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第1章
春の転校生 3
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「高校に行かないって――どういうこと?」
眉間に皺を寄せて美咲が柴崎彩夏に尋ねた。僕も聞いてみたかったことだ。
柴崎彩夏は右人差し指を唇に当てながら「あー……」と煮え切らない感じだった。
「なんか言いにくいことなん?」
と美咲が言うと、
「え、違う、ごめん」
慌てたように柴崎彩夏が言った。いつも落ち着いた雰囲気の彼女が焦りを見せるのは珍しい。
「いいんだよ。誰だって言いにくいことあるから。彩夏が言えるタイミングで教えて」
「あ、なんていうかさ、美咲、あのね」
にっこりと美咲は笑っているが、柴崎彩夏は焦ったような顔をしたままだった。たぶん自分の煮え切らない態度が、何か美咲に良くない印象を与えたと思ったんだろう。
「あ、大丈夫だよ、柴崎さん」
僕の言葉に柴崎彩夏は「え?」と口を開けて僕を見た。
「美咲は誰にでもズバズバ切り込んでいっちゃうんだけどさ、ちゃんと止まれる奴でもあるから」
と言うと「言い方悪いなぁ」と美咲の不服そうな顔をした。
柴崎彩夏は、僕と美咲を交互に見て、それからもう一度、美咲を見た。何を察したのか、美咲は頷いた。柴崎彩夏が口を開く。
「ちょっと……そう、いろいろ考えてることもあってさ、まだ自分ん中でも結論が出てなくて……その……」
「うん」
「もう少し自分の中で整理できたら話すよ。それで、いいかな?」
その柴崎彩夏の言葉に美咲は「もちろん」と微笑んだ。
「朝でも昼でも放課後でも深夜でも、いつでもOK」
美咲の言葉に柴崎彩夏も微笑んだ。
*
塾からの帰りは、僕は自転車を使っている。
電車が一時間に一本しか来ないから三十分ほどかかっても自転車のほうが便利だ。よっぽど雨や雪にならない限りは、僕は自転車で通う。
市街を抜けて、家が近づくにつれて街灯が減っていく。暗い道であってもアスファルトがどこに伸びているかは見える。しかし、ちょっとだけ恐怖もあって、それが妙な高揚感にもなる。
いつも通る地区センターの五階建てのビルが見えてきた。いつもなら気にせず通り過ぎる場所だが、正面玄関の街灯の光が妙に揺れている気がした。目をこらすと、光の下で誰かが動いている。
目をこらしてみてもよくわからなかったが、近づくにつれて誰かが踊っているように見えてきた。
女性が踊っているようだった。
首の後ろでひとつ結びにした髪が跳ね、細い両腕が空間に絵を描くかのように動き、小刻みに足がステップを踏んでいる。
夜の中で、その女性はまばゆく光を放っているようにも見えた。
誰だろう? と思っていたそのとき、その女性が振り返り、僕と目が合った。
「あ!」
思わず声を出して、自転車のブレーキを強く握った。スピードが乗っていた自転車がブレーキ音を立てて止まる音がした。
踊っている人影の正体は僕が知る女性だった。少し息を切らしながら彼女が僕を見ていた。
「月島くん……?」
僕の名を呼んだ彼女が、左耳に髪をかけた。街灯の光がその顔をくっきりと浮かび上がらせる。 やっぱり、と思いながら僕は彼女の苗字を呼んだ。
「柴崎さん……」
人影の正体は、柴崎彩夏だった。
学校で見たときの彼女とは雰囲気が違って見えるのは夜の空気のせいだろうか。僕は彼女から目をそらすことができなかった。
眉間に皺を寄せて美咲が柴崎彩夏に尋ねた。僕も聞いてみたかったことだ。
柴崎彩夏は右人差し指を唇に当てながら「あー……」と煮え切らない感じだった。
「なんか言いにくいことなん?」
と美咲が言うと、
「え、違う、ごめん」
慌てたように柴崎彩夏が言った。いつも落ち着いた雰囲気の彼女が焦りを見せるのは珍しい。
「いいんだよ。誰だって言いにくいことあるから。彩夏が言えるタイミングで教えて」
「あ、なんていうかさ、美咲、あのね」
にっこりと美咲は笑っているが、柴崎彩夏は焦ったような顔をしたままだった。たぶん自分の煮え切らない態度が、何か美咲に良くない印象を与えたと思ったんだろう。
「あ、大丈夫だよ、柴崎さん」
僕の言葉に柴崎彩夏は「え?」と口を開けて僕を見た。
「美咲は誰にでもズバズバ切り込んでいっちゃうんだけどさ、ちゃんと止まれる奴でもあるから」
と言うと「言い方悪いなぁ」と美咲の不服そうな顔をした。
柴崎彩夏は、僕と美咲を交互に見て、それからもう一度、美咲を見た。何を察したのか、美咲は頷いた。柴崎彩夏が口を開く。
「ちょっと……そう、いろいろ考えてることもあってさ、まだ自分ん中でも結論が出てなくて……その……」
「うん」
「もう少し自分の中で整理できたら話すよ。それで、いいかな?」
その柴崎彩夏の言葉に美咲は「もちろん」と微笑んだ。
「朝でも昼でも放課後でも深夜でも、いつでもOK」
美咲の言葉に柴崎彩夏も微笑んだ。
*
塾からの帰りは、僕は自転車を使っている。
電車が一時間に一本しか来ないから三十分ほどかかっても自転車のほうが便利だ。よっぽど雨や雪にならない限りは、僕は自転車で通う。
市街を抜けて、家が近づくにつれて街灯が減っていく。暗い道であってもアスファルトがどこに伸びているかは見える。しかし、ちょっとだけ恐怖もあって、それが妙な高揚感にもなる。
いつも通る地区センターの五階建てのビルが見えてきた。いつもなら気にせず通り過ぎる場所だが、正面玄関の街灯の光が妙に揺れている気がした。目をこらすと、光の下で誰かが動いている。
目をこらしてみてもよくわからなかったが、近づくにつれて誰かが踊っているように見えてきた。
女性が踊っているようだった。
首の後ろでひとつ結びにした髪が跳ね、細い両腕が空間に絵を描くかのように動き、小刻みに足がステップを踏んでいる。
夜の中で、その女性はまばゆく光を放っているようにも見えた。
誰だろう? と思っていたそのとき、その女性が振り返り、僕と目が合った。
「あ!」
思わず声を出して、自転車のブレーキを強く握った。スピードが乗っていた自転車がブレーキ音を立てて止まる音がした。
踊っている人影の正体は僕が知る女性だった。少し息を切らしながら彼女が僕を見ていた。
「月島くん……?」
僕の名を呼んだ彼女が、左耳に髪をかけた。街灯の光がその顔をくっきりと浮かび上がらせる。 やっぱり、と思いながら僕は彼女の苗字を呼んだ。
「柴崎さん……」
人影の正体は、柴崎彩夏だった。
学校で見たときの彼女とは雰囲気が違って見えるのは夜の空気のせいだろうか。僕は彼女から目をそらすことができなかった。
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