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10.※男性でした
しおりを挟む翌日、調練場へはお父様も来ていた。
チェルシー様とチェルシー様付きの侍女の皆さんもさっそく様子見に来ている。
今日のチェルシー様の髪型は動きやすいよう金色のお団子ヘアだ。
チェルシー様は強くなりにモールド伯爵領へ来たのだから、朝様子見に来るのは当然といえば当然だった。
モールド伯爵領式トレーニング、チェルシー様は気に入ってくれるかな。
「マリア。久しぶりにお父様と手合わせしよう。お父様はな、とても強くなったんだぞ。マリアがそれはそれは喜ぶくらいに」
うん、知っている。
そして、親子の仲を取り持つ方法を私はチェルシー様から学んでいる。
「そんな! とても強くなったお父様と手合わせなんて私、怖いです。たくさん手加減して欲しいですわ」
「はっはっはー! 良いともマリア。さあ、いつでもかかっておいで! ありがとうロッゾ! お前のお陰で私はARAGYOUを乗り越えられた! 私は私を取り戻した! ありがとう! ありがとう!」
両手をゆっくり大きく広げ、かかってくるようにアピールするお父様。
甘いですわ、老舗のつくる上品な羊羹の甘さより甘々ですわお父様。
肉体言語は大きな隙を見せる事を許さない。
でも、チェルシー様とアルビン様の関係より甘々ではないかもしれない…。
⭐ ⭐ ⭐ ⭐
ビクンビクンと痙攣するお父様。
大丈夫、これはトレーニングだから。
トレーニング中、決して故障する事のなくなる秘薬なのだ、モールド伯爵領で極秘に使われる耐トレーニング秘薬は。
服用すると、薬の効果のある内は、ちょっと明るく性格が変わってしまう副作用があるけれども、とてもとても良い秘薬なのだ。
チェルシー様と侍女の皆さんは、私とお父様の手合わせに、尻餅をつきながらドン引きである。
これは…濃い目の秘薬が必要だね、多分。
「チェルシー様。これが我が家の一般的なトレーニングですわ。大丈夫です。私にはチェルシー様の才能が見えますの。私より遥かに強くなれる才能が」
そう。
チェルシー様の前世は、なんと戦国武将の武田信玄。
私は、私を越える逸材をついに見つけたのだ。
長い間、私はチェルシー様を探していたのかとしれない。
震えるチェルシー様に、私はにこりと微笑みかける。
「肉体言語は、きっとチェルシー様の全ての危惧を解決しますわ。だって肉体言語は、世界共通言語なんですもの」
⭐ ⭐ ⭐ ⭐
私の名はチェルシー。
ケニー公爵令嬢の三女。
私の一番古い記憶は、血生臭い武田信玄の頃の記憶です。
病身を押して上洛を目指す道中、気づけば現代日本へと転生していました。
あの後、私がどの時点で死んで、戦国の世がどう終わったか学校で学んだのだけれど、正直現代日本に生きるに、それらは全く関係のない知識でした。
現代日本は、戦国時代に生きてきた私にとって、天国のような世界です。
季節に限らず衣食住に困る事はなく、各家庭に風呂がついていて、トイレは当たり前のように水洗、機能も多彩。
だからというか私の野望、というか戦国武将としての義務はそこで潰えてしまいました。
学生時代の初めの頃、武田信玄時代と変わらず優秀な頭脳を持っていた私は、卒業後は現在日本で別の天下でも取ろうかと思っていた。
けれども、現在日本は堕落への罠が多すぎる社会です。
乙女ゲームのはまったのを切っ掛けに、もう養うべき民も部下もいないのだから、天下など取らなくても良いかと、私は一度思ってしまいました。
そう思ってからは早かった。
乙女ゲームの隣には、腐った趣味という、底なしの沼が私を待っていたのです。
日々、睡眠時間を削り続け、完全に趣味に没頭した私は、若くして命を落としてしまいました。
眠らなくとも、下手に社会生活が回ってしまったのが敗因だと思っています。
ある意味で天寿を全うしたという満足感があった現代日本の私は、幸福でした。
※現代日本では男性でした。
そうして、次に記憶を持ったまま転生した世界は、まるで乙女ゲームを疑うようなファンタジーの世界でした。
応援ありがとうございます!
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