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第1章
春の転校生 2
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1 柴崎 彩夏 474点
2 月島 佑 461点
壁に貼られた順位表を見ながら僕は自分の胸が軋む音を聞いたような気がした。
まさか1位を転校生に奪われるなんて。沸々とした感情を抑えるべく、僕は胸に右手を充てた。
自分の動揺を誰かに悟られたくない僕は、できるだけ落ち着いてその場を離れる。教室に戻ろうと廊下を歩いていると、バスケ部の中里 蒼真に会った。
「順位表みてきたぜ」
蒼真の言葉に思わず顔が引きつりそうになった。
「佑はすごいな」
「え?」
「2位だっただろ? すげーじゃん」
蒼真の言葉に僕は「ああ……」と何度か頷いてみる。
おそらく蒼真にとっては僕が1位でも2位でも「すげー」奴なんだろう。
「いや、いろいろミスしちゃったし、満足はしてないかな」
少し考えた末に出てきた言葉だった。
「やっぱ堀園を目指す奴は違うわ。すごすぎ」
「まだ堀園って決めたわけじゃないけど……」
と目指す高校について話していると、教室の入り口前に女子がいるのが見えた。美咲ともう一人、柴崎彩夏だった。
「おー、柴崎さん、1位だったじゃん。ウチのクラスは1位2位独占だな」
こっちの胸中なんて知らない蒼真は呑気なことを言った。
「いきなり1位なんて、彩夏、すごすぎ!」
美咲が言った。
「ありがとう。うん……、必死で……すごく、勉強したんだ」
この柴崎彩夏の発言は意外だった。
てっきり「自信はなかったんだけど」とか「あんまり勉強できてなかったんだけど」とか謙虚な言葉を言うのかなと思っていたが、普通に頑張ったことを発言したからだ。
この二ヶ月、授業中の彼女を見ている限り、成績が悪そうな印象はなかった。先生に指名されれば無難に回答していたし、頭は良さそうだなと僕も思っていた。まさか1位を取られることまでは予想はしなかった。
「佑が1位を取られちゃったのってこれが初めて?」
美咲の問いに僕は首を傾げてみせる。考えるまでもない。ちゃんと勉強した定期テストで1位を取られたのは初めてだ。
内心、1位を奪われたことはショックだった。これまでずっと守ってきたものがあっさりと奪われた。苛立つ気持ちが表に出ないよう抑えるだけで精一杯だった。本当はすぐにでもこの場を去りたいぐらいに悔しい、でもその感情は誰にも悟られたくはない。
「いや……まさかいきなり負けるとは思わなかった。うん、マジで完敗」
僕はできるだけ負け惜しみに聞こえない言葉を探して、できるだけ殊勝なことを言ってみた。
「柴崎さんはすごい」
実際、単純に実力で負けたのだから素直に認めるしかない。僕の言葉に「ありがとう」と言った後に、彼女はまた予想もしないことを言った。
「本当に、人生で一番勉強したんだ。前の学校でも1位って取ったことなくってさ……」
「え!?」
美咲と蒼真と僕がハモって「え!?」と言ってしまった。柴崎彩夏がそのハモリにビクッと驚いた。
前の学校では1位を取ったことがない? それってどういうことだ? 前の学校はレベルが高かったということか? それともウチの学校のレベルが低いのか? 僕の頭は大混乱に陥った。
「ど、どういうこと? 彩夏、1位が初めてって」
美咲の問いに柴崎彩夏は「うーん……」と言いながら左手を口元に当てて何やら考え出した。
「柴崎さんはこのまま1位を取って、どこ高を目指すの? 滝岡とか堀園とか?」
僕から疑問をぶつけてみた。この辺の最難関の公立校と言えば、滝岡か堀園の二択だ。
柴崎彩夏は顔を上げて僕を見る。
「どっちにも行くつもりはないかな」
「あー……、横浜の高校を受けるとか?」
何かの事情で富山に転校してきたが、一時的なもので、また戻るために横浜の高校を目指すことはありえるだろうと思った。
美咲も蒼真も彼女がどう答えるかを見ているようだった。
柴崎彩夏は首を横に振った。
「いま私は、高校に進学するってこと自体、あんまり考えてないんだ」
さらりと彼女は言った。淡々と大したことではないかのように。
これに対し、僕はフリーズせざるをえなかった。
人生で衝撃を受けたことなんていくらでもある。自分の知らなかったこと、気づかなかったこと、思いもよらなかったことだってたくさん出くわしてきた。
僕の人生で、これほど衝撃的なことはなかった。
