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1章 伯爵令息を護衛せよ
14 再び合流
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朝になりアンドレイの熱も平熱に戻ると、一行はジェゼロを出発した。
「なんでこの人たちと一緒なの?」
アンドレイは訝しげな目でカレルとロランドを睨む。
二人は結局、馬を[虹鱒亭]に預けたまま、一緒に歩いてポリスタブに向かっていた。
「そりゃあ、心配だからに決まってるだろ。お前のせいで昨日は猫ちゃんが山道を一人で歩く羽目になったんだぞ。俺が迎えに行ったから良かったものの、山賊にでも攫われたらどうするよ?」
「むっ……」
カレルはアンドレイの一番触れてほしくない所を容赦なく抉る。一緒に行動する理由を無理矢理こじつけているのだ。
感情的になったアンドレイは冷静な判断ができなくなり、馬を置いてまで一緒に行動するカレルたちの異常さに気付いていない。
「オレが自分の意志でやったんだからあんたは口出しするなよ。アンドレイだって好きで熱を出したわけじゃないのに」
黙り込んでしまったアンドレイに加勢して、レネはカレルに反論する。このままだと反発して一緒に行動することを拒否しかねない。
「俺だって自分の意志で猫ちゃんを守ろうと思うのは勝手だろ?」
カレルはニヤニヤ笑いながら、馴れ馴れしくレネの肩を抱いた。
こうやってアンドレイを挑発するから関係がこじれていくのだ。
自分を巻き込むのはやめてほしいと、レネは後ろを振り返り赤毛の男を睨む。
「——お前ら、もうそこまでにしておけ。みんなで行けばいいじゃないか。また襲われたら、俺一人じゃお前たち二人を守りきれないんだからちょうどいいだろ。カレルとロランドはそこらの騎士が顔負けするくらい強いぞ」
「ふんっ……デニスまで、なんでこいつらを信用するんだよ? 僕はこんな胡散臭い奴らと行動するのは嫌だ!」
『こいつら』呼ばわりされた二人は、面白そうに笑っている。今の状況を笑って楽しむ余裕がアンドレイをよけいにイライラさせるのだ。
レネはいまさらのように、同僚たちの不遜な態度に頭が痛くなる。
「——やっぱりデニスさんたちでしたか。よかった。また、ご一緒させてもらっていいですか?」
多くの旅人たちが行き交う中、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「あれ、ボフミルさん? 先に行ったとばかり思ってたのに、なんでここにいるの?」
殺伐とした雰囲気の中に、のほほんと人の好い笑みを浮かべたボフミルが姿を現すと、アンドレイの顔が一気に緩む。
「いや実は、雨に濡れて風邪を引いて昨日一日寝込んでいたんですよ」
発熱した上、レネにまで迷惑をかけて自分を責めていたアンドレイにとって、まったく同じ状況に陥っていたボフミルは、助け舟的な存在だろう。
「また会えて嬉しいな。一緒に行こう」
面倒な展開だ。
やはりボフミルは今の状況を偵察に来た、敵のスパイである可能性が高い。
レネは近くにいたロランドと目配せして、気を引き締めるように伝えた。
「——はあ、レネさんはジェゼロで知人の方と入れ違いになってしまったんですね。それはお気の毒に。でもそのお陰でポリスタブまでご一緒できるのもなにかの縁でしょう」
ボフミルはジェゼロで旅を終えるはずのレネが一緒にいる理由を知り、なぜかとても嬉しそうだった。
しかし次第に、横を歩く新顔の二人に、ボフミルの興味は移った。
「私はボフミルといいます。デニスさんたちとはジェゼロの手前で雨に降られて一晩一緒に雨宿りさせてもらいました。あなた方はどのような経緯で?」
話しかけられたロランドは、ニコリと笑った。
派手な雰囲気のカレルに比べたら、優男に見えるロランドの方が、一見とっつきやすく見える。
ボフミルも人を見てこちらに話しかけたのだろうが、ロランドの中身をよく知るレネは、それはとんだ間違いだぞと忠告したくなる。
「私はロランド、そしてあっちがカレル。三人とはたまたま宿の食堂で知り合って、ほらこの子……こんなんでしょ?」
ロランドはレネの方を指さすと話を続けた。
「人攫いに目を付けられてるのも気付いてなくて、昨日一人で山道を歩いてたんですよ。なんだか見ていて危なっかしくて……だから一緒に行こうって決めたんです」
裏の顔をまるで知っているかのような物言いに、ボフミルはたじたじになる。
ボフミルは二人が昨夜、船小屋の外で聞き耳をたてていたことなんて、もちろん知らない。
なぜロランドの言葉で、ボフミルがあんなにも動揺しているのかレネにはわからなかった。
