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13章 ヴィートの決断
1 初めての二人っきり
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◆◆◆◆◆
「終わった~~~!」
ヴィートは両腕をまっすぐ頭上に上げて、う~んと伸びをした。
「なにも起こんなくてよかった……」
隣を歩くレネは、肩から力を抜いて息を吐く。
ヴィートは今回が初めてレネと二人っきりの仕事だった。
メストを出て隣国ラバトの国境近くの町オネツまで護衛対象を送り届け、後は来た道を帰るだけだ。
今回は歩きながらの護衛だったため、メストに戻るまであるきで四日かかる。
(やった!)
四日間は誰にも邪魔されず、二人っきりだ。
レネがリンブルクの坊ちゃまの護衛で一月ほどジェゼロにいたため、ヴィートはしばらく顔を合わす機会もなく寂しい思いをしていた。
団長の私邸に移ってきてからずっとレネの姿を目で追っている。
本部の仮眠室で暮らしていた頃は、いつも食事が終わるとベテラン団員たちと私邸へと引き上げていたレネに少しでも近付けると思っていた。
だが実際はヴィートが寝泊まりする一階とレネの部屋がある二階は、本部の仮眠室と私邸の宿舎以上の隔たりがあった。
夕食を済ませて私邸へと引き上げると、大抵レネは私邸の娯楽室で他の団員たちを他愛もない時間を過ごすのが常なのだが、あるていど時が経つとすぐ自分の部屋へと帰ってしまう。
『命が惜しければ、団長に呼ばれない限り二階へは絶対上がるなよ』
最初に私邸の部屋が空いてエミルとアルビーンと三人で越してきた時に、カレルから忠告された。
二階で暮らすのは、バルナバーシュとその養子のレネ、そして副団長のルカーシュだ。
三人がどういう日常を送っているのかは謎だ。
特にバルナバーシュとルカーシュはあまり接する機会がないので想像もつかない。
話によると、それぞれの部屋には風呂も付いているらしい。
レネは仕事の時、ほとんど本部の大浴場で入っているようだが、さすがに団長と副団長と風呂で一緒になったことはないので、二人は自分の部屋の風呂に入っているのだろう。
私邸の一階に食堂があり、二階の三人が利用しているのは知っている。これもレネから聞いたが、いつも朝は必ず三人揃って食べるのが日課らしい。
団員たちの食事はすべて本部の食堂で支給されるので、そこへ足を踏み入れることはない。
ヴィートはあの二人と一緒の空間にいるだけでも威圧感に身体が強張るのに、よく一緒に……それも朝一番に顔を突き合わせて食事などできるなと感心する。
レネにとっては養父と剣の師匠だからきっとなんの問題もないのだろう。
同じ屋根の下に暮らしているにも関わらず、まだ一度もレネの部屋に行ったことがなかった。
たぶんほとんどの団員がそうだろう。
だから仕事の帰り道とはいえ、レネと二人っきりの旅がよけいに嬉しかった。
オネツの町はセキアとの国境の近くにあるため、多くの人々が行き来している。
検問に備え一泊していく旅人たちも多く、幾つもの宿屋があった。
ブロタリー海周辺の町によくある白い壁とオレンジ色の屋根をした家が、ひしめき合うように細長い高台の土地の上に集まっていた。
見晴らしの良い町からは、西日に照らされた金色のブロタリー湾が見える。
海の色は鮮やかな青からキラキラと輝く薄い紫色に変化し、ヴィートの薄い灰色の目には眩し過ぎて、思わず隣にある灰色の頭へと目を逸らす。
(きっと同じ色だから瞳が安心するんだ……)
ヴィートは自分でもよくわからない理屈をこじつけて、いつもレネの姿を目で追った。
二人で宿屋街を歩きながら、良さげな宿を物色する。
「せっかくだから大部屋じゃない方がいいな……」
「おっさんの鼾ききながら寝るのは嫌だもんな」
メストに帰るまで、宿場町のスロジット以外は宿屋があるような町はない。それは行きがけに確認済みで、オネツに辿りつくまでも二泊は農家に泊めてもらうか野宿で凌いだ。
