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荒野の王
4.
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孝太が目を覚まし身を起こすと、明るい室内はホテルの一室のように見えた。
修学旅行前に調べたホテルのサイトに、こんな部屋の写真が載っていた、と考えて、首を振る。
現実逃避はやめよう。昨日自分の身に起きた事を忘れられる訳が無い。
「ああああああああああああああああぁー…」
何の意味も無いがとにかく何かを吐き出したくて声を出した。息が続かなくなったところで、俯いていた顔を上げ、ベッドの上に立ち上がる。部屋の中を見回して、とりあえずテーブルの上の水差しに近付いた。水差しの水をコップに移して、だがその水を飲んで良いのか判断が付かず見つめる。
(そういえば、これ、浴衣じゃないよな…)
形は元々着ていた浴衣と同じだったが、今着ているのは白い布だった。幸いな事に少女が身に付けていたような肌色が透けて見えるような薄さのものではなく、やや光沢のある目の細かな生地は、絹に似たさらりとした着心地である。
全裸で無かった事を喜びつつ、昨日の事を思い出して首を捻った。
(今は何ともないよな…)
風呂に入ったらなんだかムラムラしてしまったという事。
そのムラムラが鎮まらず、仕方ないので脱衣所らしき所で自慰に及んだ事。
何故かイけずに悶えていたら、見ず知らずのイケメンに自慰を手伝われた事。
(そりゃまぁ俺もあんな場所でいたしたのは良くなかったと思う。でも、謝ったじゃん。それについては。でもイケメン止めてくんなかったじゃんか、だから、あれ、セクハラだと思うんだよ。イケメンは痴漢だと思うんだよ。マジで)
ちなみに彼は言い訳はしたが謝ってはいない。記憶の捏造である。
「まぁ、無味無臭か」
彼は、安全性は解らないが、喉の渇きもそこそこなので、とりあえず水の匂いを嗅いで、舌先でちょっと舐めてみた。水だな、と思えたので、ゴクゴクと喉を鳴らして飲み干す。
「ぷはぁ」
一呼吸置いて何事も無いので、もう一杯注いだ。
そのコップを片手にもう一度室内を見回す。
(まずは、窓かな)
薄緑色のレースカーテンの向こうが、昼のように明るいので、まずは外を確認しようと窓へ向かった。
レールではなく左右に割って止めるらしいカーテンを手で押さえつつ見た外には、煌く海原が広がっている。
(青い海…白い砂浜…あれ、マジでホテルのイメ写に載ってたやつじゃね?)
異世界に来たと結論したのに、思いがけず元に戻った疑惑が浮上である。
「お目覚めですか」
一瞬で消えたが。
聞き覚えの有る声に振り返ると、昨夜の付いてる少女が立っていた。
「あ、はい。どうも、だいぶお世話になったようで」
「いえ。昨夜はすみませんでした」
「ん?」
「浴場のお湯がお体に合わないと気付かずお勧めしてしまって」
「あ、あー…あれ、お湯のせいなんだ………うん。いや、平気平気大した事ないから気にしないで」
手と首を横に振って笑うと、ホッとしたように少女は微笑んだ。
「そういえば、名前は? 俺、孝太。谷村孝太」
「タにェウぇラゃコータ様」
「なんか、言い難そうだね。孝太で良いよ、様とかもいらないし」
「コータ」
「そうそう」
「私はアリェです」
「アレ?」
「アリェ」
「アリィエ、アリ…リャリリュレリョ、レレレィェリィェリェー…アリェ!」
「はい!」
言えた言えた、と喜んでいたが、唐突に孝太の腹が空腹を訴えた。
「あ、ごめん」
「いえ、こちらこそ気が付かなくてすみませんでした。すぐ朝食をお持ちしますね」
「ありがとう」
アリェに礼を言って、見送ってから、朝食って事はまだ朝なのかと首を捻る。
(いや、でもモーニングって十一時くらいまで出してたりするしな。外の明るさからいって、朝早いとは思えない…つか、太陽がどの辺にあるか見れみればいいか)
もう一度窓辺に向かい、今度は空を仰ぎ見ようとした。
「ひぇっ!」
そして悲鳴を上げて後退り、足を縺れさせて尻餅をついてしまう。
視界の先、三メートル近い窓の上部では、人間の赤児ほどの大きさがあるコウモリが、こちらを見ていた。
(なん…なに、あれ、何だ………)
もし、彼が存在を知っていれば、ウマヅラコウモリと勘違いをしたかもしれない。それほどよく似ていた。ただし、色は青みがかった濃い緑で、白に近い薄水色の目をしていたが。
(………コウモリ? え、コウモリかな? いや、コウモリってあんなだっけ?)
