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精霊の得意魔法

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使うのが上級魔法となれば必然詠唱は長くなる。
魔力制御に集中しながら詠唱を続け戦場の生末をウィズダムは見守る。
モールド伯爵軍の使った謎の光の巨柱の魔法は、ぼんやりと輪郭を薄れさせたまま、歩兵を走早めに歩かせたならモールド伯爵軍の陣営に付くくらいの時間まで続いた。
ぼんやりとした光量の巨柱が消えると、そこにはウィズダムの懸念した光景が広がっていた。
完全な静寂。
東部地域に近年に無いほどの規模で集結したロムスタ連合軍は、軍を5つに分けた上での左翼の軍たったそれだけでも、壮観な軍勢であった。
その左翼軍が、今は立っている者一人さえ居ない。
ウィズダムの身体中がカッと熱くなる。
モールド伯爵は、捕虜も取らずに、あれほどの人数を残らず殺したというのか。
同じ王国の貴族を、同じ王国の民を。
再びモールド伯爵軍を睨めば、巨大な七色の魔法陣が再び展開され始める。
巻き込まれれば誰も生き残れない、あの光の巨柱の魔法陣だ。
思わず屈しそうになる膝に必死で力を込める。

──悪魔、悪魔め。

次に光の巨柱が打ち込まれるのは、右翼軍か、それとも中央の軍か。
目を凝らせば、モールド伯爵軍中央の先頭に立つモールド伯爵であろうその人が、勝ち誇っている様子が見える。
ウィズダムは思った。
私は奴を止めなければならない。
ロムスタ伯爵の野望のためではなく、宮廷魔導師として、王国の全ての民のために。
上級魔法が完成する。

「白炎槍」

朱色のファイアランスより遥かに温度の高い炎の槍。
狙撃型の魔法を多様するウィズダムの切り札。
ファイアランスでは貫けない防御魔法を貫くために、ウィズダムの祖先が創った一子相伝のオリジナル魔法だ。
今度こそ光の膜ごと、モールド伯爵を貫く。
ウィズダムは使命感と確信を持って白炎槍を放った。
白い一筋の線がモールド伯爵軍の中央へと伸びて行く。

 ☆ ☆ ☆ ☆

開戦早々、ロムスタ軍から我がモールド騎士団に放たれる魔法攻撃の弾幕。

「光の防御魔法、出ます!」

「皆の者! 我慢だぞ、我慢、我慢、我慢!」

魔法が着弾する中、アーロン騎士団長が周りを励ます。
何せ光の防御魔法は、規模はデカいがハリボテの幻影魔法。
ロムスタ軍からの視覚では解らないだろうが、敵の魔法は実質素通しなのだ。
バレないように、ビクともしてないように見せけなければならない。
故の我慢。
モールド伯爵領式トレーニングで培った鋼の意志と肉体で魔法の弾幕を耐えるのだ。
私ことモールド伯爵も軍の先頭でさも何事もないように魔法の直撃を耐える。

「中級魔法、来ます!」

「防げ!」

アーロン騎士団長が叫ぶ。
時折来る強力な魔法だけは、光の防御魔法が防いでいるよう偽装しながら、防御魔法で防ぐ。
中級魔法など、痩せ我慢では耐えられないからだ。
防御魔法の得意な精霊に任せた仕事だが、如何せんこちらの兵士は魔力量に乏しい平民上がりが中心。
魔力回復の特製ポーションもあり、魔力効率の良い精霊魔法があると言えど、強力な魔法を長く防げるかは疑問だった。
何せポーションを何度も飲もうにも胃には物理的な限界があるのだから。

「ファイアランスを連続で撃ってくる魔法使いが居ます! これは何度も防げませんよ!」

敵には予定外の強力な魔法使いが来ている、中級魔法ファイアランスの連続使用など宮廷魔導師にも劣らない腕の持ち主なのではないだろうか。
きっと、こいつがロムスタ伯爵の切り札だ。
しかし、今回、我が軍にも切り札がある。


 ☆ ☆ ☆ ☆


「精霊魔法の強化とは言っても、中々難しい物です」

「精度だけは向上して来たと聞いているが…」

調練場で騎士達の精霊魔法の訓練を見ながら、アーロン騎士団長に精霊魔法の進捗を尋ねるが、思うように進んでないらしい。

「武器として使うには、威力が伴わなければ脅威たり得ぬかと」

「そうだな…、牽制だけの威力だと思われれば、むしろ相手を調子付かせるか」

攻撃魔法の未熟さは、他の魔法の未熟さに直結する。
牽制にしかならない攻撃魔法を使い、敵に情報を与えるなら、いっそ魔法を撃たない方がマシだった。
訓練に付き合っていた騎士のユニコーン型の精霊は、こちらの話を聞いていたのか目に見えてしょんぼりする。

「聞いてたか? すまぬな。お前たちが悪いのではない。何事も上達には時間がかかるのでな」

ニコニコとユニコーンの精霊のたてがみを撫でるアーロン騎士団長。

「そうだ。一番得意な魔法を見せてくれまいか?」

『転機』のきっかけは、アーロン騎士団長の精霊を慰めるための思いつきだった。
アーロン騎士団長に慰められ、ブヒヒンと嘶く実体化したユニコーン型の精霊。
次の瞬間、魔法で投影されたいくつもの草がどんどん大きくなり、花を咲かせ始めた。

「これは…?」

「見事な幻影魔法、これほどの練度の魔法は見たことがないな」

ユニコーンの精霊の幻影魔法を見た精霊達がワイワイと集まってくる。
すると、幻影魔法に各々参加し始め、調練場はさながら王都でも見れないほどの見事な庭園へと一気に変化した。

「いったいどういう事だ…精霊は魔法に慣れてないのではなかったか」

「…ふむ。モモンによると、精霊達は得意な魔法に偏りがあり、宴会芸はしょっちゅうやっていたようです」

自分の精霊に事情を聞くアーロン騎士団長。
私の精霊トータスはまだ返して貰えてないので、私自ら事情を聞く事は出来なかった。

「しかし、宴会芸を鍛え、攻撃魔法を訓練しないなど…、いや、そうであったか。彼らは…人ではない。精霊なのだ」

「まず攻撃魔法を鍛える。だから攻撃魔法が一番得意なハズだ。…どうやら我々は常識に囚われていたようです」

納得いったようにアーロン騎士団長は深く頷いた。
という事は、精霊魔法には、今直ぐ実戦に使える魔法があるのかもしれない。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「もうそろそろか。行くぞ皆の者、宴会芸はタイミングが命!」

「「タイミングが命!」」

「幻影魔法から、風、音の順だぞ! 間違えるな!  まずは魔法陣用意!」

「魔法陣用意!」

精霊達にとって宴会芸でしかなかった幻影魔法は、モールド伯爵軍の強力な切り札となり、頭上に七色の巨大な魔法陣を展開させる。
魔法陣そのものに効果はなく、光の防御魔法と同じく、見た目だけのハリボテである。


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作者です。内情バレ場面で予定通りのストーリーなのですが、書いてて割とテンションが上がりました。
こういうのって、何でしょうね。
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