泣き虫少女と無神経少年

柳 晴日

文字の大きさ
56 / 76
第3章

好きなものはなんですか?

しおりを挟む


 頬に強い衝撃を受け、レオはまどろみから目覚めた。

「......なんという寝相だ」

 いつの間にかレオのベッドで熟睡していたシオンの足を乱暴に払いのける。
 ベッド脇に立て掛けていた剣を取り、制服に通したベルトで固定する。
 椅子の背もたれに掛けておいたジャケットはそのままにし、薄手の白シャツだけを羽織っておく。
 部屋に備え付けられている洗面台の蛇口をひねり、冷たい水を顔に浴びせ、気合いを入れた。

 
 聖樹のある森、オリジンの隣に存在する小さな街<サンク>。
 ここにはアストライア団員用の宿泊施設がある。
 二階建てのこじんまりとした石造りの建物は街の入り口から歩いて数分でたどり着ける位置にあった。
 街を囲む塀は高く、門を出る以外には海を眺める方法はない。
 毎日表情を変える海を眺めることと引き替えに、平滑な塀ばかりの退屈な景色は、聖樹を狙う襲撃者や自然災害から街人を守っている。

 レオが宿泊施設の扉を開け、階段を五段下り、石畳に右足を着けた所でアミナが紙袋を両手に抱えて歩いてくるのが見えた。

 あ、と少し離れた所で気がついたアミナは口だけでおはようございます、と言うと、小走りでレオの前まで来て今度は声に出してお辞儀をした。

「おはようございます」
「おはよう。ずいぶんと早いな」
「あ、はい、部屋から市場が見えたので、朝ごはんの材料を....」
「冷蔵庫や台所に材料はあったはずだが」
「そうなんですけど....」

 重そうに紙袋を抱え直すと、アミナは苦笑した。

「シオンが全部食べ尽くしちゃいます。申し訳ないので、買ってきました。なので、あの、ついでに皆の分も作ろうかと」
「私の分もいいのか?」
「はい!もちろんです!」

 勝手なことはするなと言われてしまうかもしれないと思っていたが、レオは「私の分の材料費は後で払おう」と生真面目に言うだけだった。

「....シオンか。たしかに大食いだった。昨夜も用意されていた料理全体の半分以上食べていたな」
「はい。痩せてるのに、すごく食べるんです。だからいつも元気なのかな……あっすみません!いいですよ!レオさん、これからお出掛けですよね?」

 材料の入った紙袋をレオはアミナの腕から取り上げ、さきほど下りた階段を上がると玄関扉を開けてアミナを促した。
 アミナは恐縮し、ぺこぺこと何度も頭を下げながら先に中へと入る。
「す、すみませんっありがとうございます....!」感謝と謝罪を繰り返し、所在無さそうに指を組むアミナにレオはわずかに口角を上げた。
 宿泊施設共用の台所は一階にある。玄関の奥にある階段の手前を左に曲がり、管理人室の前を過ぎればダイニングルームだ。

 廊下を進み、小さな窓から射す朝の光を見上げながら、レオはアミナに聞いた。

「飯の世話までしてやるとは。君とシオンはどういう関係なんだ?」

 アミナはレオの日差しを受けてきらめく銀髪に眩しそうに目を細めて首をひねる。

「どういう関係....ですか?友達です」
「友達?」
「はい。あ、あと、一緒に住んでるので家族....あと、仕事仲間、とも思っています」
「仕事仲間?....一緒に住んでるとは?」
「ええっと....セゾニエールのプランタン図書館、ってご存知ですか?」
「ああ....山側にある」

 考えるように金色の瞳を上に向けたレオにアミナは「はい。山の方の」と微笑んだ。

「シオンも私も、そこで住み込みの従業員....みたいな。だから、家族で、仕事仲間で、友達なんです」

 ダイニングテーブルに置いた紙袋から食パンや玉ねぎ、チーズやハムを取り出して並べていく。

「....ふむ。なるほどな。だが、友達の為にここまでするとはな」

 レオは何気なく思ったことを言っただけだろう。 しかし、その言葉はアミナの手を少しの間静止させた。
 アミナは「....します、しますよ」と明るい声を出した。

「だって、あの、パンのお粥、作りますよ。昨日、リナリアが朝は消化に良いものが食べたいって言ってたから。そう、そうです。リナリアにも、食べてほしいんです」

 食パンを手に持ち、「友達だから、作ってあげたいって、思うんです」とアミナは口角を上げた。
 なぜかその時だけは、レオの目を見ることができなかった。

「そういうものか」
「はい」

 そういうもの、です。心の中で呟いた。

「あ、レオさん。レオさんはパンをどうやって食べるのが好きですか?あの、トーストしたのがいい、とか、しない方がいい、とか。あと、チーズはお好きですか?」
「私は.....」

 玉ねぎの皮を剥き始めたアミナに口を開いたレオの言葉が止まった。顎に指を添え、少しの間難しい顔をした彼はダイニングルームの入り口へ足を向けた。

「好き嫌いはない。鍛練に行ってくる。一時間ほどで戻る」
「あ、はい。いってらっしゃい....」

 足早に出ていった背中を見送り、アミナは玉ねぎに包丁を入れた。
 料理を作る時は、いつも食べてくれる人の笑顔を想像する。
 リナリアの胃の調子はどうだろう?白湯を作っておこうか。
 レオさんは.....好き嫌いはないって言っていたけど、甘いものはあまり好きじゃないかもしれない。 
 昨日の歓迎会の料理で、デザートにまったく手をつけていなかった。
 シオンは....。

