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第3章
世界は一つのはずなのに
しおりを挟む「はーい!昨日あなた達が集めた聖樹の葉を粉末にして染料に混ぜて作った制服よー!コンセプトは青春!どう?」
アストライア隊員用の宿泊施設にある談話室でオリジン防衛隊の武具士、ロターリオはローテーブルの上に徹夜で作り上げた制服を並べた。
彼は黒のティーシャツを手に取り、不満そうにシオンへ手渡す。
「アストライアの基本色は白なんだけど、あなた汚しそうだし、ティーシャツは黒にしておいてあげたわよ。ジャケットは腰にでも巻いておきなさい。ズボン、気を付けてよね!あとこれ靴」
ぽいぽいと投げて寄越される制服を受け取り、「汚さへんて!失礼な奴やなー」とシオンは文句を言いながら着替えの為に談話室を出ていった。
アミナはこっそりロターリオに感謝した。
セゾニエールの商店街にいるルカの友達と遊んで帰ってくると、サッカーの予定でない日も何をやっているのか、いつも泥だらけになって帰ってくるのだ。
見かねたルカがシオンに渡すお古を濃い色の服にするように気を付けるようになったことにアミナは気がついていた。
なぜならシオンは、洗濯しても泥の跡が染みになって付着してしまっている服を平気で着るようなズボラな男だったからである。
「学校の制服みたい....」
制服に着替えたアミナは自身の姿を壁に設置されている姿見で確認する。
白の半袖ワイシャツに、黒のネクタイを締める。プリーツの効いた白スカートの上に羽織った白のジャケット。編み上げのブーツを履いてくるりと回ってみる。
「金時計はジャケットの肩にある....そうそう。その留め具に鎖を通して、胸元に時計がくるように....いいわね。似合うわ!」
アミナの左胸の上に金時計が収まると、制服に混ぜられた聖樹の効果だろうか。体が普段より、少し軽く感じる。
「修道院の制服とあんまり変わらないわね」
豊かな金髪をさっと整えながら、リナリアはアミナの横で鏡を覗く。
パフスリーブの白ワンピース。腰に黒のベルトを通すとリナリアのスタイルの良さがより際立つ。リナリアも黒色ネクタイを締めており、肩の留め具に金時計の鎖を通すようになっていた。
「あなたは絶対ワンピースって決めていたからね!いいわ~美少女二人!あたしの見込んだ通りの出来上がりよ!」
ロターリオの手放しで喜ぶ様子に照れながら「いやいや」「そんなそんな」と満更でもなさそうに手を振るアミナとリナリアは、お互いの胸に光る金時計に誇らしげに笑みを浮かべた。
「着替えたでー」
「わ!」
制服に着替えたシオンにアミナは「騎士みたい!」とはしゃいだ。
腰のベルトに剣を通したシオンは「みたいやなくて、騎士なんやって」と得意気に腕を組んだ。
金時計はベルトに鎖を巻きつけ、固定されている。
シオンの後ろからロターリオと同じ顔のルドヴィーコが屈んで扉から顔を覗かせた。
「お嬢ちゃん達のは小刀な」
果物ナイフよりも小さい刀をそれぞれのベルトに差し込むのを確認し、ルドヴィーコは「普段から触って、いざという時に使えるようにしときな」と助言をした。
「はい」
いざという時、か。頷いたアミナは、そんな時がこないといいいな...と腰にある小刀に怖々と人差し指だけで触れた。
「終わったか?」
談話室に入ったレオはアミナの姿を見て、固まった。
「......短くないか?」
滑らかな膝よりも上の位置。白く柔らかそうな太股の中間あたりで頼りなく揺れるスカートに真顔で言うレオにアミナが反応するよりも早く、シオンとロターリオが反応した。
「どこ見とるんや!変な目で見んな!!」
「きゃー!レオたん可愛い~!ウブなのねー!?」
「な、なにを言っている!?私はただ、動きにくそうだと思っただけだ!!」
疲労の色を濃くしたレオは「ここでの任務は終った。出るぞ」と頭を抱えて足早に談話室を出た。
駅のホームに昨日乗って来た電車と違う、背が高く、幅の広い重厚感のある列車が到着した。
漆黒の車体を黄金の筋が彩りを加えている。
レオは三人に「ヴォルフガング隊長に終了報告をすることを忘れるな。では」と律儀に腰を折ると、列車に乗り込んだ。
重々しい音と共に扉が閉まる。
レオはようやく一息つけた、と首を回した。
騒々しかった。やはり一人の方が静かでいい。
壁に後頭部を預け、腕を組みしばし目をつむる。壁から伝わる車体の振動に身を任せていたレオはそろそろ部屋に移動するかと目を開いた。
「なぜここにいる!?」
レオは驚きを隠さず、声を荒げた。
なぜなら先ほど駅のホームで別れたと思っていたアミナ、シオン、リナリアがいたからだ。