昨日も野宿だったので、せめて今日はベッドの上で眠りにつきたかった。
(それに、ゆっくりレネの寝顔を観察できる……)
私邸に移って来てヴィートに衝撃をもたらしたのは、休みの前日になにをするでもなく皆で娯楽室に集まっていた時のことだ。
その日は暑く、団員たちはいつものごとく風呂上りに下着姿の定番の格好でいた。
ヤンはパンツ一枚で熊のような毛だらけの上半身を晒していた。
そんな毛深い大きな身体に、無防備な寝顔を擦り付けるようにレネが凭れ掛かっている。
『——もしかして……猫ちゃん寝ちゃってるの?』
ヤンはただでさえ暑い上に、ピタリとひっつかれ困ったように頭を掻いていた。
レネは袖なしの肌着を辛うじて身につけているが、片方の肩が落ちてピンク色の乳輪が半分ほど覗いている。
毛だらけの肌に凭れるつるりとした白い肌は、同じ男とはとても思えない。
その対比が、今まで決して見ようとしなかった側面を浮き彫りにした。
レネの首から汗の雫が胸へと一筋流れ、肌全体も汗で艶めいて見える。
それをチラチラと見つめる男たちの視線が、妙に湿っぽく熱気を帯びているようだ。
『今夜はまた一段と蒸すな……』
困った顔をしてにベドジフがこぼすが、きっと……暑さのせいだけではない。
日ごろ私邸で暮らす団員たちは、レネの容姿について口にすることはない。
だがヴィートは気付いている。思うことはあっても、同僚として上手く仕事をやっていくために見て見ぬ振りをしているだけなのだ。
いつもならここでカレルが冗談を言ってみなの笑いを取るのだが、その日に限ってなにも言わず、レネを起こしたりもしない。
その日の娯楽室は、レネが目覚めるまで妙にねっとりとした空気に包まれていたのを思い出す。
「やったーー二人部屋が空いてたーー」
一軒目に入った宿で運良く二人部屋が空いており、ヴィートとレネは早速部屋の鍵を受け取ると部屋に向かいそれぞれのベッドへとダイブした。
「なあ、荷物置いたら夕飯食いに行こうよ」
大の字になり、変な模様のある木の天井を眺めながら、ヴィートはこれまでの四日間を思い返す。
「そうだな……まともな飯が食いたいな」
やはりレネも同じことを思っていたようだ。
今回の依頼主は二人の護衛にまで自分の作った食べ物を分けてくれたのはいいのだが、なんともいえない味のものが多く、食べさせてもらう身でありながらも内心辟易していたところだった。
やっとのことでまともな食事にありつき、二人は腹をさすりながら部屋へと戻る。
「はぁ~やっぱ飯って大事だよな」
「食ったら眠くなってきた……」
レネはしょぼしょぼと目を擦りはじめる。
昨夜は野宿だったため交代で見張りをしたのだが、朝方まで起きている番だったので眠いのだろう。
「えーー風呂も入んないで寝るのかよ?」
共同風呂に一緒に入れると思ってたのに、これでは楽しみが一つ減るではないか。
「先に入ってていいよ、後で起きた時にまだ開いてたら一人で入りに行くから……」
レネは靴とズボンを脱いでゴゾゴゾと寝る準備をはじめている。
(こいつ……本気で寝るつもりだ……)
行動の早さにヴィートは内心呆れた。
「おやすみ……」
下着姿になるとさっさと布団に潜り込みレネはもうヴィートのことなど気にすることなく、背中を向けてあっという間に寝息を立てはじめた。
なんだか拍子抜けしてしまい、ヴィートはレネが言っていたように先に風呂へ行くことにした。
「終わった~~~!」
ヴィートは両腕をまっすぐ頭上に上げて、う~んと伸びをした。
「なにも起こんなくてよかった……」
隣を歩くレネは、肩から力を抜いて息を吐く。
ヴィートは今回が初めてレネと二人っきりの仕事だった。
メストを出て隣国ラバトの国境近くの町オネツまで護衛対象を送り届け、後は来た道を帰るだけだ。
今回は歩きながらの護衛だったため、メストに戻るまであるきで四日かかる。
(やった!)
