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13.精霊付きの武具。

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「スノーウルフを使ったソリです。冬しか活用できない戦力を、ロムスタ伯はよく用意出来ましたね」

小高い位置にある私たちの陣の数百メートル先には、成体の熊くらいの大きさのシベリアンハスキーが何頭も見える。
こちらの世界にシベリアンハスキーは居ないから、誰かに言っても通じないけれど。
まさか雪に閉ざされる冬に、ロムスタ伯爵が、モールド伯爵領に攻めてくるとは思わなかった。
幹線となる街道を除雪しているとはいえ、彼らは寒さの中で長時間移動してきたのだ。
本来は雪の中の行軍など疲れてまともに戦えないだろうに。

「耐寒か、温度調節の魔法の鎧を使っているようですね。前衛は金属製の鎧で揃えてきています」

私に説明してくれているのは、元孤児達のリーダー役を務めるルーク。
私が転生してから出来た、二人目のお友達である。
今は執事見習いをしていて、ロッゾに鍛えられている彼は、水色の髪を上手くオールバックにまとめている。
背は伸びきっていないが、品の漂う顔は、貴族の出と言われても誰にも疑われないであろう整った物で、切れ長の目は得もしれぬ色気を醸し出している。

ロムスタ伯爵は軍を自ら率いてモールド伯爵領へと兵を進めると、会戦場所を指定してきた。
会戦の出来る広さの取れる、モールド伯爵領の街道平野である。
王国内で同じ貴族同士の争いは、行軍の無駄を省くため、こうやって予め決戦場所を決めておく事が多い。
そうして決戦で防衛側が負け、それでも納得しなかったら、領民を犠牲にしながら、城を巡る戦へと移るのだ。
今回前持った取り決めもなく、モールド伯爵領へと踏み込んだ後で、ロムスタ伯爵が決戦場所を決めてきた事は、誰が見ても攻城戦まで意識したものだった。
モールド伯爵軍側に準備する猶予を与えずに、あえて非のある攻め方をしたのなら、防衛側は決戦で負けても納得しないからだ。


私の位置からは、ロムスタ伯爵が入るであろう豪華な天幕を建てている所も見える。
魔法の鎧といい、ロムスタ伯爵の意気込みは本物のようだ。
ロムスタ伯爵の兵の数は700前後。
対してモールド伯爵の兵の数は、騎士が殆どとはいえ100に満たない。
非戦闘員である補給隊の数まで入れれば、約7倍の開きがあった。

シベリアンハスキーのソリに乗ったロムスタ伯爵の使者が、こちらの陣に向かっているのが見える。

「お嬢様、使者との交渉を見に行きましょう」

「私は…必要かしら?」

「旦那様はお嬢様に貴族同士の交渉も見てもらいたくて、戦場へ連れてこられたのかと」

「…そう。では案内していただける?」

私が手を差し出すと、ルークは頭を下げ、私の手を取る。
そして、お父様のいる天幕へとエスコートされた。
私がどうしてこんなに寒い、危険な会戦場所に来ているかって?

お父様が一般的な常識に留まる強さとやらを、私に見せるためなんだそうだ。


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俺の名はアイゼン。
ロムスタ伯爵領の隣に位置する、カームベルト子爵の三男だ。
ロムスタ伯爵の強引な手に屈した近隣の貴族たちは、次男や三男を人質かのように差し出し、ロムスタ伯爵家で働かせている。

多少弁舌の立つ俺は、ロムスタ伯爵家の使者として使われるようになった。

今日ロムスタ伯爵に屈するであろう領主は、辺境の地を守るモールド伯爵だった。
見た所、モールド伯爵は何故か農民を徴兵せず、100人程の兵力しか集めなかったようだ。
ロムスタ伯爵の率いて来たロムスタ騎士団は、3倍する兵力を凌駕できる、魔法の武具を揃えた軍団700人だ。

兵力にここまで差があったのなら、噂される王国近衛兵元最強の騎士も歯が立つまい。
既に勝敗の結果は、誰の目にも明らかだった。

モールド伯爵が会戦場所で陣を整えたのは、きっと形ばかりの抵抗なのだろう。
幸い、ロムスタ伯爵はモールド伯爵領の新型兵器さえ手に入れれば満足すると言っている。

無駄な人死にが起こらないよう会戦を回避し、交渉を済ませるのが俺の目的だ。


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「では、ロムスタ伯爵が欲する物とは、魔の森深部の魔物を倒した武具であると…」

