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6巻
6-3
しおりを挟む「くそっ、詰め物かっ」
聞こえた声に、私は今度こそスプーンを投げた。それを額で受けたハワーズは、顔を押さえて悶絶する。
「馬鹿だろお前」
「救いようのない馬鹿だなお前」
「帰ったら殿下のお仕置きだぜ」
「まさかお仕置きを受ける趣味がっ!?」
「ねぇよっ!」
聖騎士の恥さらしと罵ってやりたかったが、笑みを浮かべて堪えた。
「ルゼさんが怒ってるぞ、おい」
「終わった……」
「明日からのしごきがっ」
「いや、これはハワーズ一人の責任だろ」
連帯責任という言葉が頭から抜け落ちている聖騎士達に、頭痛を覚えた。沈痛な面持ちで奴らを見ていると、ブレンダが胸の前で手を合わせた。
「申し訳ありません、私が引き止めなければ気付かれませんでしたのに……」
「いえ、あなたのせいではありません。ぐずぐずしていたダロスのせいです」
「えっ!?」
ダロスは顔ばかりでなく、声まで引きつらせていた。
「そんな、ダロス様のせいではっ」
「ふふ、男は自ら進んで女性の盾になりたがるもの。美しいあなたは、男性の厚意に甘えておけばよいのです」
そう言ってから、私はダロスを見た。
「ダロスでも誰でもいいが、男ならしっかりとご婦人をお守りしなさい」
「はっ」
「私は近くの部屋で待機しているから、何かあったら呼んでちょうだい」
「はっ」
「私は上司ではないのに、何故敬礼するの」
「あ……」
私はギル様やニース様の隣に並んでいることが多いから、敬礼が癖になっているのだろう。
「ではブレンダ、心おきなく楽しんで下さい」
「は、はい。ご親切にありがとうございました」
私は颯爽とホールを出て行こうとする。しかしその前に、別の女性に声をかけられた。
「ルゼ様、お待ちになって」
無視するわけにもいかず、足を止める。
「お嬢さん、いかがなさいましたか?」
「せっかくいらっしゃったのですから、ルゼ様も待機などなさらずに、こちらにいて下さいませ。私、騎士様がどのようなお仕事をなさっているのか、とても気になりますの。でも男性のお話は女の私にはなかなか理解できなくて……ぜひ同じ女性のルゼ様からお話を聞きたいのです」
真面目な顔で願い出る少女の視線を受けて、青筋を立てるギル様の顔が目に浮かんだ。
ここで私がちやほやされても意味がない。しかし断れない。私は聖騎士だ。女性に問われ、その答えと暇を持っているのだから、応じなければならない。だからこう言うしかなかった。
「私などの話で、彼らについて理解を深めていただけるのであれば、喜んで」
「聖騎士の主たる仕事は聖下の身辺警護ですが、交代制です。暇があれば自己鍛錬をして、休む時はしっかりと休みます。華やかなのは聖下が外に出られる時だけで、普段は地味なものですよ」
「まあ、鍛練を」
「はい。聖下を狙う不届き者がおりますので、気は抜けません」
「邪神崇拝者の仕業だと聞きましたが、来年の祭りは大丈夫なのでしょうか?」
「月弓の魔術師達も協力して、より堅固な対策を立てているところです。来年は何も起こしようがないでしょう」
「まあ、たのもしい」
「来年は、ぜひ他の騎士達のことも見て下さい。美しい女性に応援していただければ、気合いが入るでしょうから」
騎士団の私生活の説明から、騎士団の宣伝に話を移す。
女性達は私の話を、それは熱心に聞いている。もちろん彼女らは騎士達そっちのけで集まっているわけではない。ほとんどは騎士達と談笑しながら、私の話を聞いている。私に夢中で男達を放置するのはごく一部だけである。
その一方で私は、騎士達と女性達との間の共通の話題になっていたようだ。話題の女性騎士の実態を知るには、同僚である彼らに聞くのが一番早い。
私やエリネ様について語りながら、必死に女性達に自分を売り込んでいる奴は心配ないだろう。独り身で寂しいのだから彼らも必死である。自慢は鬱陶しいからするなと言い含めていたため、注意しながら話している。誇りを持つことと自慢することは別ものだ。
