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VI ドーピング
049 宴席
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四九 宴席
今年の夏も熱中症で多くの人が救急搬送されている。もちろん日の沈みかけた今ごろであってもアスファルトからの熱をかなり感じているし、演奏で消耗した体では、お酒よりもポカリスエットでも飲みたい気分でもあった(さらにいえば糖分を摂るためにアイスなど甘いものがよいとも思えた)。
ぞろぞろとオーケストラは歩き、その間にも汗が噴き出てきた。「ああもう、ほらほら、そんなに縦に延びて歩かない。早くビール飲みたいのに、もう」と吉川が本気とも冗談ともつかないことをいった。
一〇分も歩けばその居酒屋はあり、部長が店員に大学名を告げたらすぐに二階へ通された。外から見た店構えより広く感じるそのスペースをすべて掘りごたつ式の座敷が占めており、間仕切りの衝立も隅へ片づけられていることから、二階部分すべてをわたしたちオーケストラにあてがわれたとみえる。
「はい、おつかれ。席なんてどうでもええからな、早いとこ詰めて座ったれ。そして迅速に注文しよう、な。お兄さん喉乾いたんだよね。ああ、ビールがほしいなあ」と奥の方にずんずんと進んで、どっかと座った部長が眼鏡を外し、おしぼりで顔を拭きながらいった。「おお、さすが田中。じじくさい」
「しゃあないやん、暑いんやから」と吉川も席に着き部長を揶揄しながら、「聖子も高志も、早く座んなよ。もう、そこらへんで固まらない。適当に座ればいいよ」と笑いながらわたしの方に手招きをする。
「ああ、煙草組はそこの隅っこに固まれよな。この店、分煙じゃないんだから」と部長が指で示した方へ吉川や高志は集まる。階段で渋滞していた団員もやがて思い思いの席に着き、大学居残り組と帰宅組を除いたオーケストラは四〇名ほどが揃った。
「よし、ええかな。団員は注目。今日はお疲れさまでした!(部長の挨拶に団員も呼応する)まだビールもカルピスも来ておらんので乾杯はあとにする。来てくれたちびっこたちもいい笑顔だった。なにより今、団員のスマイルがいい、最高にいい! 暑い中、いい演奏をありがとう!」拍手が起こり、店員がお冷のピッチャーとグラスとを並べ、注文を取りに来る。「あ、ええか、これ重要やぞ。二十歳未満は絶対に飲むなよ、ざっくばらんにいうと今この場だけでも禁酒、禁煙を頼む。部長からは以上」店員もほどなくして階下へ消え、入れ替わりで大学居残り組が現れた。
わたしは吉川や高志とあまり離れたくなかったし、換気扇の真下であるから少しはましだろうと喫煙者のかたまりのそばでお冷を飲んでいた。高志は注文する前からお冷の一杯目を空け、さらにピッチャーから二杯目を注ぎ、ただちに飲み干していた。
「ちょっと、お腹壊すよ」と高志にいうと「口渇感がひどい。水分摂らないと死ぬ」といいながら三杯目を飲む。吉川は灰皿へ水を少し張って、「高志、そのへんにしときな。低ナトリウム起こして死ぬぞ」と灰を落としながら釘をさす(灰は水に落ちたので舞い散る心配はなさそうだ)。
「はあ」とだけ答え、高志はハンカチで汗をぬぐった。吉川は「なんにせよ、あんた今日、絶対禁酒。死ぬよ?」といい、「ショウちゃんは飲むの? 飲まないよね?」とわたしのほうへ向きなおる。わたしがきょろきょろとあたりを見渡しているので「もう、店に来るのが初めてじゃあるまいし」とからかう。
「ううん、初めて」とわたしがいうと「ああ、そっか。あんた今まで三杯しか飲んでなかったんだった」「二杯」「似たようなもんよ」「二杯? まじか」「もう、高志も聞きな。こういう風に店で飲むとペース掴めないからね、ふたりとも今日はカルピスにしときな」と顔をそむけて煙を吐きながらいった。
「なんとなくだけどなあ」煙草を取りだしながら、高志が吉川にいう。「なに?」
「いつも正しいこというよね、ヨッシーって」わずかに間があり、「そりゃ年の功よ。あとこの場に限っていえば」と続ける。
「うん?」高志、そんなことで食って掛からないでよ、と横目で見ながらわたしは少しひやりとする。
「あんたらふたりはペアだからさ。片方が片方に遠慮して飲めないのより、うるさいお局のせいで飲めない方がまだ気分もいいと思ったんだ。それだけのことよ」と、煙を向こうへふっ、と吐いた。
「まあ、そんなことだろうとは思ったけどな」と、かれも煙草を取りだし「聖子、一本だけいい」と訊いてきたのでわたしはやや驚く。今日は紳士的だ。「一本だけなら、いい」
