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第一章 見習い聖女編
第三話 目覚めるとそこは
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目が覚めると明るい豪奢な部屋だった。
急いで飛び起きると、金髪の女性と目が合った。
「ひっ! 貴族様!」
叫ぶと、レナは布団に潜り込んだ。
平民にとって貴族とは恐怖の対象である。
父から『金髪の人は貴族様だ。 もし出会っても、絶対に目を合わせちゃダメだ。 話しかけるのもやめろ。 俺たち平民は虫みたいに殺されちまうからな』としつこいくらいに教えられてきたからだ。
「お、落ち着いてください、聖女様! 私は貴族ではありません! 聖教のシスターです!」
「……貴族様じゃねぇだか?」
「ええ、違います」
「……オラを殺さねぇだか?」
「まさか! 聖女様を害するなんて、とんでもないことです!」
この言葉を聞いて、ようやく布団から顔を出した・
改めて女性を見る。
よく見ると、村の教会のシスターと同じ服装だった。
確かに貴族と同じ金髪だが、レナを見つめる美しい顔は優しさに溢れていた。
少なくとも、怖い人物ではなさそうだ。
レナはホッとして、そして倒れたときの状況を思い出した。
「オラは教会で倒れて……。 じゃあ、ここはどこだか! おっ父! おっ母! レンはどこだか!」
「それは、ワシが説明しましょう」
ドアから老人が現れた。
服装は、村の教会の司祭様に似ていた。
だが、この老人の服は、生地といい装飾といい、通常の司祭とは比べ物にならないほどの絢爛さであった。
老人の瞳は白く濁っていた。
レナの村にもひどく目の悪い男がいたが、それと同じ色をしている。
つまりこの老人も……。
「初めまして、聖女様。 お会いできて光栄でございます。 ワシはアストレア聖教の教皇、サイモン・ディノールと申しますですじゃ。 どうぞお見知りおきくださいませ」
「きょうこう? 司祭様じゃないだか? それにオラは聖女様じゃねぇだよ」
「教皇とは聖教の一番偉い方でございますよ、聖女様。 あとあなた様は聖女様で間違いありません。 それは教皇様のお墨付きでございます」
シスターがレナに小さく耳打ちをしてくれた。
自分が聖女だなんてピンとこないが、とりあえず彼らの話を聞くことにした、
「一番偉い、ですか。 ほほほ。確かに今までは……ですな。 しかし聖女様が現れた今となっては、アストレア聖教の最上位……いや、この国の一番の権力者は聖女様でございます」
どうやらこの老人は地獄耳のようだ。
――オラが聖教の最上位? この国一番の権力者?
そんなことを言われてもレナにはわからない。
「話が逸れましたな。 聖女様の質問にお答えしますですじゃ。 まず、ここはダイナスの町にある教会でございます」
ダイナスの町?
そこはレナの村から馬車で半日もかかる場所だったはず。
長年使っていた農具がダメになったとき、新しく買うために父に連れられて一度だけ来たことがある。
「そして聖女様がヨナ村の教会で倒れられてから丸一週間が経過しております」
「丸一週間!? オラそんなに眠っていただか?」
つまり七日間も眠っていた?