四日間は誰にも邪魔されず、二人っきりだ。
レネがリンブルクの坊ちゃまの護衛で一月ほどジェゼロにいたため、ヴィートはしばらく顔を合わす機会もなく寂しい思いをしていた。
団長の私邸に移ってきてからずっとレネの姿を目で追っている。
本部の仮眠室で暮らしていた頃は、いつも食事が終わるとベテラン団員たちと私邸へと引き上げていたレネに少しでも近付けると思っていた。
だが実際はヴィートが寝泊まりする一階とレネの部屋がある二階は、本部の仮眠室と私邸の宿舎以上の隔たりがあった。
夕食を済ませて私邸へと引き上げると、大抵レネは私邸の娯楽室で他の団員たちを他愛もない時間を過ごすのが常なのだが、あるていど時が経つとすぐ自分の部屋へと帰ってしまう。
『命が惜しければ、団長に呼ばれない限り二階へは絶対上がるなよ』
最初に私邸の部屋が空いてエミルとアルビーンと三人で越してきた時に、カレルから忠告された。
二階で暮らすのは、バルナバーシュとその養子のレネ、そして副団長のルカーシュだ。
三人がどういう日常を送っているのかは謎だ。
特にバルナバーシュとルカーシュはあまり接する機会がないので想像もつかない。
話によると、それぞれの部屋には風呂も付いているらしい。
レネは仕事の時、ほとんど本部の大浴場で入っているようだが、さすがに団長と副団長と風呂で一緒になったことはないので、二人は自分の部屋の風呂に入っているのだろう。
私邸の一階に食堂があり、二階の三人が利用しているのは知っている。これもレネから聞いたが、いつも朝は必ず三人揃って食べるのが日課らしい。
団員たちの食事はすべて本部の食堂で支給されるので、そこへ足を踏み入れることはない。
ヴィートはあの二人と一緒の空間にいるだけでも威圧感に身体が強張るのに、よく一緒に……それも朝一番に顔を突き合わせて食事などできるなと感心する。
レネにとっては養父と剣の師匠だからきっとなんの問題もないのだろう。
同じ屋根の下に暮らしているにも関わらず、まだ一度もレネの部屋に行ったことがなかった。
たぶんほとんどの団員がそうだろう。
だから仕事の帰り道とはいえ、レネと二人っきりの旅がよけいに嬉しかった。
オネツの町はセキアとの国境の近くにあるため、多くの人々が行き来している。
検問に備え一泊していく旅人たちも多く、幾つもの宿屋があった。
ブロタリー海周辺の町によくある白い壁とオレンジ色の屋根をした家が、ひしめき合うように細長い高台の土地の上に集まっていた。
見晴らしの良い町からは、西日に照らされた金色のブロタリー湾が見える。
海の色は鮮やかな青からキラキラと輝く薄い紫色に変化し、ヴィートの薄い灰色の目には眩し過ぎて、思わず隣にある灰色の頭へと目を逸らす。
(きっと同じ色だから瞳が安心するんだ……)
ヴィートは自分でもよくわからない理屈をこじつけて、いつもレネの姿を目で追った。
二人で宿屋街を歩きながら、良さげな宿を物色する。
「せっかくだから大部屋じゃない方がいいな……」
「おっさんの鼾ききながら寝るのは嫌だもんな」
メストに帰るまで、宿場町のスロジット以外は宿屋があるような町はない。それは行きがけに確認済みで、オネツに辿りつくまでも二泊は農家に泊めてもらうか野宿で凌いだ。
昨日も野宿だったので、せめて今日はベッドの上で眠りにつきたかった。
(それに、ゆっくりレネの寝顔を観察できる……)