「ルゼ様は何が切っ掛けで騎士になろうと思われたのですか?」
ブレンダに問われ、私は笑みを浮かべた。顔に笑みを貼り付けたダロスの視線が突き刺さってくる。ちゃんと仲を取り持つから、睨まないでほしい。
「なろうと考えたことはありません。エリネ様が聖女であると分かった時、それを知った邪な者が領主の立場を利用してエリネ様を手に入れようとしていたのです。聖騎士団を結成してお迎えに上がろうにも間に合わないので、個人で竜を飼っていた私が特例で聖騎士となり、いち早くお迎えに上がりました。聖女様に帯剣したままお目通り願うには、聖騎士でないといけなかったので」
騎士団員の大半が試験の際に私にぶちのめされたという経緯は、この場で言うべきことではないので、こうやって説明した。
「まあ、悪い方がいるのね」
「はい。それに民は領主には逆らえません。良い領主であればいいのですが、民を自分に贅沢をさせるための家畜と考えている領主の場合、このようなことは珍しくありません。ですが、今回お招きした方々は、ギルネスト殿下が厳選した立派な家のお嬢様ばかりです。女性同士で新しい交友関係を持つのもよいでしょう」
ブレンダは口元を手で隠した。化粧室での私の説得を思い出したのだろう。
「ギルネスト殿下に選んでいただけるなんて、光栄ですわ」
ブレンダのこの言葉で、他の名家のお嬢様もブレンダとお友達になりたいと思ったことだろう。あんなろくでもない友人ではなく、いい友人を作ってもらいたい。
「本当に、殿下は素晴らしいお方ですのね。家畜臭い田舎領主のことまでご存じなんて」
空気を読まない台詞が聞こえた。誰の台詞なのかは言うまでもないだろう。
こういう場合、私はどうすればいいんだろうか? 昔なら容赦しなかったが、今の私は聖騎士。
ま、いっか。気にせずダロスに話を振る。
「そういえばダロスの領地は、牧畜業が盛んだったわよね」
「え……よく知ってたね」
「あなたのご実家からエリネ様にと、チーズが送られてきた時に聞いたの」
とても立派なチーズで、エリネ様はよく分からない芸術品をもらった時よりよほど喜んでいた。
「そういえば、ルゼさんはチーズが好きだったね」
「ええ、私も分けていただいたけど美味しかったわ。ご実家の方にチーズ造りの名人がいるんですってね」
「ああ。エリネ様にお褒めいただいたと知って、喜んでいるそうだよ」
ダロスは意図を察して、大げさにならない程度に乗ってきた。
「俺も小さい頃は、よく家畜の世話の手伝いをしたよ。実際に触れ合わないと分からないことも多いからね」
それはそうだろう。分かった上で信頼できる人に任せるのと、自分は何も知らないまま全て誰かに押し付けるのとでは得るものが違う。
「今俺が乗っている馬は、お産に立ち会ってずっと世話し続けた馬なんだ」
「ダロス様は馬がお好きなんですか? 私もです!」
ブレンダがぱぁっと顔を輝かせた。馬が嫌いだという男は少ないだろうが、顔に出るほど馬が好きという女性は珍しい。何にせよ、共通の話題があるのはいいことだ。
「俺も馬は好きだよ!」
せっかく美男美女が楽しげに語らおうとしたのに、ハワーズが口を挟んだ。彼に反省する気や空気を読む力はないようである。ティタンの場合は間の悪さが役に立つこともあるが、彼のは役に立たないから救いようがない。だから無視することにした。
「ロイドのところは、確か養蚕が盛んだったよね」
「そうだよ。エリネ様がお召しになっている絹の半分は、うちの絹なんだ。絹は肌に良いって知っている? 絹糸を紡ぐ人は皆手が綺麗なんだよ」
ロイドが隣に立っていた目当ての女の子に、自慢げにならないように教えた。美容に絡めて話すという手段は、女の子の興味を引くのに非常に有効だ。
「真珠もお肌に良いそうですわ。私の遠い親戚が真珠の養殖をしていて、私も分けていただいているんです」
ブレンダがふんわりとした調子で話すのを聞いて、騎士達は同時に顔を見合わせる。
