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第五話 死後に届けられる忘却の宝物
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本郷警察署近くにある弁当屋の前を通りすぎたとき、制服の上にジャンパーを羽織った若い警察官とすれ違った。
どこかで見たことがあると気付いたのか、彼は足を止めて振り返り、同様にする俺を眺めた。
「先日はお世話になりました、原沢さん」
頭を下げると、「ああ、御影さん」と、原沢はすぐに思い出して言う。
原沢は本郷警察署の交通課に配属されて間もない警官で、八枝さんに政憲の死を連絡してきた若者だった。
政憲の事故は記憶していたのだろう。直接話したのは、病院での連絡事項ぐらいだが、俺を記憶していたようだ。
「お昼ですか?」
「いつもそこの弁当屋で。御影さんは? こちらにお住まいではなかったですよね」
弁当屋を指差しつつ、原沢は尋ねてくる。
「少し気になることがありまして」
「というと?」
「父が道路へ飛び出した理由なんですが」
「理由ですか。急いでいる様子で、赤信号の横断歩道を渡ろうとしたと証言は得られてますよ」
「そうです。その急いでいた理由です」
原沢は興味を持ったのか、「昼休憩終わる頃に交通課へ来てくれませんか? チャチャッと食べてきますんで」と言うと、急いで弁当屋へ駆け込んでいった。
13時ちょうどに本郷警察署の交通課へ行き、案内された一角で菜月と一緒にソファーに座って待っていると、昼休憩を終えた原沢が戻ってきた。
「お待たせしましたー。改めて、すみません。御影誠さんと、えぇーっと……奥さまですか?」
原沢は菜月に視線を移す。
「いえ、彼女は八戸城菜月さんと言います。妻の友人です」
「奥さまのご友人ですか。奥さまは?」
「今日はふたりで来ました。八戸城さんが気にかかることを話すものですから」
そう言うと、菜月に取り憑いたままの政憲が、ぎょっとして俺を見る。心当たりがないとでも思ってるんだろう。
「気にかかるって、どんな?」
ほくそ笑む俺の前へ腰を下ろす原沢も、半信半疑に菜月を眺める。
原沢の後ろにあるデスクにつく交通課の職員が、興味深そうにこちらを見たが、すぐに視線を手もとの書類に落とした。しかし、耳だけは神経質に俺たちの様子をうかがってるみたいだった。
「八戸城さんは霊媒の仕事をしていましてね。ふしぎな体験をされるんですよ」
「霊媒って?」
「死者を身体に憑依させて、生前の記憶を話させるんです」
「じゃあ、降霊術とか、そういうっ?」
原沢はすっとんきょうな声をあげる。すると、さっきまで緊張感の漂っていた署内が一気にしらけた。
すっかり興味を失った職員もいれば、嘲笑するような笑みを浮かべたり、眉をひそめる者もいる。くだらない話に付き合う気がないとばかりに、原沢以外の職員はおのおのの職務に集中し出す。
一方、原沢という警官はなかなか面白い男らしい。興味津々に身を乗り出してくる。
「どんな霊でも呼び出せるんですか?」
「そういうわけではないんですけどね、いま、彼女には御影政憲が取り憑いてるんですよ」
「まさかー」
原沢はジロジロと菜月を眺める。それでも、少しばかり陰鬱そうな彼女の容貌に、無理やり納得したようだった。
「御影政憲さんと話せるんですね」
「はい。菜月さん、なぜあの日、父が道路へ飛び出したか、話してくれますね?」
うなずいた後、菜月をうながす。原沢に注目された政憲は、渋々といった様子で重い口を開く。
「あの日、いつものようにレストランへ出勤したんだ。そのとき、裏口のドアの鍵はあいていた。保が俺より先に来ることはないから、変だなと思った。最初の違和感はそれだった」
政憲はそう、記憶の断片を告白する。菜月の声だが、野太く低い声に原沢は眉をひそめる。しかし、真摯に耳を傾けているとわかると、政憲はまぶたを閉じて、眼裏に浮かぶであろうあの日の記憶をたどるように、ぽつりぽつりと話し始めた。
