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9章 ネコと和解せよ
7 オムレツを食べながら
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◆◆◆◆◆
「レネ……」
まさか自分が原因で、レネを追い詰めていたなんて思いもしなかった。
(俺の軽はずみな行動が、すべてを引き起こしてるじゃないか……)
なにも考えず、軽い気持ちで父親へ会いに行った自分が浅はかだった。
バルトロメイは後悔する。
ある意味、母親が父親に自分を会わせなかったのは正解だったのかもしれない。
「お前を軽蔑なんてしたことない。俺が馬鹿だった。なにも考えずにあそこへ行ったせいで……本当に済まないことをした……俺は、お前とさえ仲良くなれればよかっただけなんだ……——それに、誤解を解いておきたい。俺は最初、レオポルトが探している人間がレネだとはまったく知らなかった。だからお前の名前が出てきた時、びっくりしたんだ。お前のことは一言も喋らなかった。お前を捕らえることにも一切関わっていない。知ってたら、あんなこと絶対させなかったのに……」
たまたま仲良くなった相手が、実の父親の養子で、護衛対象が探していた人物だった。そしてその護衛対象の境遇とあまりにも似すぎていた。
偶然なことが重なりすぎて、いくら言葉で説明しても嘘にしか聞こえない。
自分はどうすればレネに信用してもらえるのか。
『大事なのは誠意を見せることさ』
老爺に言われた言葉が、頭に思い浮かぶ。
(誠意ってなんだ?)
「俺はどうすればいい?」
「お前が悪いとは思ってない。でも……心の整理がつくまで、そっとしておいてくれ……」
レネもどうしていいかわからない顔をしてこちらを見ている。
「——そうだな……」
バルトロメイは、振り絞るように声を出し返事をした。
日の出前から二人はザトカを出発する。
切り立った海沿いの岸壁を南下していくと、朝日に照らされながら、オレンジ色の屋根をした小さな漁村が見えてきた。
ブロタリー海の一帯は、皆同じような色彩の町並みだ。
それがまた、コバルトブルーの海と相まってこの街道沿いの景色を美しく彩っている。
入り江になったその村は早朝から漁に出た船が、続々と港に戻ってきて活気にあふれていた。
「漁師たちが仕事上がりに集まる店があるはずだ、港で訊いて朝飯にしよう」
バルトロメイは後ろを振り返り提案する。
「オレクの目撃情報があればいいな」
レネも異存はないようだ。
朝から海風に吹かれて、少し身体が冷えていたので一休みするのにちょうどいい。
港街のバルチーク領にいた時も、漁師たちは仕事帰りに朝から一杯飲んで疲れを癒やしていた。
もしかしたら、なにか情報が得られるかもしれない。
真っ黒に日焼けした海の男たちが集まる一軒の古い食堂で、二人は朝食を摂った。
「うまっ」
半円形の薄く広いオムレツの中にはチーズと青菜が入っていて、濃厚だ。
塩味が効いているのでパンも進む。
レネはわかり易くて助かる。
取り敢えず美味しい物を食べたらすぐに顔に出た。
(よかった……)
「兄ちゃんたちさっきから見てるがいい食いっぷりだな」
「ここのオムレツはうまいだろ?」
海の男たちはレネが食べるのをニコニコ笑いながら見ていた。
「うん、うまいっ!」
レネはご機嫌で答える。
「兄ちゃんたちは旅人かい?」
漁師たちが話の輪の中に加わってきた。
レネは美青年なのだが、ツンとした所がないので周りからも受け入れられやすい。
バルトロメイはこのチャンスを逃さない。
「ええ。ある人物を探しているんです——」
「眼帯を嵌めた爺さん見ませんでした?」
レネは単刀直入だ。
「ああ、あの——」
「そう。あの——爺さん」
一人の男が口を開きかけると、レネが途中で言葉を遮る。
(ん? あの——ってなんだ?)
「あの爺さんなら、街道沿いを南に下ったバスカ・ベスニスに行くって言ってたぞ。もう三日くらい前だったかな……あそこにしばらく滞在するみたいなこと言ってたかな……兄ちゃんたちみたいに、ここでオムレツを美味そうに食ってたんだ」
「よかった。爺ちゃんが知らないうちに旅に出てさ……孫の俺たちで探してたんだよ。こっちに行ったってのはわかってたんだけどね」
レネはしれっと言ってのけるが、よくそんなセリフが出てくるもんだと、バルトロメイは感心する。
だが、よく考えてみると、レネは事実しか述べていない。
「兄ちゃんたち兄弟なのか? それにしちゃあぜんぜん似てねーな」
日焼けした男たちは、二人を交互に見比べる。
(ごもっともだ……)
バルトロメイとレネはまったくタイプが違う。
「うん。オレ養子で血が繋がってないからね……」
レネがちょっと憂いを帯びた顔でそう告げると、男たちは複雑な事情を察して、もうそこには触れない。
(こいつ……正直に顔に出るタイプだからか、よけいな嘘はつかないんだな……)
レネのやり口に感心する。
「そういや爺さん……一人じゃなかったぞ。男装したやたらと雰囲気のある姉ちゃん連れてたな……」
「ダニエラも一緒か、オレクに間違いない」
レネはそう言いながらも、なんだか面倒臭そうな顔をする。
(ダニエラ? 誰だ?)
なにやら自分が知らないことがまだたくさんあるようだ。
だいたい、オレクという自分の祖父に当たる隻眼の男について、先代のリーパ団長だったという以外はなにも知らない。
レネはなにか思惑でもあるのか、先代について詳しくは語ろうとしないので、人物像がいまいち掴めない。
(——レネはいったい俺になにを隠してるんだ?)
