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1.転生してた?

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 イケメンがいる。

 超絶イケメンがいて、その端正な顔を歪め、泣きそうな表情で俺を見ている。

(誰だろう……)

 ぼんやりとした頭で、首を巡らせ、相手と目が合った途端。
 イケメンは感極まったように息を詰まらせた。

「イェシル……!! 気がついたか! 良かった! このままお前を失ってしまうかと、どんなに怖かったか──」

 そう言いながら、寝てる俺に抱きつかんばかりに近接する。

(イェシルって?)

 そこで俺ははじめて、自分がベッドに横たわってることに気づいて。
 さらに自宅でも病院でもなく、なんかやたら格調高いヨーロッパ貴族みたいな部屋で。

 記憶にない場所の、記憶にない状況に戸惑って、イケメンに名を尋ねた途端。
 イケメンの目は驚愕に見開かれたまま、固まった。

 これが転生後、前世の記憶が戻ったばかりの俺と、王太子リュオン・ハーストル殿下との最初の会話になった。





 イェシル・サンダリーク。

 侯爵家次男。現在いまの俺の身分だ。
 マスカット・グリーンの明るい瞳に、黄金きんの川みたいに煌めく髪。顔のパーツはそれぞれが美しく完璧で、さらに十六という年齢わかさが、天使見えする愛らしさを加えている。

 ぶっちゃけ、規格外の美少年だ。

 自分で言うと痛いけど、"自分"って自覚がないから良しとしよう。
 ラノベでよく聞く、異世界転生だということはすぐわかった。

 婚約者がいると聞いた時は「お約束キタ──!!」と興奮したけど、その婚約相手が男で、この国の王太子だと聞いた時は、あまりの設定に目眩めまいがした。

 いやそれ、成立するん?
 だって男同士じゃん。
 王太子が同性と結婚したら、子孫を残せないことない?

 あわてて尋ねた疑問に、周囲は当惑のを向けてきた。

 この国は、同性婚ありの国だった。
 王の配偶者が男だった前例もある。

 俺ことイェシルと、リュオン殿下とは誰もが知る両思いで、仲睦まじいままに結婚するものと信じられていたようだ。

 今回、俺がベッドで寝てたのも……、つまり、記憶を取り戻すきっかけとなったのは、落ちてきた照明器具からリュオン殿下をかばった際、負傷したからだったとか。
 身を挺して守った最愛の恋人を、だけど俺は、きれいさっぱり忘れていた。

 俺の言動に一番ショックを受けたのは、リュオン殿下だったらしい。

 それはまあ……、そうかな。
 俺が意識不明の間、ずっと傍についてたのに、目を覚ますなり知らない人扱いされた。

 婚約者に忘れられたら辛いだろうとは思うけど、目覚めたばかりの俺の記憶は、転生前の日本人のものしかなかった。
 数日経つうちに、少しずつこの世界の常識だとか、日常的なこととか、身近な人、なんてのは思い出してきたけれど、リュオン殿下に関しては、"一つ年上の、自国の第一王子"という認識どまりでしかなく、婚約していたと言われても全くピンと来ない。

(記憶や感情は徐々に戻ると言われたけど、そもそも婚約したキッカケも、幼い頃の偶然だもんなぁ)


 王家の王子と、侯爵家の俺は年が近く、子どもの頃から一緒に遊ぶ仲だったらしい。

 ある日、ふたりで遊んでいて、王城で抜け道を見つけた。
 好奇心のまま通路に入ったけど、中は迷路のように入り組んでて、あっさり迷い子。
 奥の部屋に行きついた時には、ふたりともすっかり憔悴していた。

 その部屋には手入れされた壇があり、置かれてあった果物やさかずきの水を、俺と殿下は分け合って食べた。

 まさか地下通路が神殿とつながっていて、たどりついた場所が神の祭壇。
 聖杯の水を二人で飲むという行為が、神に結婚を誓う意味があるなんて、知りもしなかった。

 俺たちは眠りこけた状態で発見されたけど、出来事を知った大人たち驚いた。

 神の元でめあわせられた夫婦。(婦?)

 そう認められてしまったのは、合わない者同士がさかずきを分けると、何かしらの不調が現れるのに、俺と殿下は以前以上に元気で、発見時は神からの"祝福"で、薄く発光してたらしい。
 どんな神話だ。

 けれども"結婚"というにはあまりに幼すぎた。
 当時6歳と5歳。
 成長すれば性の好みも出てくる。さすがにもう少し大きくなってからと判断されて、"婚約"という形に収められたことは、国中が知っている……。

 そう! 国中が、だ!!

 どうするんだ、これ。逃げようがない!!

 でも当然のように、後継問題もあった。

 男同士では、子がせない。王族は他にもいるから何とかなるだろうけど。
 良かった。異世界だからお前生め、みたいな体質じゃなくて、本当に良かった。

 そこで成人したらふたりの意思を再確認し、場合によっては神に祈って破談もありだろうと検討されていた矢先、くだんの事故で俺が見事に殿下を忘れた。



 リュオン殿下には悪いけど、俺は普通に女の子が好きだ。
 記憶が塗り替わる前の俺が、彼をどう思っていたかはわからない。でも、結婚するならお嫁さんが欲しい。

 いくら色っぽくても自分よりイケメンの、背の高いお嫁さんとか、ちょっと……。
 向こうだって、そう思ってんじゃないかな。

 現にいまだって、貴族のご令嬢たちに囲まれて──。

(なんだあれ、大盛況すぎるだろう!)

 王太子が長年の婚約相手(つまり俺)との仲が怪しくなった、という話は、瞬く間に社交界に広まった。
 事実としては、俺が一方的にリュオン殿下を避けてるだけだけど、──だってお見舞いと称して毎日花束持って来られても、俺は女の子じゃないし対応に困る。有名店のお菓子とか、それは普通に嬉しかったけど。
 ──かくして絶好の機会とばかりにリュオン殿下に群がる女子、女性、美人、たまに男子!!

 今日は名家の慈善パーティー。集まった寄付金を、病院や孤児院にてると聞いて出席したのに、あんなモテっぷりを見せられるなら来るんじゃなかった!

 美形有能王子がフリーなんて、ただの優良物件でしかない。
 今までは殿下の隣に俺がいたから、特に声をかけられなかったかもだけど、今日は鬼気迫るバーゲンセールのようだ。

(……っ!)

 殿下がチラリとこっちを見たので、思わず思いきり顔をそむける。

(デレデレしちゃって、モテ自慢か!!)

 切なそうな顔に見えたけど、きっと気のせいだ。
 モヤモヤする気持ちは、俺がモテないからで。

(どうして誰もこっち来ないんだ? まさか俺にコナかけたら殿下に沈められるとかいう昔の噂が、まだ生きてるとか? でも、殿下……、ここ数日で酷くやつれたな)

 大丈夫だろうか? 王太子業って大変ハードだろうし……。

(ちゃんと休めてるのか、あとで聞いてみよう)

 そう考えていた時だった。足をかばうような仕草をしてる、同年代のご令嬢が目に入った。
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