その割に全然お腹が減っていない。
空腹に慣れているとはいえ、七日間何も口にしないと流石に死んでしまうのではないか、と思った。
だが目の前の老人が嘘をついているようにも見えない。
「はい。 その御身に奇跡を授かった反動でしょう。 どこか身体に不調はございませんか?」
「不調……」
レナはハッと思い出し、シャツを捲った。
そこにはあの時教会で見たのと同じ、真っ赤な百合の花のような紋様が刻まれていた。
痛みはない。
だが、あの時見たよりも、色が濃い気がする。
それを見た教皇とシスターが床にひれ伏した。
「ま、まさにアズラーレンの百合の紋章でございますですじゃ。 生きているうちにお目にかかれるとは……」
二人とも、気の毒になるくらいブルブルと震えている。
「あ、頭を上げるだ! オラには、なにがなにやらさっぱりで……」
「どうか、服をお戻しくださいませ、どうか……どうか」
レナがめくった服を戻すと、ようやく二人は顔を上げた。
「ふぅ。 死ぬかと思ったわい。まさかほとんど視力のないワシの目が潰れかけるとは……。 聖女様、その御印は、おいそれと人に見せませんようにお願いしますじゃ」
「申し訳ねぇですだ……。 それより教皇様」
「どうかサイモンとお呼びください」
「そ、そんな! 恐れ多いですだ!」
「どうか……」
「んだども……」
「どうか……」
「…………わかりしただ」
根負けしたレナはこの老人を「サイモン様」と呼ぶことにした。
「サイモン様、オラが聖女様だってことはわかりましただ。 んだども七日も眠りこけてたなら早く帰らねぇと。 きっとおっ父とおっ母が心配してるだ」
「……申し訳ございませんですじゃ、聖女様。 それはできかねますゃ」
やはりそうか。
教会のトップがわざわざ出向いてくる事態なのだ。
個人のわがままが通用するはずがない、と薄々予想していた言葉だった……。
だが、実際に言葉にされるとショックは大きい。
「できないって、それはどういうことだか! オラは家に帰れねぇってことだか!?」
心の底では無駄だとわかっている。
それでもレナは食ってかかった。
「申し訳ございませんですじゃ。 ご家族の安全のためにも、お会いににならない方がよろしいかと……」
それから教皇はほぼ八つ当たりのようなレナの言動を全て受け止めた。
そして、長い時間をかけてレナに説明してくれた。
この国が信仰している聖女のこと。
それをよく思わない近隣諸国。
聖女の身内を誘拐して、よからぬことを企む輩。
逆に聖女の家族を懐柔して、権力を得ようとする輩。
そして、それを妬む輩、などの存在を。
この老人の言うことをレナは半分も理解できなかった。
だが、レナが家族に会うと、家族が危険な目に遭うことだけはわかった。
そしてついにレナが折れた。
「……オラが我慢すれば、おっ父やおっ母やレンは安全なんだな」
自分のわがままで、あの優しい父や母や、可愛い妹が傷つけられるなんて許されない。
そうは思っていても、レナは涙を止められなかった。
父の大きな手で撫でられることは、もうない。
母の大きな胸に顔を埋めて眠ることも、もうない。
今はまだ小さな妹の日々の成長を見守ることも、もうないのだ。
下を向き、ボタボタと大粒の涙を流すレナの手を、シスター・クレアがそっと握った。
「これが慰めになるかはわかりませんが、聖女様のご家族には国からな十分な補償がされるはずです」
「……オラがいなくても、おっ父は寒い布団で眠らなくていいだか?」
「一生働かなくてもいいほどの金銭が与えられるはずです。 ですので、十分な木炭どころか、部屋を温める魔道具も購入できるはずです。 それに聖女様の妹君が学校へ行くこともできます」
「……畑のとうもろこしが上手く育たなくても、ご飯を抜かなくていいだか?」
「どんなに物価が上がっても毎日三食お腹いっぱい食べられますよ。 それだけの補償が聖女様のご家族に与えられるのです」