ロムスタ伯爵の使者として天幕に通されると、俺はさっそく交渉に入った。
天幕の中央にいる、栗毛で癖っ毛の色男が元最強の騎士、モールド伯爵だった。
ご令嬢の間で、モールド伯爵を巡る壮大な争奪戦が繰り広げられたであろう事が目に浮かぶ。
天幕の端に居るのは、目立たぬようにしているが、モールド伯のご令嬢だろうか?
今後の成長に期待出来る、といった風貌をしている。
何故、彼女は戦場となるかもしれない所に来ているのだろう。

「そうです。モールド伯爵領の新型の武具さえあれば、寛大なロムスタ伯爵様は、無駄な争いは起こさないであろうと仰有られています」

ざわざわとモールド伯爵領の騎士たちが目を見合わせる。

「そうか。答えは直ぐには出せない。二刻ほどここで待っては貰えないだろうか」

俺は無言で頷き、上手くいきそうだと、ロムスタ伯爵の下へ伝令役を走らせた。


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「武器としての性能は大したものではないのに、何故ロムスタ伯爵はこれを欲するんだ?」

「ロムスタ伯は…ガチャがしたいのかもしれません」

アーロン騎士団長が確信したように言う。

「ガチャがしたい? そんな事で遠征するロムスタ伯爵ではないだろう」

魔の森深部の魔物を倒し続けると、その貢献によって、魔物を倒した武具で精霊のガチャが回せる。
ガチャとは、愛娘のマリアが教えてくれた言葉だ。
貢献値を消費し、魔物を直接倒した武具に何らかの精霊を宿らせる。
しかし、精霊の種類は決まっていない。何が出るのか解らないのだ。それがガチャだ。
まさか、ロムスタ伯爵が武具の精霊の事を知っているなんて。
しかし、武具に精霊が宿った所で、武具の性能がそう変わる訳でもない。
まぁ…、多少頑丈になり、精霊の住み家であるから魔力を与えれば修復するようにはなるが、今の魔法の発展した時代では、魔法の武具でも、同じような物を作ることが出来るのだ。

私の大剣からピョコっと亀の精霊が顔を出す。

「今は会議中だ。出てこないでくれロータス」

愛らしい私の亀はゆっくりと頷くと大剣へと姿を消した。

「どう考える? マリア」

「珍しい武具ではあるので、王へ献上する武具として欲しているのかもしれませんわ。それなら何が出るか解らないガチャ前ではなく、精霊付きの武具が良いかと思います」

「王族か…。その線の可能性が高いな」

ロムスタ伯爵は今の王に最も頼られている貴族だ。
世にも珍しい武具の献上は、王からより深い信頼を生むだろう。

「しかし、精霊付きの武具に余りなどありません」

アーロン騎士団長が難しい顔をして言う。
騎士たちは、数打ちの武具とは言え、愛用する武具から生まれたマスコットとも言える精霊にのめり込んでいる。
精霊は絆を深めれば心の中で会話出来るようになる。
しかも、より貢献値を注ぎ込む事によって、さらにガチャが出来るようになり、服や装飾品のバージョンが増えるのだ、精霊は。

「王への献上品なら一振りで良いでしょう。じゃんけん…しか、無いですわね」

「じゃんけん…。それは、私も参加するのか?」

ロムスタ伯爵が王から歓心を得るのを助けるために私のトータスを譲ると?
絶対嫌だぞと、私は眉をしかめる。

「精霊付きの武具を隠すよりも、ロムスタ伯爵に一振り渡して、会戦を回避する方が余程良い事だと思います。本当なら、私の精霊が渡せる形だったら良かったのですけれど」

「精霊付きの武具を騎士から取り上げる…。そんな非道な事が…あって良いのか」

感情の抜け落ちた顔で、アーロン騎士団長が呟いた。

領主特権で上手く回避した私抜きのじゃんけん大会が始まった。

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