「ブレンダさん、ひょっとしてホライスト家の親戚?」
「はい。ダロス様もゼクセンちゃんをご存じですか? ギルネスト殿下にお仕えしているのですが」
ブレンダは首を傾げた。
ちゃん、と聞いて、口を挟む機会をうかがっていたハワーズが、笑いを堪えるように口を押さえる。
「……もちろん知っているよ。彼のお姉さんのエノーラさんはよくエリネ様に貢ぎ物を捧げに来るし、ルゼさんの妹は、ゼクセンの婚約者だからね」
「えっ?」
彼女は驚いた顔をしてダロスを凝視する。
「知らなかったの?」
「申し訳ありません。私、そういった情報に疎くて……」
「たまに顔を合わせるだけの遠い親戚の婚約者なんて、俺も知らないから仕方がないよ。でも、エノーラさんの親戚だなんて、すごい偶然だね。俺達、エノーラさんにいつも世話になっていて、今日俺が着ている服もエノーラさんにあつらえてもらったんだ」
私は二人の様子を見て安心した。ハワーズが悔しげにしているから、他の聖騎士に目配せして退散させる。目配せだけで彼らが察したことから考えるに、誰が見てもハワーズは邪魔な存在だったのだ。
他にも何組かいい雰囲気になっている。いずれも突けばまとまりそうだ。そうすれば、ギル様もこんなところでばれてしまったのを許してくれるだろう。
などと考えていると、さっきから私の側を離れない一人の少女が、恥ずかしげに言った。
「ルゼ様。実は私、ルゼ様のファンクラブに入っていますの」
「へぇ…………………………え? 今何と?」
私は少女の純粋な瞳を見つめ返して問う。
「ルゼ様の公式ファンクラブの会員なんです」
「実は、私も」
彼女とは反対側から、別の少女が瞳をキラキラ輝かせながら言った。
「ふぁ、ファンクラブ? 公式? 私は初耳です」
「えっ?」
令嬢達は顔を見合わせた。
「まさか、詐欺?」
「ああ、いや、それ、公式で間違いないよ」
少し離れたところにいたマディさんが慌てた様子で口を挟んだ。彼はモテていないわけではないが、このお見合いパーティーにあまり積極的ではないらしく、ずっと隅の方にいた。
「いや、マディセル。本人が知らないのに公式って、無茶苦茶な」
ロイドが戸惑ったように言う。
「……ばれてしまったのなら仕方がない。会長はクララちゃんで、ルゼさん以外の人――つまり殿下やエノーラさん、それとルゼさんのご両親公認なんだ」
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クララとは、私が孤児院で勉強を教えていた時の生徒で、非常に優秀だったため、ギル様が後見人になって学校に通わせている女の子だ。
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「事前に聞いたら却下されるからって」
まあ、却下に決まってる。だから、判断としては正しいのか。本人に知らせず、同意しそうな周りの人から承諾を取る。私がよくやる手だ。私の教え子が私に似た手を使うのは当然だろう。
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私のことを放ったらかしにして、そんなことをしていただなんて、なんて人だろうか。
後で見ていろよ。
「そう怒るな。クララも学校では微妙な立場なんだ。良家の子女ばかりの学校だからな」
数日後、逃げ回っているギル様とゼクセンを神殿でようやく捕まえて文句を言う。するとギル様は面倒臭そうに言った。
「だからって、内緒にしていることはなかったじゃないですか。だいたい、学校で微妙な立場だからって、私のファンクラブを作る意味が分からないんですけど」
「人気だぞ? 会員誌は部数が増えているし、グッズも売れている。それを仕切っているから周りから興味を持たれて友人も出来たらしい。その上グッズの売上げはクララの学用品代になるんだ」
意味が分からないけど、クララの役に立っていると言われたら反論できない。悔しいっ!