しかしきっとロランドが、心の中でニヤニヤしながら楽しんでいることだけは想像できた。
「一緒に旅をするのもなにかの縁ですね。まあ仲良くやっていきましょう」
爽やかに笑うとロランドは、ぽんぽんとボフミルの肩を叩いた。
なんとなくレネは、後ろを行くアンドレイを振り返る。
先ほどのカレルとの言い合いを見ても思ったが、三人で行動している時は、アンドレイがあんなに激しい気性の持ち主だったなんて想像もしていなかった。カレルはアンドレイの隠れた一面を引き出してしまったかもしれない。
歩くスピードを落として、レネはアンドレイの隣に行く。
「調子はどう?」
「うん、僕は大丈夫だよ。レネだって昨日は一人で荷物を持って山道を歩いて大変だったでしょ?」
まだ昨日のことを申し訳なく思っているようだ。
「オレ、こう見えても丈夫にできてるからぜんぜん平気だよ」
実を言うと、昨日は体力をかなり消耗したが、アンドレイを安心させるためにレネは嘘をついた。
「でももう無理はしないでね」
「わかってるって」
年下の少年から心配され複雑な気分になるが、アンドレイの真剣な眼差しに見つめられると素直に返事をするしかない。
「——気になったんだが……お前、なんで軍馬なんかに乗ってるんだ?」
その会話を聞いていたデニスが、レネが引いている馬の方を指さす。
デニスは騎士だ。馬については誰よりも詳しい。
「元軍馬ですけどね。奉公先の所有する馬を貸してもらったんです。なんでも金に困っていた騎士の馬を買い取ったとか」
レネは適当にありそうな嘘をつく。
この馬は、本当はリーパ護衛団で所有する馬だ。騎士が乗る馬同様に、リーパでは軍馬として育てられた馬しか使わない。
「こいつが俺たち二人を運んでくれたから、アンドレイは無事だったんだからな。昨日は俺の奢りで美味いニンジンをたらふく食わせてやったぞ。こいつの名前は?」
レネが知らないところで、そんなことをしていたのか。おかしくなってちょっと吹き出す。
「カスタン」
古代語で栗の意味だ。リーパで所有する馬はすべて、毛色に因んだ名前が付けてある。
「お前、カスタンって言うのか」
デニスが鼻面を撫でると、カスタンは嬉しそうに頭を下げて短く嘶いた。
騎士だけあって馬の扱いを心得ている。
カスタンを触っている時のデニスは、ふだんの険しい顔が嘘のように優しい表情をしている。もしかしたらこれがデニスの素の顔なのかもしれない。
「こんないい馬を奉公人に貸すなんて、お前のご主人様は太っ腹だな」
「そうなんですか? オレは他を知らないんで……でも旦那様はちょっと変わった人かもしれません」
(奉公人はふつう馬なんか乗れないよな……)
自分でも突っ込みどころはたくさんあるが、変わった旦那様の下で働いているということで押し切るしかない。
「レネだって馬に乗れるんだぞ、お前もいい加減、馬に乗れるようになれよ」
デニスはアンドレイの方を向いて軽く睨んだ。
いきなり矛先を向けられたアンドレイは、ぎょっと目を剥く。
「だって、股が痛くなるんだもん」
確かに慣れるまでは内股がヒリヒリしたり、男は弾んだ時にうっかり大事な所を挟んだりと、色々あるのだ。
レネも子供のころ苦労した経験を思い出す。
「工夫したら痛くなくなるって」
「ほら、レネだってそう言ってるだろ。お前が馬に乗れたらもう少し楽な旅ができたんだがな」
ニヤリと人の悪い笑みを浮かべながら、デニスはアンドレイを横目で見る。
「わかったよ。ファロに着いたら練習するから」
「ホントだな?」
その言葉忘れないぞ、とばかりにデニスはアンドレイに再度確認する。
そうやって話していると、やはり二人は主従の枠を越えて年の離れた兄弟のようだ。
◆◆◆◆◆
そのころ、アンドレイたちの少し前方に、一台の幌馬車がノロノロと進んでいた。
老いた農耕馬がゆっくり引いているので、人が歩くスピードと変わらない。
後ろの荷台の荷物に紛れてヨーゼフたちは身を潜め、幌の隙間に差し込んだ双眼鏡から後ろの様子を窺っていた。
「人数が増えてるな。前を行くのが昨日言ってた奴らか……」
ヨーゼフは双眼鏡を覗きながら、隙のない二人の男たちの様子を観察する。
長年傭兵として生きてきた男は、すぐに二人の正体を見破った。
「あいつらは伯爵が付けた護衛だろうな」
「そうですね。騎士から離したとしてもあの二人がいるとなると——」
スキンヘッドの男がヨーゼフに相槌を打つ。
「ボフミルの報告を聞いて作戦を練り直した方がいいかもしれんな」
傭兵の勘が「あの男たちは危険だ」と警告していた。
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