今年の夏も熱中症で多くの人が救急搬送されている。もちろん日の沈みかけた今ごろであってもアスファルトからの熱をかなり感じているし、演奏で消耗した体では、お酒よりもポカリスエットでも飲みたい気分でもあった(さらにいえば糖分を摂るためにアイスなど甘いものがよいとも思えた)。
ぞろぞろとオーケストラは歩き、その間にも汗が噴き出てきた。「ああもう、ほらほら、そんなに縦に延びて歩かない。早くビール飲みたいのに、もう」と吉川が本気とも冗談ともつかないことをいった。
一〇分も歩けばその居酒屋はあり、部長が店員に大学名を告げたらすぐに二階へ通された。外から見た店構えより広く感じるそのスペースをすべて掘りごたつ式の座敷が占めており、間仕切りの衝立も隅へ片づけられていることから、二階部分すべてをわたしたちオーケストラにあてがわれたとみえる。
「はい、おつかれ。席なんてどうでもええからな、早いとこ詰めて座ったれ。そして迅速に注文しよう、な。お兄さん喉乾いたんだよね。ああ、ビールがほしいなあ」と奥の方にずんずんと進んで、どっかと座った部長が眼鏡を外し、おしぼりで顔を拭きながらいった。「おお、さすが田中。じじくさい」
「しゃあないやん、暑いんやから」と吉川も席に着き部長を揶揄しながら、「聖子も高志も、早く座んなよ。もう、そこらへんで固まらない。適当に座ればいいよ」と笑いながらわたしの方に手招きをする。
「ああ、煙草組はそこの隅っこに固まれよな。この店、分煙じゃないんだから」と部長が指で示した方へ吉川や高志は集まる。階段で渋滞していた団員もやがて思い思いの席に着き、大学居残り組と帰宅組を除いたオーケストラは四〇名ほどが揃った。
「よし、ええかな。団員は注目。今日はお疲れさまでした!(部長の挨拶に団員も呼応する)まだビールもカルピスも来ておらんので乾杯はあとにする。来てくれたちびっこたちもいい笑顔だった。なにより今、団員のスマイルがいい、最高にいい! 暑い中、いい演奏をありがとう!」拍手が起こり、店員がお冷のピッチャーとグラスとを並べ、注文を取りに来る。「あ、ええか、これ重要やぞ。二十歳未満は絶対に飲むなよ、ざっくばらんにいうと今この場だけでも禁酒、禁煙を頼む。部長からは以上」店員もほどなくして階下へ消え、入れ替わりで大学居残り組が現れた。
わたしは吉川や高志とあまり離れたくなかったし、換気扇の真下であるから少しはましだろうと喫煙者のかたまりのそばでお冷を飲んでいた。高志は注文する前からお冷の一杯目を空け、さらにピッチャーから二杯目を注ぎ、ただちに飲み干していた。
「ちょっと、お腹壊すよ」と高志にいうと「口渇感がひどい。水分摂らないと死ぬ」といいながら三杯目を飲む。吉川は灰皿へ水を少し張って、「高志、そのへんにしときな。低ナトリウム起こして死ぬぞ」と灰を落としながら釘をさす(灰は水に落ちたので舞い散る心配はなさそうだ)。
「はあ」とだけ答え、高志はハンカチで汗をぬぐった。吉川は「なんにせよ、あんた今日、絶対禁酒。死ぬよ?」といい、「ショウちゃんは飲むの? 飲まないよね?」とわたしのほうへ向きなおる。わたしがきょろきょろとあたりを見渡しているので「もう、店に来るのが初めてじゃあるまいし」とからかう。
「ううん、初めて」とわたしがいうと「ああ、そっか。あんた今まで三杯しか飲んでなかったんだった」「二杯」「似たようなもんよ」「二杯? まじか」「もう、高志も聞きな。こういう風に店で飲むとペース掴めないからね、ふたりとも今日はカルピスにしときな」と顔をそむけて煙を吐きながらいった。
「なんとなくだけどなあ」煙草を取りだしながら、高志が吉川にいう。「なに?」
「いつも正しいこというよね、ヨッシーって」わずかに間があり、「そりゃ年の功よ。あとこの場に限っていえば」と続ける。
「うん?」高志、そんなことで食って掛からないでよ、と横目で見ながらわたしは少しひやりとする。
「あんたらふたりはペアだからさ。片方が片方に遠慮して飲めないのより、うるさいお局のせいで飲めない方がまだ気分もいいと思ったんだ。それだけのことよ」と、煙を向こうへふっ、と吐いた。
「まあ、そんなことだろうとは思ったけどな」と、かれも煙草を取りだし「聖子、一本だけいい」と訊いてきたのでわたしはやや驚く。今日は紳士的だ。「一本だけなら、いい」
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