「レネ……」
まさか自分が原因で、レネを追い詰めていたなんて思いもしなかった。
(俺の軽はずみな行動が、すべてを引き起こしてるじゃないか……)
なにも考えず、軽い気持ちで父親へ会いに行った自分が浅はかだった。
バルトロメイは後悔する。
ある意味、母親が父親に自分を会わせなかったのは正解だったのかもしれない。
「お前を軽蔑なんてしたことない。俺が馬鹿だった。なにも考えずにあそこへ行ったせいで……本当に済まないことをした……俺は、お前とさえ仲良くなれればよかっただけなんだ……——それに、誤解を解いておきたい。俺は最初、レオポルトが探している人間がレネだとはまったく知らなかった。だからお前の名前が出てきた時、びっくりしたんだ。お前のことは一言も喋らなかった。お前を捕らえることにも一切関わっていない。知ってたら、あんなこと絶対させなかったのに……」
たまたま仲良くなった相手が、実の父親の養子で、護衛対象が探していた人物だった。そしてその護衛対象の境遇とあまりにも似すぎていた。
偶然なことが重なりすぎて、いくら言葉で説明しても嘘にしか聞こえない。
自分はどうすればレネに信用してもらえるのか。
『大事なのは誠意を見せることさ』
老爺に言われた言葉が、頭に思い浮かぶ。
(誠意ってなんだ?)
「俺はどうすればいい?」
「お前が悪いとは思ってない。でも……心の整理がつくまで、そっとしておいてくれ……」
レネもどうしていいかわからない顔をしてこちらを見ている。
「——そうだな……」
バルトロメイは、振り絞るように声を出し返事をした。
日の出前から二人はザトカを出発する。
切り立った海沿いの岸壁を南下していくと、朝日に照らされながら、オレンジ色の屋根をした小さな漁村が見えてきた。
ブロタリー海の一帯は、皆同じような色彩の町並みだ。
それがまた、コバルトブルーの海と相まってこの街道沿いの景色を美しく彩っている。
入り江になったその村は早朝から漁に出た船が、続々と港に戻ってきて活気にあふれていた。
「漁師たちが仕事上がりに集まる店があるはずだ、港で訊いて朝飯にしよう」
バルトロメイは後ろを振り返り提案する。
「オレクの目撃情報があればいいな」
レネも異存はないようだ。
朝から海風に吹かれて、少し身体が冷えていたので一休みするのにちょうどいい。
港街のバルチーク領にいた時も、漁師たちは仕事帰りに朝から一杯飲んで疲れを癒やしていた。
もしかしたら、なにか情報が得られるかもしれない。
真っ黒に日焼けした海の男たちが集まる一軒の古い食堂で、二人は朝食を摂った。
「うまっ」
半円形の薄く広いオムレツの中にはチーズと青菜が入っていて、濃厚だ。
塩味が効いているのでパンも進む。
レネはわかり易くて助かる。
取り敢えず美味しい物を食べたらすぐに顔に出た。
(よかった……)
「兄ちゃんたちさっきから見てるがいい食いっぷりだな」
「ここのオムレツはうまいだろ?」
海の男たちはレネが食べるのをニコニコ笑いながら見ていた。
「うん、うまいっ!」
レネはご機嫌で答える。
「兄ちゃんたちは旅人かい?」
漁師たちが話の輪の中に加わってきた。
レネは美青年なのだが、ツンとした所がないので周りからも受け入れられやすい。
バルトロメイはこのチャンスを逃さない。
「ええ。ある人物を探しているんです——」
「眼帯を嵌めた爺さん見ませんでした?」
レネは単刀直入だ。
「ああ、あの——」
「そう。あの——爺さん」
一人の男が口を開きかけると、レネが途中で言葉を遮る。
(ん? あの——ってなんだ?)
「あの爺さんなら、街道沿いを南に下ったバスカ・ベスニスに行くって言ってたぞ。もう三日くらい前だったかな……あそこにしばらく滞在するみたいなこと言ってたかな……兄ちゃんたちみたいに、ここでオムレツを美味そうに食ってたんだ」
「よかった。爺ちゃんが知らないうちに旅に出てさ……孫の俺たちで探してたんだよ。こっちに行ったってのはわかってたんだけどね」
レネはしれっと言ってのけるが、よくそんなセリフが出てくるもんだと、バルトロメイは感心する。
だが、よく考えてみると、レネは事実しか述べていない。
「兄ちゃんたち兄弟なのか? それにしちゃあぜんぜん似てねーな」
日焼けした男たちは、二人を交互に見比べる。
(ごもっともだ……)
バルトロメイとレネはまったくタイプが違う。
「うん。オレ養子で血が繋がってないからね……」
レネがちょっと憂いを帯びた顔でそう告げると、男たちは複雑な事情を察して、もうそこには触れない。
(こいつ……正直に顔に出るタイプだからか、よけいな嘘はつかないんだな……)
レネのやり口に感心する。
「そういや爺さん……一人じゃなかったぞ。男装したやたらと雰囲気のある姉ちゃん連れてたな……」
「ダニエラも一緒か、オレクに間違いない」
レネはそう言いながらも、なんだか面倒臭そうな顔をする。
(ダニエラ? 誰だ?)
なにやら自分が知らないことがまだたくさんあるようだ。
だいたい、オレクという自分の祖父に当たる隻眼の男について、先代のリーパ団長だったという以外はなにも知らない。
レネはなにか思惑でもあるのか、先代について詳しくは語ろうとしないので、人物像がいまいち掴めない。
(——レネはいったい俺になにを隠してるんだ?)
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