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4章 見習い団員ヴィートの葛藤
7 救護室
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◆◆◆◆◆
救護室の扉が開かれ、ボリスはハッと息を飲み込む。
「……レ…ネ……」
ゼラに運ばれて来たレネは、ボロボロに傷付けられていた。
だらりとこぼれる腕が、完全に意識が無いことを物語る。
「診てやってくれ」
ゼラが診察台の上に乗せると、二人がかりで服を脱がせていく。
意識の無い人間からチェインメイルなどの防具類を脱がせるのが、どれだけ大変かを知っている団員たちは、大抵はこうやってボリスに手を貸してくれる。
服を脱がせて、血と痣にまみれた白い肌が露わになっていく間も、レネは一向に意識を取り戻す気配はない。
鳩尾と左脇腹は打撲のせいか赤黒く変色している。無防備な手足には幾つもの切り痕がある。
任務中に怪我することはあったとしても、レネがここまで完膚なきまでにやられることはない。
あるとすれば、バルナバーシュかルカーシュとの手合わせの後だけだ。
ルカーシュは今朝から用事で出かけているので……。
「団長にやられたのか……」
「——俺がやった」
それを聞いてボリスは一瞬固まったが、ゆっくりとゼラの目を見つめる。
「……お前は……優しい男だな」
ゼラは驚きに目を眇める。
ボリスがレネに特別に目をかけているのを知っているので——たぶん、ゼラは覚悟して……ここまでレネを連れてきたのだ。
「この役は団長には重いよな……」
独り言のように言いながら、ボリスは頭から下へと順にレネの傷を癒していく。
「昨夜……団長の部屋で絵を見たんだ……」
レネの頬に付いた血と泥を指で拭いながら、ゼラはぼそりと呟いた。
「あれを見たのか……」
もう十年以上前に描かれた一枚の絵を、ボリスは思い出す。
「お前も怪我してるだろ、そこに座ってくれ」
「……俺はいい。それよりもう一人怪我人がいる。そいつを診てやってくれ」
そう言うと、ゼラは救護室を出て行った。
◆◆◆◆◆
床にぽつぽつと落ちる血の跡を辿りながら、ヴィートは廊下を歩いていた。
癒し手の治療を受けに救護室へ向かっているのだが、自然とこの血を辿っていくことになる。
(レネの血だ……)
あんなに酷いことをしておきながら、あの男は……なんでもないかのようにレネを抱えて行ってしまった。
(クソっ!)
救護室の扉を開けると、ボリスが診察台の上に寝かされたレネの身体の血を拭きとっていた。
いまだにピクリとも動かない。
『あんな戦い』を見せられた後だと、まるで死体みたいだ。
「ヴィート、怪我をしたのはお前だったのか……」
ボリスはヴィートの視線の方向に気付くと、さっと患者衣を取り出して素早くレネに着せていく。そして軽々と抱き上げて、隣の寝台へと移す。
ここの男たちは、どうしてレネをいとも簡単に抱き上げるのだろうか。
ヴィートはこの大男たちの屈強な身体が心底羨ましいと思った。
(俺だって……)
「さて、治療しながら、怪我の経緯を訊こうか」
丸椅子へ座るよううながし、シャツを片方はだけさせ、ボリスが傷口にそっと手を当ててくる。
「……ゼラって奴が……レネを殺すんじゃないかと思って、気が付いたら間に割って入ってた……」
薄い黄色い光に包まれて温かくなったかと思うと、傷はあっという間に塞がっていく。
「——また……無茶なことを」
ボリスは、一瞬息を止めたが、呆れたように溜息をつくとヴィートを睨んだ。
「そんな危険なことはもう絶対してはいけないよ」
「それは団長にも言われた……」
ヴィートはあの時の情景が脳裏にまざまざと思い出される。
「でも、あいつはレネのことをっ——」
思い返すだけでも目の前が真っ赤に染まる。
救護室の扉が開かれ、ボリスはハッと息を飲み込む。
「……レ…ネ……」
ゼラに運ばれて来たレネは、ボロボロに傷付けられていた。
だらりとこぼれる腕が、完全に意識が無いことを物語る。
「診てやってくれ」
ゼラが診察台の上に乗せると、二人がかりで服を脱がせていく。
意識の無い人間からチェインメイルなどの防具類を脱がせるのが、どれだけ大変かを知っている団員たちは、大抵はこうやってボリスに手を貸してくれる。
服を脱がせて、血と痣にまみれた白い肌が露わになっていく間も、レネは一向に意識を取り戻す気配はない。
鳩尾と左脇腹は打撲のせいか赤黒く変色している。無防備な手足には幾つもの切り痕がある。
任務中に怪我することはあったとしても、レネがここまで完膚なきまでにやられることはない。
あるとすれば、バルナバーシュかルカーシュとの手合わせの後だけだ。
ルカーシュは今朝から用事で出かけているので……。
「団長にやられたのか……」
「——俺がやった」
それを聞いてボリスは一瞬固まったが、ゆっくりとゼラの目を見つめる。
「……お前は……優しい男だな」
ゼラは驚きに目を眇める。
ボリスがレネに特別に目をかけているのを知っているので——たぶん、ゼラは覚悟して……ここまでレネを連れてきたのだ。
「この役は団長には重いよな……」
独り言のように言いながら、ボリスは頭から下へと順にレネの傷を癒していく。
「昨夜……団長の部屋で絵を見たんだ……」
レネの頬に付いた血と泥を指で拭いながら、ゼラはぼそりと呟いた。
「あれを見たのか……」
もう十年以上前に描かれた一枚の絵を、ボリスは思い出す。
「お前も怪我してるだろ、そこに座ってくれ」
「……俺はいい。それよりもう一人怪我人がいる。そいつを診てやってくれ」
そう言うと、ゼラは救護室を出て行った。
◆◆◆◆◆
床にぽつぽつと落ちる血の跡を辿りながら、ヴィートは廊下を歩いていた。
癒し手の治療を受けに救護室へ向かっているのだが、自然とこの血を辿っていくことになる。
(レネの血だ……)
あんなに酷いことをしておきながら、あの男は……なんでもないかのようにレネを抱えて行ってしまった。
(クソっ!)
救護室の扉を開けると、ボリスが診察台の上に寝かされたレネの身体の血を拭きとっていた。
いまだにピクリとも動かない。
『あんな戦い』を見せられた後だと、まるで死体みたいだ。
「ヴィート、怪我をしたのはお前だったのか……」
ボリスはヴィートの視線の方向に気付くと、さっと患者衣を取り出して素早くレネに着せていく。そして軽々と抱き上げて、隣の寝台へと移す。
ここの男たちは、どうしてレネをいとも簡単に抱き上げるのだろうか。
ヴィートはこの大男たちの屈強な身体が心底羨ましいと思った。
(俺だって……)
「さて、治療しながら、怪我の経緯を訊こうか」
丸椅子へ座るよううながし、シャツを片方はだけさせ、ボリスが傷口にそっと手を当ててくる。
「……ゼラって奴が……レネを殺すんじゃないかと思って、気が付いたら間に割って入ってた……」
薄い黄色い光に包まれて温かくなったかと思うと、傷はあっという間に塞がっていく。
「——また……無茶なことを」
ボリスは、一瞬息を止めたが、呆れたように溜息をつくとヴィートを睨んだ。
「そんな危険なことはもう絶対してはいけないよ」
「それは団長にも言われた……」
ヴィートはあの時の情景が脳裏にまざまざと思い出される。
「でも、あいつはレネのことをっ——」
思い返すだけでも目の前が真っ赤に染まる。
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