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9.それは良いアイデアだわ。とても。

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「マリア! 良くぞ帰って来た!」

ケニー公爵領からモールド伯爵領に帰ってきた私を、ひしっと抱き締めるお父様。

「うふふ。そんなに抱き締められると苦しいわ、お父様」

そう言いながら、ギュッとお父様を離さない私。
鍛え、磨き抜かれた上質な肉の感触がする…。
そう、二つ目の扉を開けたのねお父様。
良くやったわロッゾ。

少し離れてハンカチを濡らす執事のロッゾ。
ロッゾの雰囲気も、何処かしら変わっている。
離れていても私にはわかるわ、微かにする強者の香り。
私は目を細める。
ARAGYOU…。
私の想定以上に効果があったのかしら。

「ロッゾ、これほど人に感謝したのは初めてかもしれない。私は、私を取り戻した。娘に憧れられるあの絶頂期の肉体を、今の私は遥かに越えている…」

お父様が何かを呟くけど、私にはよく聞こえなかった。

「お母様もただいま! マシューも!」

「お帰りなさいマリア」

「お姉しゃま!」

続いて、お母様とマシューにハグし、一息つけると、私はチェルシー様を皆に紹介した。

私はモールド伯爵領へと帰ってきた。
もう隠す物は何処にもない。
さあ、トレーニングの時間だ。
トレーニングを始めよう。


⭐  ⭐  ⭐  ⭐


チェルシー様とチェルシー様付きの侍女さんたちを部屋に案内して旅の疲れを癒して貰うように言うと、私は動き易い服へと着替え、調練場へと向かった。
夕食までは少し時間があった。

「ロッゾ。報告を。ARAGYOUはどうだったのかしら?」

ロッゾと共に調練場へ来たのは、アーロン騎士団長と、元孤児の騎士二人。
名前はドーガとバッシュだ。

アーロン騎士団長は重厚な胸板の、ロマンスグレーの渋おじ。
赤毛で丸刈りをしている細身で長身の騎士はドーガ。
性格はのんびり屋さんだ。
赤毛の短髪で、身長が私より少し高いくらいのバッシュ。
性格はせっかちさん。
ドーガとバッシュの二人は兄弟ではないけれど、よくつるんでいる。

「もしかして、全員が第二の扉を開けたの?」

私の目は驚きで大きく開かれる。

「ARAGYOUを最後まで達成出来たなら…、という条件付きですが」

※訳:ほとんどみんな無理でした

「…凄い」

アーロン騎士団長がそう答えると、私は感動で胸がいっぱいになった。

「お嬢様。モールド伯爵領の兵は…最早、王国全土を征服出来る戦力にまで育ったかと」

私は手を頬に添えてロッゾに答える。

「うふふ。私を泣かせないで? ロッゾは冗談が得意ね。私が留守の間モールド伯爵領を魔物から守るのに、ようやく安心できる水準に達したくらいよ。でも、深部の魔物を相手にして騎士団に全く被害が出なくなるには、まだまだね」

モールド伯爵領の接する魔の森は、深く進めば進むほど、強力な魔物が出現する。
その強力な魔物は、時折モールド伯爵領へと出てくるのだ。
今の騎士団の実力でも対応は十分に可能だと思うけれど、きっと被害が皆無とはならないだろう。
私に課せられた義務は、こんな所では終わらないのだ。

「…お嬢様。深部の魔物がモールド伯爵領へと出てくる頻度は数十年に一度でございます」

「でも、私は騎士団のみんなに怪我もして欲しくないの。とても心配だわ。大丈夫。モールド伯爵領を離れてる間、私は片時だってトレーニングを考えなかった事はないわ。私、ケニー公爵領でとても大切な事に気づいたの」 

「お嬢様…それは…」

ゴクリとロッゾが唾を飲み込む音がする。
殊トレーニングの事となると、第二の扉を開き、飛び抜けた強者となったハズのロッゾの反応は、何故か落ち着かなくなるように見えるのだ。
トレーニングの更新は、いつもの事なのに。
ロッゾったら…そんなに嬉しいのかしら?

覚醒。

強さのその先の扉を開く事を私はそう名付けた。
そして、二つ目の扉を開けたとしても、まだ、次の扉はある。
私は、ケニー公爵領へ行き、扉以外にも強さの深淵を見つけた。
まだまだ強さの技術に終わりは見えない。

「名付けて

O N M I T U よ。

強さには深さもあれば、方向もある。これから必要になる『チカラ』よ。
詳細はここに書いておいたわ」

「おうふ…。新しいトレーニング。…素晴らしいお名前でございます。兵たちもさぞ喜ぶでしょう」

私が新しいトレーニングを書いた羊皮紙を渡すと、ロッゾは私に慇懃に礼をする。
ケニー公爵家で時折見た、気配を消すのが上手なチェルシー様付きの次女や執事の皆さんは、なんと、チェルシー様個人の部下として、武田信玄流の草の者として訓練を受けた人たちだった。
今回着いてきた侍女の皆さんは、皆がチェルシー様付きの個人的な部下で、チェルシー様と一緒に彼らの訓練をモールド伯爵領式トレーニングで請け負う代わりに、武田信玄流の草の者の訓練方法を教えてもらった。
教えて貰った草の者トレーニングを従来のトレーニングに組み込んだ物が、このO N M I T Uである。
モールド伯爵領式トレーニングは、元近衛兵最強の騎士直伝の秘密のトレーニングだと説明してある。

私は満足し、アーロン騎士団長とドーガ、バッシュの顔を見て微笑む。

みんな、喜んでくれるかしら。
きっと近いうちに、モールド伯爵領の近領から、全ての盗賊が消える事になるわ。
力なき人々を人知れず助けるなんて、騎士の誉れよね。

「早くARAGYOUを乗り越えたみんなの力量を試してみたいわ。今の調練のスケジュールはどうなっているのかしら。それと調練には、ケニー公爵令嬢の三女チェルシー様も参加します」

「まさか、ケニー公爵令嬢様が…。承知つかまつりました。スケジュールは後程お届けします」

「今日手合わせ出来るとしたら時間的に…一回だけね。どなたか相手してくれるかしら?」

ロッゾはちらりと三人に目配せする。
この後お客様の持て成しがあるので、ロッゾは除外されるのだ。

「お嬢様。三人がかりではダメでしょうか?」

アーロン騎士団長が胸を張って答える。
アーロン騎士団長の答えに、ドーガとバッシュは青くなって顔を見合わせる。

「うふふ。その考えはなかったわ。アーロン騎士団長。みんな私と手合わせしたくて他の人には譲れないのね。それは良いアイデアだわ。とても」

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