シスターの言葉に続けて、教皇が言った。
「加えて、聖女様が聖女様である限り、毎月決まった額が聖女様の御生家に送られますですじゃ。 あと……、これはワシの独断ですが、月に一度、ご家族と手紙のやり取りができるようにいたしましょう」
「え! 手紙をもらえるだか!? あ……でもおっ父もおっ母もオラも字が……」
「ご父母には代筆のものを向かわせますですじゃ。 聖女様の手紙を読んで聞かせるよう手配しますので、ご安心ください。 聖女様は頑張ればすぐに読み書きを習得でき、ご自分で手紙をお書きになれるでしょう。 それまでは側仕えのものに代筆させることになりますが」
「…………」
長い沈黙が訪れた。
小さな聖女が自分の心に折り合いをつけるのを、教皇とシスターは辛抱強く待った。
そしてレナは自分の頬をパンと叩いた。
「オラ……聖女様をやるだ」
急いで飛び起きると、金髪の女性と目が合った。
「ひっ! 貴族様!」
叫ぶと、レナは布団に潜り込んだ。
平民にとって貴族とは恐怖の対象である。
父から『金髪の人は貴族様だ。 もし出会っても、絶対に目を合わせちゃダメだ。 話しかけるのもやめろ。 俺たち平民は虫みたいに殺されちまうからな』としつこいくらいに教えられてきたからだ。
「お、落ち着いてください、聖女様! 私は貴族ではありません! 聖教のシスターです!」
「……貴族様じゃねぇだか?」
「ええ、違います」
「……オラを殺さねぇだか?」
「まさか! 聖女様を害するなんて、とんでもないことです!」
この言葉を聞いて、ようやく布団から顔を出した・
改めて女性を見る。
よく見ると、村の教会のシスターと同じ服装だった。
確かに貴族と同じ金髪だが、レナを見つめる美しい顔は優しさに溢れていた。
少なくとも、怖い人物ではなさそうだ。
レナはホッとして、そして倒れたときの状況を思い出した。
「オラは教会で倒れて……。 じゃあ、ここはどこだか! おっ父! おっ母! レンはどこだか!」
「それは、ワシが説明しましょう」
ドアから老人が現れた。
服装は、村の教会の司祭様に似ていた。
だが、この老人の服は、生地といい装飾といい、通常の司祭とは比べ物にならないほどの絢爛さであった。
老人の瞳は白く濁っていた。
レナの村にもひどく目の悪い男がいたが、それと同じ色をしている。
つまりこの老人も……。
「初めまして、聖女様。 お会いできて光栄でございます。 ワシはアストレア聖教の教皇、サイモン・ディノールと申しますですじゃ。 どうぞお見知りおきくださいませ」
「きょうこう? 司祭様じゃないだか? それにオラは聖女様じゃねぇだよ」
「教皇とは聖教の一番偉い方でございますよ、聖女様。 あとあなた様は聖女様で間違いありません。 それは教皇様のお墨付きでございます」
シスターがレナに小さく耳打ちをしてくれた。
自分が聖女だなんてピンとこないが、とりあえず彼らの話を聞くことにした、
「一番偉い、ですか。 ほほほ。確かに今までは……ですな。 しかし聖女様が現れた今となっては、アストレア聖教の最上位……いや、この国の一番の権力者は聖女様でございます」
どうやらこの老人は地獄耳のようだ。
――オラが聖教の最上位? この国一番の権力者?
そんなことを言われてもレナにはわからない。
「話が逸れましたな。 聖女様の質問にお答えしますですじゃ。 まず、ここはダイナスの町にある教会でございます」
ダイナスの町?
そこはレナの村から馬車で半日もかかる場所だったはず。
長年使っていた農具がダメになったとき、新しく買うために父に連れられて一度だけ来たことがある。
「そして聖女様がヨナ村の教会で倒れられてから丸一週間が経過しております」
「丸一週間!? オラそんなに眠っていただか?」
つまり七日間も眠っていた?