学年1位となった彼女が、高校を目指さないなんてことは。
2 月島 佑 461点
壁に貼られた順位表を見ながら僕は自分の胸が軋む音を聞いたような気がした。
まさか1位を転校生に奪われるなんて。沸々とした感情を抑えるべく、僕は胸に右手を充てた。
自分の動揺を誰かに悟られたくない僕は、できるだけ落ち着いてその場を離れる。教室に戻ろうと廊下を歩いていると、バスケ部の中里 蒼真に会った。
「順位表みてきたぜ」
蒼真の言葉に思わず顔が引きつりそうになった。
「佑はすごいな」
「え?」
「2位だっただろ? すげーじゃん」
蒼真の言葉に僕は「ああ……」と何度か頷いてみる。
おそらく蒼真にとっては僕が1位でも2位でも「すげー」奴なんだろう。
「いや、いろいろミスしちゃったし、満足はしてないかな」
少し考えた末に出てきた言葉だった。
「やっぱ堀園を目指す奴は違うわ。すごすぎ」
「まだ堀園って決めたわけじゃないけど……」
と目指す高校について話していると、教室の入り口前に女子がいるのが見えた。美咲ともう一人、柴崎彩夏だった。
「おー、柴崎さん、1位だったじゃん。ウチのクラスは1位2位独占だな」
こっちの胸中なんて知らない蒼真は呑気なことを言った。
「いきなり1位なんて、彩夏、すごすぎ!」
美咲が言った。
「ありがとう。うん……、必死で……すごく、勉強したんだ」
この柴崎彩夏の発言は意外だった。
てっきり「自信はなかったんだけど」とか「あんまり勉強できてなかったんだけど」とか謙虚な言葉を言うのかなと思っていたが、普通に頑張ったことを発言したからだ。
この二ヶ月、授業中の彼女を見ている限り、成績が悪そうな印象はなかった。先生に指名されれば無難に回答していたし、頭は良さそうだなと僕も思っていた。まさか1位を取られることまでは予想はしなかった。
「佑が1位を取られちゃったのってこれが初めて?」
美咲の問いに僕は首を傾げてみせる。考えるまでもない。ちゃんと勉強した定期テストで1位を取られたのは初めてだ。
内心、1位を奪われたことはショックだった。これまでずっと守ってきたものがあっさりと奪われた。苛立つ気持ちが表に出ないよう抑えるだけで精一杯だった。本当はすぐにでもこの場を去りたいぐらいに悔しい、でもその感情は誰にも悟られたくはない。
「いや……まさかいきなり負けるとは思わなかった。うん、マジで完敗」
僕はできるだけ負け惜しみに聞こえない言葉を探して、できるだけ殊勝なことを言ってみた。
「柴崎さんはすごい」
実際、単純に実力で負けたのだから素直に認めるしかない。僕の言葉に「ありがとう」と言った後に、彼女はまた予想もしないことを言った。
「本当に、人生で一番勉強したんだ。前の学校でも1位って取ったことなくってさ……」
「え!?」
美咲と蒼真と僕がハモって「え!?」と言ってしまった。柴崎彩夏がそのハモリにビクッと驚いた。
前の学校では1位を取ったことがない? それってどういうことだ? 前の学校はレベルが高かったということか? それともウチの学校のレベルが低いのか? 僕の頭は大混乱に陥った。
「ど、どういうこと? 彩夏、1位が初めてって」
美咲の問いに柴崎彩夏は「うーん……」と言いながら左手を口元に当てて何やら考え出した。
「柴崎さんはこのまま1位を取って、どこ高を目指すの? 滝岡とか堀園とか?」
僕から疑問をぶつけてみた。この辺の最難関の公立校と言えば、滝岡か堀園の二択だ。
柴崎彩夏は顔を上げて僕を見る。
「どっちにも行くつもりはないかな」
「あー……、横浜の高校を受けるとか?」
何かの事情で富山に転校してきたが、一時的なもので、また戻るために横浜の高校を目指すことはありえるだろうと思った。
美咲も蒼真も彼女がどう答えるかを見ているようだった。
柴崎彩夏は首を横に振った。
「いま私は、高校に進学するってこと自体、あんまり考えてないんだ」
さらりと彼女は言った。淡々と大したことではないかのように。
これに対し、僕はフリーズせざるをえなかった。
人生で衝撃を受けたことなんていくらでもある。自分の知らなかったこと、気づかなかったこと、思いもよらなかったことだってたくさん出くわしてきた。
僕の人生で、これほど衝撃的なことはなかった。
学年1位となった彼女が、高校を目指さないなんてことは。
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