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(13)花という女 ②
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◇
で、屋敷へ上げてしまったが最後、重蔵はお花に身も心も食われてしまったのである。
『今夜、あなたのところへ行ってもいいかしら』
それは、やましい心をもって解釈すれば、抱かれに行くと言っているようにも聞き取れる。
お花のような年頃の娘は、早く家へ帰すべきと、理性の部分では分かっていた。
分かっていながら、やはり下心もあって、つい、
「……構わぬが」
などと、声を裏返らせながら、色ごとに熟れた男のごとき台詞を返したのである。
(まさか、私などに体を許すなんて)
と、思いつつも、
(もし手を出すことになったなら、私が嫁に貰おう)
武家の嫡男として腹をくくったつもりだった。
お花のような町人を娶るには、武家の養子にしてから、武家同士の体で婚姻せねばならぬ。
そのためには銭もたんとかかるのだが、金銭の負担も含めて男の責任と思い、覚悟を決めていた。
ところが、いざ囲邸へ到着したところで、組み敷かれたのは重蔵の方であった。
布団の上に座り、向き合い、一世一代の大勝負のつもりで、お花の口先へ唇をつけてみたところ、
「うふふ」
耽美に笑った次の刹那、細められていたお花の瞳に、獣のごとき鋭い眼光が宿った。
お花はやがて緩やかに重蔵を押し倒すと、舌で唇を潤しつつ覆いかぶさった。
「花ちゃ」
たまらず起き上がろうとしたところへ、お花が深く唇を奪ってきた。
「可愛い口付けだこと。本当にあたしの好みね」
舌先であまりに虐めるので、重蔵はつい強めにお花を引き剥がした。
「よしてくれッ」
上体を起こそうとするも、腰が抜けて動けぬ。
赤面する重蔵の顎を、お花は慣れた手つきで持ち上げた。
その首元へ顔を埋めたかと思いきや、歯を立てて甘く噛んだ。
「ひ」
皮膚を破らぬ力加減で歯を立てながら、そこを熱い舌が這う。
「なにも怖がらなくていいのよ。あなたの首を食い破ったりしないわ」
優しく声をかけるお花の柔らかな手が、重蔵の懐を掻き分け、胸にぴたりと張りついた。
「そ、そういう訳では……ッ」
「あら、あなたまさか、ここまでされると思わなかった?」
言われて、重蔵は沈黙した。
沈黙すると、体を丸めて顔を隠した。
お花が許せば手を出す心づもりもあったが、まさか、逆に襲われるとは思ってもみなかった。
男として屈辱的な立場に立たされながら、決して不快でない動悸に胸を揺さぶられている。
それが情けなくてならぬ。
「もう、やめてくれ。これ以上は父が許さぬ。あの世から私の姿を見ていたら、どんな顔をするか」
「あら、あなたのお父さまの事は聞いていないわ。あたしが、あなたを可愛がりたいからしているのよ。それとも、嫌だったかしら」
「それは」
体の底から不快と言えば嘘になる。
お花から女のように扱われるのは、妙に胸が高鳴ってしまった。
「……あなた、本当に人の事ばかり気になるのね」
お花の眉が涼しげに弧を描いた。
「ここにはお父様も世間様もないのに、あなたったら、人からどう思われるかをすごく気にしてる。生きづらくて仕方ないでしょうね」
「そ、そなたに分かるものか」
重蔵は乱れた襟を寄せながら反論した。
「私が正しくあらねば、親の恥になってしまう。囲家の名を穢してしまう。だから私は、剣も勉学も必死に……」
言いながら、重蔵は唐突に、自分が斬り殺した盗賊のことを思い出した。
否、記憶に襲いかかられたとも言える。
あの死んだ盗賊の片割れは、きっと死ぬまで許してはくれないだろう。
硬直したまま、重蔵はひとり記憶の奥底へ引きずり込まれていた。
「また思い出したのね。繊細な人」
お花はいまいちど、重蔵へ優しく口付けると、顎へ手を添えた。
「あなたは正しくないことをしたのが辛いんじゃない。誰かにとって、許されない人になったことが辛いのよ。違うかしら」
「……それでは、どうすればいい」
「自分を許すのよ、重さん。誰に糾弾されようと、あなたはあなたの味方なの。それでも難しいなら、あたしが、あなたを許してあげるわ」
お花が肘をつき、重蔵との距離を詰める。
「もう一度聞くわね。あたしに可愛がられるの、嫌かしら」
尋ねられ、重蔵は間を置いた。
男が女に組み敷かれるなど、人に聞かれれば笑いものだ。
それでも、お花にさえ許されれば、いっそ笑いものにされてもいいと思う心が、胸の奥にはある。
すぐ真上にいる想い人へ、重蔵は縋るように抱きとめた。
「好きだ。ずっとこうしていて欲しい」
涙声で頼むと、肉の余ったお花の体が、重蔵を抱いて包んだ。
「乱暴してごめんなさいね。もう少し優しくしてあげる」