その割に全然お腹が減っていない。
空腹に慣れているとはいえ、七日間何も口にしないと流石に死んでしまうのではないか、と思った。
だが目の前の老人が嘘をついているようにも見えない。
「はい。 その御身に奇跡を授かった反動でしょう。 どこか身体に不調はございませんか?」
「不調……」
レナはハッと思い出し、シャツを捲った。
そこにはあの時教会で見たのと同じ、真っ赤な百合の花のような紋様が刻まれていた。
痛みはない。
だが、あの時見たよりも、色が濃い気がする。
それを見た教皇とシスターが床にひれ伏した。
「ま、まさにアズラーレンの百合の紋章でございますですじゃ。 生きているうちにお目にかかれるとは……」
二人とも、気の毒になるくらいブルブルと震えている。
「あ、頭を上げるだ! オラには、なにがなにやらさっぱりで……」
「どうか、服をお戻しくださいませ、どうか……どうか」
レナがめくった服を戻すと、ようやく二人は顔を上げた。
「ふぅ。 死ぬかと思ったわい。まさかほとんど視力のないワシの目が潰れかけるとは……。 聖女様、その御印は、おいそれと人に見せませんようにお願いしますじゃ」
「申し訳ねぇですだ……。 それより教皇様」
「どうかサイモンとお呼びください」
「そ、そんな! 恐れ多いですだ!」
「どうか……」
「んだども……」
「どうか……」
「…………わかりしただ」
根負けしたレナはこの老人を「サイモン様」と呼ぶことにした。
「サイモン様、オラが聖女様だってことはわかりましただ。 んだども七日も眠りこけてたなら早く帰らねぇと。 きっとおっ父とおっ母が心配してるだ」
「……申し訳ございませんですじゃ、聖女様。 それはできかねますゃ」
やはりそうか。
教会のトップがわざわざ出向いてくる事態なのだ。
個人のわがままが通用するはずがない、と薄々予想していた言葉だった……。
だが、実際に言葉にされるとショックは大きい。
「できないって、それはどういうことだか! オラは家に帰れねぇってことだか!?」
心の底では無駄だとわかっている。
それでもレナは食ってかかった。
「申し訳ございませんですじゃ。 ご家族の安全のためにも、お会いににならない方がよろしいかと……」
それから教皇はほぼ八つ当たりのようなレナの言動を全て受け止めた。
そして、長い時間をかけてレナに説明してくれた。
この国が信仰している聖女のこと。
それをよく思わない近隣諸国。
聖女の身内を誘拐して、よからぬことを企む輩。
逆に聖女の家族を懐柔して、権力を得ようとする輩。
そして、それを妬む輩、などの存在を。
この老人の言うことをレナは半分も理解できなかった。
だが、レナが家族に会うと、家族が危険な目に遭うことだけはわかった。
そしてついにレナが折れた。
「……オラが我慢すれば、おっ父やおっ母やレンは安全なんだな」
自分のわがままで、あの優しい父や母や、可愛い妹が傷つけられるなんて許されない。
そうは思っていても、レナは涙を止められなかった。
父の大きな手で撫でられることは、もうない。
母の大きな胸に顔を埋めて眠ることも、もうない。
今はまだ小さな妹の日々の成長を見守ることも、もうないのだ。
下を向き、ボタボタと大粒の涙を流すレナの手を、シスター・クレアがそっと握った。
「これが慰めになるかはわかりませんが、聖女様のご家族には国からな十分な補償がされるはずです」
「……オラがいなくても、おっ父は寒い布団で眠らなくていいだか?」
「一生働かなくてもいいほどの金銭が与えられるはずです。 ですので、十分な木炭どころか、部屋を温める魔道具も購入できるはずです。 それに聖女様の妹君が学校へ行くこともできます」
「……畑のとうもろこしが上手く育たなくても、ご飯を抜かなくていいだか?」
「どんなに物価が上がっても毎日三食お腹いっぱい食べられますよ。 それだけの補償が聖女様のご家族に与えられるのです」
シスターの言葉に続けて、教皇が言った。
「加えて、聖女様が聖女様である限り、毎月決まった額が聖女様の御生家に送られますですじゃ。 あと……、これはワシの独断ですが、月に一度、ご家族と手紙のやり取りができるようにいたしましょう」
「え! 手紙をもらえるだか!? あ……でもおっ父もおっ母もオラも字が……」
「ご父母には代筆のものを向かわせますですじゃ。 聖女様の手紙を読んで聞かせるよう手配しますので、ご安心ください。 聖女様は頑張ればすぐに読み書きを習得でき、ご自分で手紙をお書きになれるでしょう。 それまでは側仕えのものに代筆させることになりますが」
「…………」
長い沈黙が訪れた。
小さな聖女が自分の心に折り合いをつけるのを、教皇とシスターは辛抱強く待った。
そしてレナは自分の頬をパンと叩いた。
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