牡丹への恋路

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②心奥

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「そういえば伝言があったのよ」



 ママの声で意識が現世に戻る。



「伝言?おじいちゃんから?」

「そう、来週には帰ってきて欲しいそうよ。なんでも会わせたい人がいるんだとか。はい、ついでにこれも渡してくれって」



 受け取ったものは表紙のついた三つ折りの写真アルバムと便箋。

 思わず顔が引きつり奇声があがる。



「げっ」



 恐る恐る写真を覗き見て肩を落とす。



「あら、顔はいい男じゃない」

「…顔は、確かにね」

「今時お見合い写真なんて珍しいね。親父殿もそろそろ死ぬのかな?」

「ダーリン、その発言は禁止。堅気でも殺されるわよ」

「ごめん、ごめん」



 人の気を知っているくせに変わらずの二人の様子に肩の力が抜け、そのまま便箋に目を通した。



「…潮時かな…」



 便箋を閉じ、もう一度写真を見つめる。



「ママ、これ持ってきたのってさ…」



 答えが分かり切っていたがママに尋ねる。



「…えぇ、龍が。親父から託されたって。らんちゃんが来るちょっと前にね」

「…、か。……参った!!」



 ゴツン、と音がなるほどおでこをカウンターに打ち付け髪を解く。



「ママ!!」



 ダサい眼鏡を取り起き上がり腹から声を出してみた。

 そうすれば気分は自然と上向きになる。



「このお店で一番強いお酒を下さいな!!」





 都会の繁華街。

 深夜を過ぎてもこの街は眠ることを知らず騒がしく、そしてネオンの光り輝いている。

 しかし、少し外れのBARの周りにはランタンの光だけが浮かびあがりそこだけが静寂に包まれ夜の帳が落ちている。

 コツコツと足音が静かに響き、木造の扉とドアベルがカランカランと粋な音を奏でる。



「…遅いのよ。珍しく強いお酒を浴びるように飲んだから醜態をさらす前にダーリンが上に持って行ったわよ」



 木造の床をギシリと鳴らしながら静かにカウンターの椅子に腰を落とす。



「詳しく話してくれるのよね?」



 静かに佇む男は目を伏せ深く息を吐く。



「…随分辛そうね、龍」



 間接照明の光が龍と呼ばれた男の瞳を照らし揺らす。



「…政略結婚だ」

「今時?そこまで組もヤバくないはずでしょ?親父はなにを考えてるんだ!」

「巧、戻ってるぞ」

「あら嫌だ、私ったら。でもね…らんちゃんの事だし血が煮えたぎるわよ」



 同意だと言わんばかりに龍がグラスを傾ける。



「相手は新参の嶋田組の若頭。お嬢の四つ上の歳は三十二。近頃工作員も増えて資金繰りが大変らしいと泣きつかれたらしい。歴史は古いが少数精鋭のうちと、新参だが勢いのある組の合併にと手っ取り早いのが血縁者による結びだとよ。若いが今時の組で、しかもうちと同じで薬も殺しも基本はなし。似たような組なんだ。相手の若頭も、お嬢と歳も程よく容姿もそこそこ。親父の唯一の血縁者であって女盛りの孫娘。しかも本来は別嬪で引く手あまたのくせに未だ独り身。親父もお嬢可愛さであって悪気がねぇってのは分かってるんだがな。…正直、俺たちとしちゃあまり面白くはないわな…」



 カラカラと氷を回し淡々と言葉を紡ぐ姿を見据え巧が溜息をつく。



「俺たちって言うけど、龍、あんたね…だったらけじめを付ければいい話じゃない。そんな顔してるくせに何をだらだらネチネチ悩んでるのよ」

「お前みたいに脳内お花畑じゃないんだよ」



 カランと氷が鳴り、ブランデーを一気に煽る。

 グラスを置き立ち上がりジャケットを脱ぎ上へと続く扉に手をかける。



「お痛は駄目よ」



 背中に久々に感じた懐かしい殺気で振り返る。



「馬鹿言うな。顔見て帰るよ」



 たかだか数段の階段に鼓動が高鳴るのは歳のせいか、それとも先程のブランデーのせいか。

 どちらにしろ自分の生きてきた年月を唐突に目の当たりに感じ、自然と苦笑いが浮かぶ。



「…体は正直ってか」



 誰に聞かせるともなく独り言ちる。

 独り言が増えるのも歳のせいにし、静かに男にとっての高嶺の花が眠る部屋の扉を開く。

 自分と同じ年代であろう建物は、男の体重では慎重に歩いても床が鳴る。

 男の得意な気配を消す作業に集中し息を整えベットに歩み寄る。

 窓からは月明かりが伸び、高嶺の花をぼんやりとしかし男にとっては神秘的に照らし出す。



「…藍…」



 静かに佇み寝付く安心しきった横顔を見下ろしす。

 ゆっくりと白く浮き上がる首筋を隠している後れ毛を手に取り上体を下す。



「…藍…」



 熱量が増す掠れた声は静かに手に取った一房の髪の中に消えていき、男の鼻孔に残ったのは微かな花の香りを消すようなアルコールと煙草の香り。

 さらさらと絹糸のように流れる落ちる髪は普段の容姿とは真逆の面影を残す。

 普段の容姿が偽りの作りものであって、本来何もしなくても彼女の髪は張りがあり櫛を通すだけで艶を出す。

 幼い頃から何度も強請られ、この髪に櫛を通した。

 毎朝無理難題な髪型を押し付けられ、今ではヘアアレンジは男の口説き技の一つとなった。

 幾人もの女を抱き、同じ数の女の髪を梳いてきた。

 そんな男であっても心から欲するのは昔から変わらず先程まで手の内にあった髪であり、その髪の持ち主だけ。

 想いを断ち切るように深く息を吐き鼻孔に残る香りを消す。

 再び自然と手を伸ばし触れそうになるのを押しとどめ息を呑む。



「…来週、迎え来る」



 寝ている彼女に囁き、その姿を目に焼き付ける。

 そして男は来た時と同じように静かに部屋を出て行った。

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