それからギル様達の後について聖騎士用の食堂に行くと、訓練を終えて休んでいる聖騎士達がいた。ここは談話室にもなっているらしい。彼らはこのまま食事を取り、酒を飲むのだ。
席を探して入り口で食堂を見回すギル様の後ろで控えていると、中から愚痴が聞こえてきた。私の名がちらほら出てくるから、ギル様と私には気付いていないようだ。
「ブレンダさんとデートしたら、ルゼさんのことばかり聞かれるんだ。半分ぐらいはルゼさんのことだった。残りは馬についてだった」
「ダロスはブレンダちゃんとデートできただけでいいだろっ! あの子は俺の理想だったのにっ……!」
「バーカ。お前、相応しくなさすぎてルゼさんに無視されてただろ。途中から『誰かこの馬鹿を埋めてこい』みたいな目をしてたぜ。あの目は絶対に命令してた。明らかにお前の方が邪魔だったから、無理もないけどさ」
結局、誰ともデートの約束を取り付けられなかったハワーズは、スルヤに言い切られて項垂れる。あれだけブレンダにつきまとった後では、誰に声をかけても『仕方がないから声をかけた』ように見えるから、相手にされなかったのだ。妥協されたのが分かっていても女が喜ぶような、立派な男ではないから。
「それにブレンダちゃんは仕方ないだろ。意地の悪い子に弄られてたのを庇ってもらえたんだ。今ごろファンクラブ会員になってても俺は驚かないね。直接話をしていないはずのカトレちゃんまで、デートの時は半分ぐらいルゼさんの話題だったんだぞ」
どうやらスルヤも無事にデートまでこぎつけていたらしい。
「んでもさ、相手が殿下じゃなかっただけマシだと思ったらどうだ?」
「そうそう。女の子同士だったら、憧れで済むだろ」
他の聖騎士達が、項垂れるスルヤを諭す。彼らは特定の相手がいてパーティーに参加しなかった連中らしい。
「でもさ、残った半分のもう半分はエリネ様のことなんだよ」
「それも仕方がないだろ。時の人だし、話題がそれしかなかったんじゃないかな。俺達については大して話すことなんかないだろ。自然とルゼさんやエリネ様の話題になるんじゃないか?」
それを聞き、バルロードはため息をつく。
「なら余裕綽々って感じであれこれ教えてあげたら好印象だったんじゃないか? 好きな人気役者の話をするようなものだろ。お二人ともそういう方向性の人気だから」
「あっ、そうか。くっ……しまったっ」
くだらないことで悔しがる聖騎士達を目撃してしまい、ギル様がため息をついた。
結局あのパーティーの後、デートまでこぎ着けられた参加者は半分ほどだった。その一部は、私がエリネ様のために暗記した聖騎士達の情報を駆使して後押ししてやった連中である。
「お前らな、聖騎士の看板を背負って女に負けるなよ」
「で、殿下と、ルゼさんっ」
不甲斐ない会話を私達に聞かれたのに気付き、彼らの表情が凍り付いた。
「僕は三割だけでしたよ。それも世間話的な。だからこいつらと同じにしないで下さい。ルゼさんは数少ない共通の話題なだけですから!」
誰かが他の奴らと五十歩百歩の主張をした。
「つまり……お前達に女が出来ない理由は、話術の問題か」