私邸に移って来てヴィートに衝撃をもたらしたのは、休みの前日になにをするでもなく皆で娯楽室に集まっていた時のことだ。
その日は暑く、団員たちはいつものごとく風呂上りに下着姿の定番の格好でいた。
ヤンはパンツ一枚で熊のような毛だらけの上半身を晒していた。
そんな毛深い大きな身体に、無防備な寝顔を擦り付けるようにレネが凭れ掛かっている。
『——もしかして……猫ちゃん寝ちゃってるの?』
ヤンはただでさえ暑い上に、ピタリとひっつかれ困ったように頭を掻いていた。
レネは袖なしの肌着を辛うじて身につけているが、片方の肩が落ちてピンク色の乳輪が半分ほど覗いている。
毛だらけの肌に凭れるつるりとした白い肌は、同じ男とはとても思えない。
その対比が、今まで決して見ようとしなかった側面を浮き彫りにした。
レネの首から汗の雫が胸へと一筋流れ、肌全体も汗で艶めいて見える。
それをチラチラと見つめる男たちの視線が、妙に湿っぽく熱気を帯びているようだ。
『今夜はまた一段と蒸すな……』
困った顔をしてにベドジフがこぼすが、きっと……暑さのせいだけではない。
日ごろ私邸で暮らす団員たちは、レネの容姿について口にすることはない。
だがヴィートは気付いている。思うことはあっても、同僚として上手く仕事をやっていくために見て見ぬ振りをしているだけなのだ。
いつもならここでカレルが冗談を言ってみなの笑いを取るのだが、その日に限ってなにも言わず、レネを起こしたりもしない。
その日の娯楽室は、レネが目覚めるまで妙にねっとりとした空気に包まれていたのを思い出す。
「やったーー二人部屋が空いてたーー」
一軒目に入った宿で運良く二人部屋が空いており、ヴィートとレネは早速部屋の鍵を受け取ると部屋に向かいそれぞれのベッドへとダイブした。
「なあ、荷物置いたら夕飯食いに行こうよ」
大の字になり、変な模様のある木の天井を眺めながら、ヴィートはこれまでの四日間を思い返す。
「そうだな……まともな飯が食いたいな」
やはりレネも同じことを思っていたようだ。
今回の依頼主は二人の護衛にまで自分の作った食べ物を分けてくれたのはいいのだが、なんともいえない味のものが多く、食べさせてもらう身でありながらも内心辟易していたところだった。
やっとのことでまともな食事にありつき、二人は腹をさすりながら部屋へと戻る。
「はぁ~やっぱ飯って大事だよな」
「食ったら眠くなってきた……」
レネはしょぼしょぼと目を擦りはじめる。
昨夜は野宿だったため交代で見張りをしたのだが、朝方まで起きている番だったので眠いのだろう。
「えーー風呂も入んないで寝るのかよ?」
共同風呂に一緒に入れると思ってたのに、これでは楽しみが一つ減るではないか。
「先に入ってていいよ、後で起きた時にまだ開いてたら一人で入りに行くから……」
レネは靴とズボンを脱いでゴゾゴゾと寝る準備をはじめている。
(こいつ……本気で寝るつもりだ……)
行動の早さにヴィートは内心呆れた。
「おやすみ……」
下着姿になるとさっさと布団に潜り込みレネはもうヴィートのことなど気にすることなく、背中を向けてあっという間に寝息を立てはじめた。
なんだか拍子抜けしてしまい、ヴィートはレネが言っていたように先に風呂へ行くことにした。
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