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水と光だけで育つんです

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「あら、信心深いお嬢さんなのね。…スエナレの女神の加護と共にあらんことを」

ウォリス様もお祈りのように手を組み、慣れたように祝詞を紡ぐ。
それを見たサクラコさんも私とウォリス様に続いた。
ウォルフ様は静観している。

「…マリアと申します」

「畏まらなくても良いのよ。私なんて孫とカフェに遊びに来ただけのしがないお婆ちゃんだから。うふふ」

そのファンキーな格好に反して品よく笑うウォリス様。
私は見てみぬフリをすれば良いかと覚悟を決めた。
私がウォリス様とウォルフ様の正体に気づいてると思われなければ、丁度、情報収集にもなるし。

「お孫さんと仲が良ろしいんですのね」

「孫も甘党だから。頼んだら連れてきてくれるのよ。でも噂のカフェに来たのは初めてね。ねぇウォール」

「伯爵令嬢でも簡単に予約が取れないと聞いている。今日は運が良かった」

サクラコさんの話にニコニコと答えるウォリス様。

「サクラコさんとマリアさんのオススメは何かしら?」

「「ショートケーキです」」

息がぴったり合うサクラコさんと私。
転生者であるチェルシー様が産み出したホイップクリームを存分に楽しむなら、まずはショートケーキ一択である。
王都南部の水牛を取り寄せ、ようやく出来た生クリームは、前世の有名店の生クリームに遜色ない、滑らかな舌触りと、濃厚な味がするのだ。

「あらあら、あななたちも、とても仲良しなのね」

私とサクラコさんは、ここで毎日強敵という名のケーキと戦っているのだ、仲良くもなろう。
私たちは目を合わせてにこりと笑った。

「じゃあ私はショートケーキを頼むわね。ウォール、あなたは何にする?」

ウォルフ様は給仕係の男性からメニューを受けとる。
各種ケーキは写実的な絵と細かな説明で紹介されており、ウォルフ様の眉間に皺がよった。
ウォリス様から甘党と評されるのは嘘ではないようだ。
決まったらまた呼ぶからと、給仕係にショートケーキと紅茶だけを頼み、ウォルフ様は真剣にメニューを読み始めた。
是非たっぷりとメニューを楽しんで欲しい。

「お二人は学生なの?」

「新入生です」

「まぁ、新入生。羨ましいわ。私には思い出せないくらい前の事だもの。入学式はどうでした?」

「私、大聖堂に入ったのは初めてで、とても素晴らしい建物でした。荘厳なステンドグラスにとても長い歴史を感じて、スエナレの女神が人々を救うモチーフですよね」

ーー大聖堂。私はサクラコさんの話を聞いて神聖な気配の失われつつある、あの入学式を思い出す。
そう、大聖堂を見て思うのは、神聖さではなく巨大建築特有の荘厳さだ。
何故、大聖堂のナレの花はあんなにも元気がないのだろうか。
そして、長年の鍛練で培ったハズの光魔法の使い手であるウォリス様の、大聖堂のナレの花にも似た弱々しい神聖さの正体は何なのだろうか。

「初めて大聖堂に入ったのだもの。圧倒されるわよね。この王国の貴族に、スエナレの女神をより身近に感じられるようにと作られた特別なステンドグラスですのよ」

流石ウォリス様は大聖堂に詳しい、だって教皇様本人だものね。

「…ナレの花に元気がないように見えましたが、何か原因がありまして?」

「入学式のナレの花…?  私は普通に綺麗だと思ったけれど」

メニューに夢中なウォルフ様がピクリとこちらの話に反応する。

「そうねぇ、入学式には出来るだけ良い花を用意すると聞いた事があるけれど。マリアさんはナレの花に詳しいのかしら?」

「魔の森に近い辺境ではナレの花は王都よりも遥かに重要な資源です。何となくですが、私の領で育ててるナレの花より、入学式のナレの花は元気が無かった気がしました」

モールド伯爵領のナレ花より、大聖堂のナレの花が元気がないのは何となくじゃなくて、ガッツリなんだけれど。
私は誤魔化しながらも返答する。
どうして、教会の育てるナレの花の神聖さはあんなにも薄かったのだろうかと気になったのだ。
ウォリス様ならその変の事情を知っているだろう。

「ナレの花はねぇ。私も育てた事があるのだけれど、逞しい野草に見えて、いざ人の手で育てると難しいのよ。私もこの前特別な一株を枯らせてしまったし…。事情は教会も変わらないのじゃないかしら?」

「お婆様っ」

何だかわからないが、ウォリス様が悲しそうにナレの花の話をすると、ウォルフ様が剣呑な空気を発し始めた。
私の認識では、ナレの花を育てる事はそう難しい事ではない。
それこそ、モールド伯爵家のような特別なナレの花を求めなければ、道端の野草を育てるようにすれば良いからだ。

「ふふふ。私のナレの花は今残った株を育ててるから大丈夫…。ただの趣味みたいな物だし。あなたの家はきっと上手くやったのね」

「マリア様の邸宅にも、その元気なナレの花はありますの? そんなにも違うなら、私一度見てみたいです」

サクラコさんの要望から、私はモールド伯爵家の別邸に持ち込まれたナレの花を一瞬思い浮かべてみる。
別邸にあるのは、空気まで光らせるような特別製ではないが、ある程度の特製ポーションづくりに耐えられる品質だ。
万が一ウォリス様に見られれば、物が全く違うと一発で気付かれるだろう。

「…王都には、ナレの花は持ってきてませんの。サクラコさんがモールド伯爵領に来た時は是非、見にきてください」

「残念です。いつか、ですね」

「王都のナレの花の育て方は、普通の草花と違うのでしょうか? モールド伯爵領では、そこまで特別な事をしてないと聞いていおります」

特別な肥料以外はね。
ナレの花に然して特別な事はしていないのだ。
ナレの花の育成を監督したのは他ならぬ私なのだから、それは間違いない。

「ナレの花はスエナレ教徒の間では神聖な花でしょう? 世俗から離す意味で、水と空気だけで育てるのが主流かしら」

怪訝な顔をしてウォリス様の話を聞いていたウォルフ様から、僅かに緊張が溶ける。
その様子からウォリス様はナレの花の育成方法に関して何かを隠してるのだと私は感づいた。

「オーダーだ。このミルフィーユというのを頼む」

私の疑問を消し去るように、ウォルフ様は力強くケーキを注文した。


        ⭐  ⭐  ⭐  ⭐



「トネリコ、このじかん、いつもあっちみてる」

「そうねぇ…姉さん。あっちの方角には何があったかしら? …マリア様の居る方角?」

わしゃわしゃと、いつもは世話しなく枝を動かすトネリコは、お昼の終わりくらいの時間になると、動くのを止めて、決まった方角を向いているのだ。
トネリコは、その時だけは私たちの指示を聞いてくれない。
一方でトネリコは、神聖な空気を出し続けるのも抑えられるようになったし、背の成長は止まっている割に、他のところで成長が著しい。
…何故か光魔法を使えるようにもなった。
そんな謎の生態を持つトネリコは、まるで何かを懐かしむように、王都の方角を見ていた。
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