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2.王子リュオン
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(どこへ行くつもりだ?)
どこかの令嬢と共に、広間から出ていくイェシルの背中を見て、心配になる。
いまのイェシルは、無防備なことこの上ない幼子のようで、目が離せないのに。
こんな時に限って、私は彼に避けられている。
(なぜこんなことに……)
最愛の許嫁の記憶から、消し去られた。
夜会で突然落ちてきた照明。先に気づいたイェシルが、私を覆った。
おかげでふたりとも直撃は免れたが、飛んだ破片が大きめで、当たったイェシルは気を失い──、次に目覚めた時に彼は、自分の名前さえ忘れていた。
当然のように私のことも覚えておらず……。
私を誰かと尋ねてきた時には、心臓を握り潰されたかと思った。
「……イェシル……? タチの悪い冗談はやめてくれ……?」
そう返す私の声は震えていた。自分でも初めて聞くような弱々しい声。
なぜなら心底不思議そうに私を見てくるイェシルの瞳に、何の偽りも交じってないことを見て取ったから。
(私のことが、本気でわからない──?)
現実は容赦なく、"絶望"を叩き付けてきた。
「あの……、どちら様ですか?」困惑したような、あの時のイェシルの声と様子が、何度も頭の中で繰り返す。他人行儀な態度、硬い表情。これまでイェシルから向けられたことのないそれらに、世界が崩れる音がした。
以来彼には、一定の距離を取られ続けている。
他愛のない触れ合いはおろか、デートの時でも手を繋がせて貰えない。
蕩けるように癒されるひと時も、甘くときめいて満たされる時間も持てはしない。
傍にいるのに。
イェシルが足りない!
"文武両道で、有能な王太子"。"秀麗でセンスの良い見た目"。
肩書につく言葉はすべて、イェシルに頼もしいと思われるため努力した結果、獲得した評価だ。
もちろん王子として国のため学び、民のため国土を発展させる責任は、実感している。
だけど一番に幸せにしたい相手に尽くしてこそ、他にも目を配れるというもの。
長い婚約期間を経て、ようやく。堂々とイェシルを抱けると。挙式まであと僅かだと。
(そんな時に、なんの試練だ──)
イェシルは私との婚約に不満を示し、別の相手を探したいと申し出た。
あれの望みは叶えてやりたい。だけど、これだけは許諾出来ない。
ずっとずっと好きだった。
弟で、友人で、幼馴染で、恋人。
私の人生を占める、かけがえのない存在。
その姿を見るだけで心が弾むし、声を聞くだけで嬉しくなれる。
言葉を交わして視線を絡めたら、こみ上げてくる愛しさにたまらなくなる。
どう考えても、手放せる気がしない。
それに今のイェシルは、警戒、用心とは無縁の素直さで、見てて危なっかしい。
前々から、その純粋さは可愛かった。
けれど侯爵家という立場上、それなりに相手の下心は見抜いていたはずなのに、いまは貴族間の約束事や秘め事も心許なく、何でも言葉通りに受け取ってしまう。
むやみにイェシルに近づかないよう各所に圧をかけていたものの、イェシルから相手に寄っていくのは別だ。
「失礼」
こんなことをしている場合ではない。
私は人込みをかき分けイェシルを追い、そうして"足を痛めたご令嬢を馬車まで送った"という誇らしげな笑顔に迎えられた。
念のため、令嬢の素性や背景を調べておかなくては。
イェシルに悪い虫をつけるわけにはいかない。
疑いから入りたくはないが、イェシルが不用心な分、私が気を付けていないと。
そう思っていたのに。
なんでそんなしどけない姿勢で、あどけない顔で、紅潮した頬で、喘いでいるんだ、イェシルは!!
自室で"最愛"に誘われて、耐えれる男なんているわけがないだろう!!
どこかの令嬢と共に、広間から出ていくイェシルの背中を見て、心配になる。
いまのイェシルは、無防備なことこの上ない幼子のようで、目が離せないのに。
こんな時に限って、私は彼に避けられている。
(なぜこんなことに……)
最愛の許嫁の記憶から、消し去られた。
夜会で突然落ちてきた照明。先に気づいたイェシルが、私を覆った。
おかげでふたりとも直撃は免れたが、飛んだ破片が大きめで、当たったイェシルは気を失い──、次に目覚めた時に彼は、自分の名前さえ忘れていた。
当然のように私のことも覚えておらず……。
私を誰かと尋ねてきた時には、心臓を握り潰されたかと思った。
「……イェシル……? タチの悪い冗談はやめてくれ……?」
そう返す私の声は震えていた。自分でも初めて聞くような弱々しい声。
なぜなら心底不思議そうに私を見てくるイェシルの瞳に、何の偽りも交じってないことを見て取ったから。
(私のことが、本気でわからない──?)
現実は容赦なく、"絶望"を叩き付けてきた。
「あの……、どちら様ですか?」困惑したような、あの時のイェシルの声と様子が、何度も頭の中で繰り返す。他人行儀な態度、硬い表情。これまでイェシルから向けられたことのないそれらに、世界が崩れる音がした。
以来彼には、一定の距離を取られ続けている。
他愛のない触れ合いはおろか、デートの時でも手を繋がせて貰えない。
蕩けるように癒されるひと時も、甘くときめいて満たされる時間も持てはしない。
傍にいるのに。
イェシルが足りない!
"文武両道で、有能な王太子"。"秀麗でセンスの良い見た目"。
肩書につく言葉はすべて、イェシルに頼もしいと思われるため努力した結果、獲得した評価だ。
もちろん王子として国のため学び、民のため国土を発展させる責任は、実感している。
だけど一番に幸せにしたい相手に尽くしてこそ、他にも目を配れるというもの。
長い婚約期間を経て、ようやく。堂々とイェシルを抱けると。挙式まであと僅かだと。
(そんな時に、なんの試練だ──)
イェシルは私との婚約に不満を示し、別の相手を探したいと申し出た。
あれの望みは叶えてやりたい。だけど、これだけは許諾出来ない。
ずっとずっと好きだった。
弟で、友人で、幼馴染で、恋人。
私の人生を占める、かけがえのない存在。
その姿を見るだけで心が弾むし、声を聞くだけで嬉しくなれる。
言葉を交わして視線を絡めたら、こみ上げてくる愛しさにたまらなくなる。
どう考えても、手放せる気がしない。
それに今のイェシルは、警戒、用心とは無縁の素直さで、見てて危なっかしい。
前々から、その純粋さは可愛かった。
けれど侯爵家という立場上、それなりに相手の下心は見抜いていたはずなのに、いまは貴族間の約束事や秘め事も心許なく、何でも言葉通りに受け取ってしまう。
むやみにイェシルに近づかないよう各所に圧をかけていたものの、イェシルから相手に寄っていくのは別だ。
「失礼」
こんなことをしている場合ではない。
私は人込みをかき分けイェシルを追い、そうして"足を痛めたご令嬢を馬車まで送った"という誇らしげな笑顔に迎えられた。
念のため、令嬢の素性や背景を調べておかなくては。
イェシルに悪い虫をつけるわけにはいかない。
疑いから入りたくはないが、イェシルが不用心な分、私が気を付けていないと。
そう思っていたのに。
なんでそんなしどけない姿勢で、あどけない顔で、紅潮した頬で、喘いでいるんだ、イェシルは!!
自室で"最愛"に誘われて、耐えれる男なんているわけがないだろう!!
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