騎士達がため息をつく。彼らは若い頃からどこかしらの騎士団に身を置いているから、身分の高い女性と気軽に話すような機会が少なかったのだ。
世の中にはそういう男でも相手をしてくれる商売があるから、さすがに女性とまともに話したことのない人はほとんどいないだろうが、そもそも商売女と良家の令嬢は扱い方がまったく異なる。商売女達は金をもらえるから、進んで男が気持ちよくなるような話し方をしてくれるのだ。そういう人達と上手くいって、女性の扱いを心得たと思っていると、後で痛い目に遭うらしい。
「うーん、そればかりは天性の才能がないなら、根気よく練習するしかないと思いますけど……」
ゼクセンは、顎を撫でて唸った。
「練習といっても……こいつらどうにかならないか?」
ギル様はこの食堂で働いている、料理人の妻に尋ねる。
「なんだい王子様。あたしがおしゃべり相手になればいいのかい」
面倒見の良い小太りのマダムは、腕を組んで騎士達を見回した。
「人妻をいい気分にさせるぐらい口が達者なら、心配いらないからな。それに、ルゼと話をさせるよりはマシだろう。こいつは男相手だと容赦がなさすぎる」
「あたしやルゼ様じゃなくても、カリン様やウィシュニア様がいるじゃないですか。若い子の方がやる気が出るんじゃないですか?」
「ウィシュニアはルゼよりも気むずかしいだろう。カリンも普通ではなくなっているから、ルゼと大して変わらない気がするし。皆がルゼのような天然たらしなら、僕は何も言わないのだけどな」
ギル様は肩をすくめながら言う。その言葉に聖騎士達は天啓を得たように立ち上がった。
「そうか! ルゼさんを見習えばいいのか!」
いや、私を見習ってどうする。
「だがこいつは、子供の頃から女にモテていたそうだぞ。それくらい筋金入りだ。真似できるのか? それが出来るならとっくに恋人の一人もいるだろう。陰から見守ってくれるような女もな」
え、そうなの? 確かに、女の子に頼られることは多かったけど。
「いや、エリネ様に対する態度を真似すれば」
「聖女様相手だから違和感はないが、普通の女性にあそこまでするとストーカーだ」
「ギル様、そんなこと思ってたんですか!?」
「自覚がないのか。お前、自分好みの女性には甘くて親切だろう」
失礼な。そうでない人にも、ちゃんと親切にしているのに。
「女同士で……何という男の敵なんだっ。羨ましい。妬ましい」
恨めしげにそう言うハワーズを見て、ギル様は痛みを堪えるかのように頭を押さえる。
「ハワーズ、もう少し身の丈にあった、性格の合う女性を捜せ」
「人の勝手じゃないですか。理想を追い求めるぐらい良いじゃないですか」
「いいか」
ギル様はハワーズの近くの席に腰掛ける。
「思うに、お前とルゼの好みはかなり合致している。そんな女性と付き合うには、お前は相当猫をかぶって、別人のように振る舞わなければならないだろう。だがそうやって女性を騙すような付き合い方をしていたら、ルゼは確実に他の男を女性に紹介するぞ」
そういえば、そんな気がしないでもない。というかこんな奴と好みが合うなんて、悔しい!
