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彼女の傷が怖いなら

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 短い悲鳴が、教室を非日常へと引きずり込む。
 廊下から聞こえた教師の声を食い殺すように、若の怒声が響く。
 それは荒い息に混じって、ほとんど悲鳴みたいに聞こえた。

「相手を傷付けねぇ恋愛なんて、あるワケねぇだろうが!!」

 起き上がると同時に、若が飛びかかってくる。
 若らしくない、ただ勢いに任せた、荒い掴み合い。胸元にかかった圧迫感が苦しくて、僕は彼を押し返す。
 それでも若は退かなかった。

「人が二人いたら、感情があったら。人は勝手に傷付くんだよ!」

 叫んだ若の頬を殴りつける。
 抑えつけられた状態では、力は満足に出なかった。それでも、胸の底から絞り出したような声を浴び続けるよりはよかった。
 罪悪感は、口内に広がった血の味が曖昧にしてくれた。

「お前みたいに別れるために恋愛できたらって思うよ! でもそうすりゃもっと傷付けるじゃねぇか!」

 若を引きはがそうとする教師たちの手前で、剥き出しになった若の感情が叫ぶ。
 僕はその時、初めて若の涙を見た。見てしまった。

「傷つけ方がわかんねぇから、俺は……ッ。どんな気持ちも伝えられねぇんだよ!」
「だったらなおさら傷付けろよ! 死なないだろ!」

 堪えきれなくなって、僕もまた叫んでいた。

「若がビビって背を向けてる間、ずっと君を見続けてるあの子はどんな気持ちでいると思う? 感情までなかったことにしたら、傷まで消せると思ってるのか」
「消せねぇよ! わかってんだよそんなこと。でも伝えた傷が背を向けた傷より小さいって、誰が証明してくれんだよ?」
「そんなもの、自分で証明しろよ。誰の人生なんだよ!」

 教師が若を引き剥がしても、僕は若に掴みかかった。
 ちょうど縋り付くような姿勢。血管が浮き出るほど掴んだ襟元。
 言いたいことは幾つもある。
 けれどその全てをぶつける余裕はない。数人がかりで抑えつけられて離されていく若に、僕は一つだけ叫んだ。

「言葉は伝えるためにあるんだろうが!」

 苦く歪んだ若の顔は、すぐに大人たちの背に埋もれて消えていった。
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