 焼いたハムと目玉焼きをのせた食パンをきっといつものように大きな口で食べるのだろう。

 アミナは緩んだ口許に気がつくと、きゅっと噛み、首を左右に振った。

 玉ねぎを切らなければ。まな板に包丁の触れる規則正しい音が時を刻むように流れていた。



「おはよう」

 ほどなくして、リナリアが目をこすり、ふわふわとした動作でダイニングテーブルに着いた。
 両手の指を組み、上に伸びると「早起きなのねぇ」と手で口許を隠して欠伸をした。

「おはよう。リナリア、食欲、ある?よかったらどうぞ」
「ありがとう!.....はぁ~....沁みる....」

 マグカップの白湯を少しずつ唇に含む。ぬるめの柔らかい湯が胃を温めるのをリナリアは瞼を閉じて味わった。

「うん、食べれるわ。ていうか、私も手伝うわよ。起こしてくれて良かったのに」
「....い、いいの?」
「ええ」
「.......ありがとう」

 照れたようにはにかむアミナにリナリアは少しくすぐったそうに笑う。
 玉ねぎがよく溶け込んだスープを二人で味見する。リナリアが満足そうに親指を掲げた。

「たのしい」

 腕を後ろで組み、鍋を覗き込んでいたアミナはスープにそっと溶かすように呟いていた。
 思うよりも先に心から滲み出た言葉は、アミナ自身を驚かせた。

「私も、楽しい。....不思議ね。あなたが相手だと素直になれるの」

 鮮やかな緑を細め、リナリアは鼻の下をこすった。



 

 剣を鞘に納めたレオは頬に流れる汗を手の甲で払い、息を整えるように腰に手を当て俯いた。

「………」

 何かを考え込むように眉間に皺を寄せる。
 しかし、カチ、と時計の針の音が耳元でしたかと思った瞬間、人形のように整った顔を上げ、再び剣を抜いた。

 裂いた空気の感触がなんとなく気持ち悪く、拭いきれない違和感を振り払うように、レオはもう一度構え直した。










しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

神楽坂gimmick

涼寺みすゞ
恋愛
明治26年、欧州視察を終え帰国した司法官僚 近衛惟前の耳に飛び込んできたのは、学友でもあり親戚にあたる久我侯爵家の跡取り 久我光雅負傷の連絡。 侯爵家のスキャンダルを収めるべく、奔走する羽目になり…… 若者が広げた夢の大風呂敷と、初恋の行方は?

カモフラ婚~CEOは溺愛したくてたまらない!~

伊吹美香
恋愛
ウエディングプランナーとして働く菱崎由華 結婚式当日に花嫁に逃げられた建築会社CEOの月城蒼空 幼馴染の二人が偶然再会し、花嫁に逃げられた蒼空のメンツのために、カモフラージュ婚をしてしまう二人。 割り切った結婚かと思いきや、小さいころからずっと由華のことを想っていた蒼空が、このチャンスを逃すはずがない。 思いっきり溺愛する蒼空に、由華は翻弄されまくりでパニック。 二人の結婚生活は一体どうなる?

再婚相手の連れ子は、僕が恋したレンタル彼女。――完璧な義妹は、深夜の自室で「練習」を強いてくる

まさき
恋愛
「初めまして、お兄さん。これからよろしくお願いしますね」 父の再婚によって現れた義理の妹・水瀬 凛(みなせ りん)。 清楚なワンピースを纏い、非の打ち所がない笑顔で挨拶をする彼女を見て、僕は息が止まるかと思った。 なぜなら彼女は、僕が貯金を叩いて一度だけレンタルし、その圧倒的なプロ意識と可憐さに――本気で恋をしてしまった人気No.1レンタル彼女だったから。 学校では誰もが憧れる高嶺の花。 家では親も感心するほど「理想の妹」を演じる彼女。 しかし、二人きりになった深夜のキッチンで、彼女は冷たい瞳で僕を射抜く。 「……私の仕事のこと、親に言ったらタダじゃおかないから」 秘密を共有したことで始まった、一つ屋根の下の奇妙な生活。 彼女は「さらなるスキルアップ」を名目に、僕の部屋を訪れるようになる。 「ねえ、もっと本気で抱きしめて。……そんなんじゃ、次のデートの練習にならないでしょ?」 これは、仕事(レンタル)か、演技(家族)か、それとも――。 完璧すぎる義妹に翻弄され、理性が溶けていく10日間の物語。 『著者より』 もしこの話が合えば、マイページに他の作品も置いてあります。 https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/658724858

彼女が望むなら

mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。 リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

殺されるのは御免なので、逃げました

まめきち
恋愛
クーデターを起こした雪豹の獣人のシアンに処刑されるのではないかと、元第三皇女のリディアーヌは知り、鷹の獣人ゼンの力を借り逃亡。 リディアーヌはてっきりシアンには嫌われていると思い込んでいたが、 実は小さい頃からリディアーヌ事が好きだったシアン。 そんな事ではリディアーヌ事を諦めるはずもなく。寸前のところでリディアーヌを掠め取られたシアンの追跡がはじまります。

処理中です...