「だから背伸びせず、元々の相性で選べ。それでお似合いならルゼは何も言わない。むしろ祝福してくれるだろう」
ハワーズは言葉に詰まり、頭をかきむしった。その様子を見て、ダロスが目を伏せて声をかける。
「すまないな、ハワーズ」
「同情するならブレンダちゃんを譲ってくれ」
「彼女は物じゃないんだぞ。譲るとか失礼なことを言うな。だからルゼさんに叱られるんだろう。絶対に会わせないからな。あ、そうだ、殿下」
ダロスは身体を捻り、ギル様の方を見た。
「ブレンダさんを脅していた子はどうなったかご存じですか? ブレンダさんは遠慮深いから、まだ多少のことでは頼ってもらえないんです」
「親に注意だけしておいた。目撃者も多いから、少し教育の仕方を考え直せとな。エノーラにも話をつけたから問題ないさ」
「分かりました。エノーラさんなら上手く取り計らってくれるでしょうね。何かお礼をした方が良いのかな?」
「お前達はまだ付き合っている訳じゃないんだろう。ブレンダはエノーラの親戚なんだから、まだ他人のお前に礼を言われる筋合いはない。エノーラの店に行くぐらいにしておけ」
「はい」
実は心配したギル様に頼まれて、エノーラお姉様が手の者に二人のデートを監視させていたなどと知ったら、礼をする気も失せるだろうが。
第二話 彼女の影響
秋になった頃、突然騎士団の偉い人達に呼びつけられた。
今の時期、団には貴族出身の面倒臭い新人達が入ってきたり、人事異動があったりするので騎士団上層部も忙しくしているはずだ。そんな時に騎士団の名がつくとはいえ、全くの別組織である聖騎士団所属の私が呼びつけられる理由はない。
私が何かしただろうかと訝しみながら、会議室のドアをノックする。白鎧用の会議室だ。
「ルゼ・デュサ・オブゼーク、参りました」
「入ってくれ」
白鎧の騎士団長、ホーニス様の声を聞き、私の頬は緩んだ。元々あまり声を聞く機会などなかった方だが、懐かしさを覚えた。
入室するとそこには白鎧と紫杯の御歴々が揃っていた。私は驚きを隠せずギル様を見た。
これはどんな集まりだ。
「ルゼ、ここに座れ」
ギル様が自分の隣の席を示したので、私は一礼して着席した。
「簡単に言うと、複数の女性が騎士になりたがっている。我々は彼女らを受け入れるつもりだ」
私は驚いて、説明するギル様を凝視した。私という最初の一人が出た以上、いずれ志願する女性は出てくると考えていたが、彼らがそれを受け入れるとは考えもしなかったのだ。
「……貴族の女性ですか、魔術師の女性ですか、それとも傭兵をしていたような女性ですか」
「その全種類残った」
一瞬理解できずに、言葉の意味を考える。
「残ったとは、試験を通ったということですか?」
「ああ。希望者がそれなりにいて、仕方がないからとりあえず普通に試験を受けさせたら、三人残ってしまった」
本当は面倒臭いから残したくはなかったという思いが伝わってくる。だが、そこで成績を操作するほど腐ってはいなかったようだ。
「春ならともかく秋の一般採用枠に残るなんて優秀じゃないですか。傭兵には男より強い女性なんてけっこういますし。私という前例が既にありますから、体面は保てるでしょう」
今まで女性騎士がいなかったのは、男達の間に女性は守られるべきという考え方があったからだ。
だが傭兵となると、女だけで結成されている団もある。男に比べれば力は弱いが、技術や道具、知恵と工夫で実際どうにでもなるのだ。
「私は何をすればいいのでしょうか」
「聖騎士団の方は、もうお前がいなくてもエリネ様をお守りできる。だから少し本来の職務から離れ、その女性達の面倒を見てもらいたい」
エリネ様を守る上での私の強みは、探査能力と女性であることだ。夜、お側を離れるのには不安が残るが、昼間だけで、それも一時的なことなら問題はないだろう。
「お前から、何か指導案はあるか?」
「男性達の中に交ぜておくなら、基本的には男性と同じ扱いをした方が良いかと思います。もちろん、着替えや入浴など、考慮すべきことも多々あると思いますが、そうしなければ余裕のない同期達から反感を買うでしょう」
力で劣る女性騎士でも、男性が入りにくい場所での護衛など、探せば使い道はたくさんあるのだ。やっかみで潰されては堪らない。
「もちろんそうするつもりでいるが、上の者達も慣れていないし、同期の者も対応に困るだろう。だからルゼにしばらくの間だけでも緩衝材になってほしいと」
「そういうことでしたら。お手伝い出来て光栄です」
内心、物好きが多いものだと思いながら、快く見える笑みを浮かべて頷いた。
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