お花は重蔵の身体を暴きこそしなかったが、そのかわり、一晩ものあいだ腕に抱き続けていた。
◇
で、屋敷へ上げてしまったが最後、重蔵はお花に身も心も食われてしまったのである。
『今夜、あなたのところへ行ってもいいかしら』
それは、やましい心をもって解釈すれば、抱かれに行くと言っているようにも聞き取れる。
お花のような年頃の娘は、早く家へ帰すべきと、理性の部分では分かっていた。
分かっていながら、やはり下心もあって、つい、
「……構わぬが」
などと、声を裏返らせながら、色ごとに熟れた男のごとき台詞を返したのである。
(まさか、私などに体を許すなんて)
と、思いつつも、
(もし手を出すことになったなら、私が嫁に貰おう)
武家の嫡男として腹をくくったつもりだった。
お花のような町人を娶るには、武家の養子にしてから、武家同士の体で婚姻せねばならぬ。
そのためには銭もたんとかかるのだが、金銭の負担も含めて男の責任と思い、覚悟を決めていた。
ところが、いざ囲邸へ到着したところで、組み敷かれたのは重蔵の方であった。
布団の上に座り、向き合い、一世一代の大勝負のつもりで、お花の口先へ唇をつけてみたところ、
「うふふ」
耽美に笑った次の刹那、細められていたお花の瞳に、獣のごとき鋭い眼光が宿った。
お花はやがて緩やかに重蔵を押し倒すと、舌で唇を潤しつつ覆いかぶさった。
「花ちゃ」
たまらず起き上がろうとしたところへ、お花が深く唇を奪ってきた。
「可愛い口付けだこと。本当にあたしの好みね」
舌先であまりに虐めるので、重蔵はつい強めにお花を引き剥がした。
「よしてくれッ」
上体を起こそうとするも、腰が抜けて動けぬ。
赤面する重蔵の顎を、お花は慣れた手つきで持ち上げた。
その首元へ顔を埋めたかと思いきや、歯を立てて甘く噛んだ。
「ひ」
皮膚を破らぬ力加減で歯を立てながら、そこを熱い舌が這う。
「なにも怖がらなくていいのよ。あなたの首を食い破ったりしないわ」
優しく声をかけるお花の柔らかな手が、重蔵の懐を掻き分け、胸にぴたりと張りついた。
「そ、そういう訳では……ッ」
「あら、あなたまさか、ここまでされると思わなかった?」
言われて、重蔵は沈黙した。
沈黙すると、体を丸めて顔を隠した。
お花が許せば手を出す心づもりもあったが、まさか、逆に襲われるとは思ってもみなかった。
男として屈辱的な立場に立たされながら、決して不快でない動悸に胸を揺さぶられている。
それが情けなくてならぬ。
「もう、やめてくれ。これ以上は父が許さぬ。あの世から私の姿を見ていたら、どんな顔をするか」
「あら、あなたのお父さまの事は聞いていないわ。あたしが、あなたを可愛がりたいからしているのよ。それとも、嫌だったかしら」
「それは」
体の底から不快と言えば嘘になる。
お花から女のように扱われるのは、妙に胸が高鳴ってしまった。
「……あなた、本当に人の事ばかり気になるのね」
お花の眉が涼しげに弧を描いた。
「ここにはお父様も世間様もないのに、あなたったら、人からどう思われるかをすごく気にしてる。生きづらくて仕方ないでしょうね」
「そ、そなたに分かるものか」
重蔵は乱れた襟を寄せながら反論した。
「私が正しくあらねば、親の恥になってしまう。囲家の名を穢してしまう。だから私は、剣も勉学も必死に……」
言いながら、重蔵は唐突に、自分が斬り殺した盗賊のことを思い出した。
否、記憶に襲いかかられたとも言える。
あの死んだ盗賊の片割れは、きっと死ぬまで許してはくれないだろう。
硬直したまま、重蔵はひとり記憶の奥底へ引きずり込まれていた。
「また思い出したのね。繊細な人」
お花はいまいちど、重蔵へ優しく口付けると、顎へ手を添えた。
「あなたは正しくないことをしたのが辛いんじゃない。誰かにとって、許されない人になったことが辛いのよ。違うかしら」
「……それでは、どうすればいい」
「自分を許すのよ、重さん。誰に糾弾されようと、あなたはあなたの味方なの。それでも難しいなら、あたしが、あなたを許してあげるわ」
お花が肘をつき、重蔵との距離を詰める。
「もう一度聞くわね。あたしに可愛がられるの、嫌かしら」
尋ねられ、重蔵は間を置いた。
男が女に組み敷かれるなど、人に聞かれれば笑いものだ。
それでも、お花にさえ許されれば、いっそ笑いものにされてもいいと思う心が、胸の奥にはある。
すぐ真上にいる想い人へ、重蔵は縋るように抱きとめた。
「好きだ。ずっとこうしていて欲しい」
涙声で頼むと、肉の余ったお花の体が、重蔵を抱いて包んだ。
「乱暴してごめんなさいね。もう少し優しくしてあげる」
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