本郷警察署近くにある弁当屋の前を通りすぎたとき、制服の上にジャンパーを羽織った若い警察官とすれ違った。
どこかで見たことがあると気付いたのか、彼は足を止めて振り返り、同様にする俺を眺めた。
「先日はお世話になりました、原沢さん」
頭を下げると、「ああ、御影さん」と、原沢はすぐに思い出して言う。
原沢は本郷警察署の交通課に配属されて間もない警官で、八枝さんに政憲の死を連絡してきた若者だった。
政憲の事故は記憶していたのだろう。直接話したのは、病院での連絡事項ぐらいだが、俺を記憶していたようだ。
「お昼ですか?」
「いつもそこの弁当屋で。御影さんは? こちらにお住まいではなかったですよね」
弁当屋を指差しつつ、原沢は尋ねてくる。
「少し気になることがありまして」
「というと?」
「父が道路へ飛び出した理由なんですが」
「理由ですか。急いでいる様子で、赤信号の横断歩道を渡ろうとしたと証言は得られてますよ」
「そうです。その急いでいた理由です」
原沢は興味を持ったのか、「昼休憩終わる頃に交通課へ来てくれませんか? チャチャッと食べてきますんで」と言うと、急いで弁当屋へ駆け込んでいった。
13時ちょうどに本郷警察署の交通課へ行き、案内された一角で菜月と一緒にソファーに座って待っていると、昼休憩を終えた原沢が戻ってきた。
「お待たせしましたー。改めて、すみません。御影誠さんと、えぇーっと……奥さまですか?」
原沢は菜月に視線を移す。
「いえ、彼女は八戸城菜月さんと言います。妻の友人です」
「奥さまのご友人ですか。奥さまは?」
「今日はふたりで来ました。八戸城さんが気にかかることを話すものですから」
そう言うと、菜月に取り憑いたままの政憲が、ぎょっとして俺を見る。心当たりがないとでも思ってるんだろう。
「気にかかるって、どんな?」
ほくそ笑む俺の前へ腰を下ろす原沢も、半信半疑に菜月を眺める。
原沢の後ろにあるデスクにつく交通課の職員が、興味深そうにこちらを見たが、すぐに視線を手もとの書類に落とした。しかし、耳だけは神経質に俺たちの様子をうかがってるみたいだった。
「八戸城さんは霊媒の仕事をしていましてね。ふしぎな体験をされるんですよ」
「霊媒って?」
「死者を身体に憑依させて、生前の記憶を話させるんです」
「じゃあ、降霊術とか、そういうっ?」
原沢はすっとんきょうな声をあげる。すると、さっきまで緊張感の漂っていた署内が一気にしらけた。
すっかり興味を失った職員もいれば、嘲笑するような笑みを浮かべたり、眉をひそめる者もいる。くだらない話に付き合う気がないとばかりに、原沢以外の職員はおのおのの職務に集中し出す。
一方、原沢という警官はなかなか面白い男らしい。興味津々に身を乗り出してくる。
「どんな霊でも呼び出せるんですか?」
「そういうわけではないんですけどね、いま、彼女には御影政憲が取り憑いてるんですよ」
「まさかー」
原沢はジロジロと菜月を眺める。それでも、少しばかり陰鬱そうな彼女の容貌に、無理やり納得したようだった。
「御影政憲さんと話せるんですね」
「はい。菜月さん、なぜあの日、父が道路へ飛び出したか、話してくれますね?」
うなずいた後、菜月をうながす。原沢に注目された政憲は、渋々といった様子で重い口を開く。
「あの日、いつものようにレストランへ出勤したんだ。そのとき、裏口のドアの鍵はあいていた。保が俺より先に来ることはないから、変だなと思った。最初の違和感はそれだった」
政憲はそう、記憶の断片を告白する。菜月の声だが、野太く低い声に原沢は眉をひそめる。しかし、真摯に耳を傾けているとわかると、政憲はまぶたを閉じて、眼裏に浮かぶであろうあの日の記憶をたどるように、ぽつりぽつりと話し始めた。
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