「え?これ、帰りの電車じゃないんですか?」
目を丸くするアミナにレオは「ち、違う!君達の電車は二番ホームの....!」とすでに見えなくなってしまったホームがあったはずの方角を指差す。
「.......二番ホーム....私達、電車初めてで……」
ぽかんと自分を見上げてくる三人にレオは前髪をかきあげ、呻いた。
「この列車はチェルミ州に着くまで止まらないんだ....」
個室には二段ベッドが一セットずつ左右の壁に添って配置され、ベッドの間には角の丸い四角窓が窮屈そうに備え付けられていた。
窓の下に腰を下ろしたレオは深いため息をつき、自分と同様にカーペットが敷かれた床に腰を下ろす三人に言った。
「.....仕方ない。このまま私の任務にも付き合ってもらおう。他の部屋に取り替えて貰うことができてよかった」
「....うう、すみません....」
「任務ってなんですか?」
肩を落とすアミナは隣に座るリナリアが投げた質問に頷き、レオへ視線を向けた。
「これから行くチェルミ州で、吸血鬼が出たというのでな。調査に向かう」
「きゅ、吸血鬼、ですか?」
「実在するんですか?架空の存在かと....」アミナは信じられない、と顎に拳を当てた。
リナリアも「人が創り上げたものだと思っていたわ」と頷きアミナに同意する。
「悪魔や精霊が存在するのだ。吸血鬼がいても、そう不思議ではない。チェルミ州で存在を確認したら人のいない場所へ移動させる。抵抗するようなら、恐らく武力行使になる」
「....武力行使....」
不穏な響きをもつ言葉にアミナは膝の上で重ねた手を固くした。
「吸血鬼ってなんや?」
シオンが聞くと、レオは「生き物の血を吸って生き永らえると言われている、化け物だ」と端的に教えた。
「血を?」
ブラックコーヒーの入ったマグカップを口元につけてレオは首を縦に振った。
じっと見つめてくるシオンに「……なんだ」と眉をひそめる。
「血を吸うから、化け物なん?」
「それだけではなく、血を吸われた者も吸血鬼になる」
「……それは、あかんことか?」
「......は?」
レオはマグカップを床に置き、シオンへ問う眼差しを向けた。
「人間も、どんな生き物も、他の種族を犠牲にして生きとるやんか。豚を食ったり、鳥を食ったり。人間はそいつらの命を奪っとるけど、吸血鬼は命を奪わん。俺から見ると人間の方が残酷なことをしとるのに、なんで吸血鬼はあかんの?」
シオンの純粋な疑問は矢の形となり、アミナの胸を刺した。
そんなこと、考えたこともなかった....。
小説で読む吸血鬼は、無差別に人間を襲い、生き血を求める。化け物と称される彼らに抱くものは、得体の知れない者への恐怖だ。
でも、人間の食料となる生き物達から見た人間こそ得体の知れない化け物なの....?
そして、生きる為に血を吸わなければならない吸血鬼。
.....考えたこともなかった。
自分の、人間としての視点以外から見た、あらゆる見方、捉え方....。
口を片手で覆い、考え込むアミナを余所に、シオンは「まー豚も鳥もうまいけどな!じじいのステーキうまかったわぁ」と教会で奪ったジャクソンのステーキのことを思い出し、唇を舐めた。
しかし、笑っていたシオンの口角は徐々に下がり、紫の瞳を伏せ、荒れそうになるのを喉で抑えているような声が列車の走る音が響く静かな部屋に落とされた。
「いろんな生き物が、いろんな生き方をしとる。ただそれだけやのに、なんで人間は支配しようとするんかな。人間が一番、傲慢で、都合よくて、弱い」
二段ベッドの上に飛び乗ると、シオンは壁を向いてしまった。
「どうしたのよあいつ...?いきなりヘソ曲げちゃって」
戸惑うリナリアの声にアミナは何も返すことができなかった。
唇を噛み締めてうつ向く。
シオンの言葉を通して、竜族の目から見た人間が改めて突き付けられた。
そして、自分の理解がまだまだ足りていない事を恥じた。
申し訳なくて、謝りたかったけれど、それは違う。それだけは分かった。
竜族を人間の狩りの手から解放したい。
けれど、それだけで良いのだろうか?
みんなが同じように、今日も明日も安心して生きていける世界。
そんな世界は、ないのだろうか?
思考の波がベッドに横たわるアミナを襲い、頭が重くなる。
疲労が眠りへと彼女を連れ出したが、意識が途切れるまで彼女は考えることを止めることができなかった。
三人がベッドに入り、すっかり静かになった部屋でレオはぼんやりとマグカップを覗き込んでいた。
任務は、任務だ。
吸血鬼は悪だ。
残りのコーヒーを一息に飲みきり、彼はぞんざいにカップを置いた。
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