窓の外に居るようだし、もうちょっとしっかり確認しようと、立ち上がって再びカーテンを引く。
(………めっちゃ見てる)
思いがけずはっきりと目が合って、逸らすに逸らせなくなった孝太は、結局アリェが戻ってくるまでそれを観察していた。
「どうしました?」
「いや、なんかコウモリみたいのが居て」
「あっ!」
孝太に言われてその存在に気付いたアリェは、持ってきてくれた朝食をテーブルに置くと窓を開けて、謎のコウモリを追い払う。
「こら! 陛下のお客様のお部屋なんだから、覗くんじゃない!」
(初耳ですけど! 俺、陛下のお客様なの? それって昨日言ってた魔王様だよね? えぇ…)
孝太は戸惑いつつも、とにかくアリェが持って来てくれた朝食を食べる事にした。
修学旅行前に調べたホテルのサイトに、こんな部屋の写真が載っていた、と考えて、首を振る。
現実逃避はやめよう。昨日自分の身に起きた事を忘れられる訳が無い。
「ああああああああああああああああぁー…」
何の意味も無いがとにかく何かを吐き出したくて声を出した。息が続かなくなったところで、俯いていた顔を上げ、ベッドの上に立ち上がる。部屋の中を見回して、とりあえずテーブルの上の水差しに近付いた。水差しの水をコップに移して、だがその水を飲んで良いのか判断が付かず見つめる。
(そういえば、これ、浴衣じゃないよな…)
形は元々着ていた浴衣と同じだったが、今着ているのは白い布だった。幸いな事に少女が身に付けていたような肌色が透けて見えるような薄さのものではなく、やや光沢のある目の細かな生地は、絹に似たさらりとした着心地である。
全裸で無かった事を喜びつつ、昨日の事を思い出して首を捻った。
(今は何ともないよな…)
風呂に入ったらなんだかムラムラしてしまったという事。
そのムラムラが鎮まらず、仕方ないので脱衣所らしき所で自慰に及んだ事。
何故かイけずに悶えていたら、見ず知らずのイケメンに自慰を手伝われた事。
(そりゃまぁ俺もあんな場所でいたしたのは良くなかったと思う。でも、謝ったじゃん。それについては。でもイケメン止めてくんなかったじゃんか、だから、あれ、セクハラだと思うんだよ。イケメンは痴漢だと思うんだよ。マジで)
ちなみに彼は言い訳はしたが謝ってはいない。記憶の捏造である。
「まぁ、無味無臭か」
彼は、安全性は解らないが、喉の渇きもそこそこなので、とりあえず水の匂いを嗅いで、舌先でちょっと舐めてみた。水だな、と思えたので、ゴクゴクと喉を鳴らして飲み干す。
「ぷはぁ」
一呼吸置いて何事も無いので、もう一杯注いだ。
そのコップを片手にもう一度室内を見回す。
(まずは、窓かな)
薄緑色のレースカーテンの向こうが、昼のように明るいので、まずは外を確認しようと窓へ向かった。
レールではなく左右に割って止めるらしいカーテンを手で押さえつつ見た外には、煌く海原が広がっている。
(青い海…白い砂浜…あれ、マジでホテルのイメ写に載ってたやつじゃね?)
異世界に来たと結論したのに、思いがけず元に戻った疑惑が浮上である。
「お目覚めですか」
一瞬で消えたが。
聞き覚えの有る声に振り返ると、昨夜の付いてる少女が立っていた。
「あ、はい。どうも、だいぶお世話になったようで」
「いえ。昨夜はすみませんでした」
「ん?」
「浴場のお湯がお体に合わないと気付かずお勧めしてしまって」
「あ、あー…あれ、お湯のせいなんだ………うん。いや、平気平気大した事ないから気にしないで」
手と首を横に振って笑うと、ホッとしたように少女は微笑んだ。
「そういえば、名前は? 俺、孝太。谷村孝太」
「タにェウぇラゃコータ様」
「なんか、言い難そうだね。孝太で良いよ、様とかもいらないし」
「コータ」
「そうそう」
「私はアリェです」
「アレ?」
「アリェ」
「アリィエ、アリ…リャリリュレリョ、レレレィェリィェリェー…アリェ!」
「はい!」
言えた言えた、と喜んでいたが、唐突に孝太の腹が空腹を訴えた。
「あ、ごめん」
「いえ、こちらこそ気が付かなくてすみませんでした。すぐ朝食をお持ちしますね」
「ありがとう」
アリェに礼を言って、見送ってから、朝食って事はまだ朝なのかと首を捻る。
(いや、でもモーニングって十一時くらいまで出してたりするしな。外の明るさからいって、朝早いとは思えない…つか、太陽がどの辺にあるか見れみればいいか)
もう一度窓辺に向かい、今度は空を仰ぎ見ようとした。
「ひぇっ!」
そして悲鳴を上げて後退り、足を縺れさせて尻餅をついてしまう。
視界の先、三メートル近い窓の上部では、人間の赤児ほどの大きさがあるコウモリが、こちらを見ていた。
(なん…なに、あれ、何だ………)
もし、彼が存在を知っていれば、ウマヅラコウモリと勘違いをしたかもしれない。それほどよく似ていた。ただし、色は青みがかった濃い緑で、白に近い薄水色の目をしていたが。
(………コウモリ? え、コウモリかな? いや、コウモリってあんなだっけ?)
窓の外に居るようだし、もうちょっとしっかり確認しようと、立ち上がって再びカーテンを引く。
(………めっちゃ見てる)
思いがけずはっきりと目が合って、逸らすに逸らせなくなった孝太は、結局アリェが戻ってくるまでそれを観察していた。
「どうしました?」
「いや、なんかコウモリみたいのが居て」
「あっ!」
孝太に言われてその存在に気付いたアリェは、持ってきてくれた朝食をテーブルに置くと窓を開けて、謎のコウモリを追い払う。
「こら! 陛下のお客様のお部屋なんだから、覗くんじゃない!」
(初耳ですけど! 俺、陛下のお客様なの? それって昨日言ってた魔王様だよね? えぇ…)
孝太は戸惑いつつも、とにかくアリェが持って来てくれた朝食を食べる事にした。
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