くお辞儀をしながら部屋から一人ずつ退出していく。

 本当にあの子達はいつまで経っても律儀ね。
 だけどあの子達との関係は今晩で切らないといけない。迷惑を掛けるわけにもいかない、せめてあの子達にはこの王国でこのまま仕えるのも良いが、この広い世界で自由にもっと高く羽ばたいて欲しい。
 それだけの才能があの子達には眠っているのだから。
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