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1.練兵場は死屍累々。

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直径30mほどの柵で囲まれた練兵場に、屈強な男たちがうめき声を挙げながら、死屍累々と横たわる。

「いっそ殺してくれェ…」
「これ以上は無理だ、無理なんだ」
「お師匠様…、アンタァいつもやりすぎです」

見慣れた光景に、何故、皆はいつまで経ってもトレーニングに慣れないんだろうと私は疑問に思った。
負荷は増やしても、やってる自体は変わらないのに。

「まだまだやり方が悪いのかしら。覚醒人数も少ないままだし。このまま旅立つのは心配だわ」

「お嬢様。モールド伯爵家の兵は、数は少なくとも、もはや大陸最強の兵になったかと」

頬に手を添えて、嫌だわと言う私の心配に答えてくれたのは、私の生まれであるモールド伯爵家に仕えてくれている、執事のロッゾだ。
ロッゾは芯の通った背筋に、深い青色の髪をオールバックにした壮年の男性で、隙の見えない佇まいをしている。

「うふふ、ロッゾは冗談が得意ね。でも、このままじゃ、魔の森の魔物に素手で渡りあえもしないの。みんなが心配だわ」

モールド伯爵家は、王国内で類を見ない凶悪な魔物がひしめく魔の森と、他国との国境に面している。
時折領まで出てくる魔物の対応には、モールド伯爵家の騎士団が対応しているが、万が一魔の森深部の強力な魔物が出てくれば、その度に王国軍に協力を頼まなければならなかった。
しかし、王国軍が応援に来るまでの長い間、領内は魔物に荒らされ、領民は大変な目にあうのだ。
私は、もし魔の森深部の魔物が出てきても、うちの騎士団だけで対応出来るようにしておきたいのだ。
私が公爵領へと旅立つ、その前に。

「お嬢様…。魔の森の魔物に素手で渡りあう必要はないかと」

「でも単体ならともかく、深部の魔物が複数で来るかもしれないし…。騎士団はまだまだ実力が足らないように思うわ。私は明日には公爵領へ出るけれど、少し煮詰めたトレーニングを既に考えておいたの。今のトレーニングは、一つ目の扉を開け終えた人には、温めのトレーニングになってしまっているから…」

「お嬢様…それは…」

ゴクリとロッゾが唾を飲み込む音がする。
殊トレーニングの事となると、沈着冷静なロッゾの反応は、どこか落ち着きを無くすように見える。
私がトレーニングに手を加えるのは、いつもの事なのに。
…ロッゾったら、うちのトレーニングが強化されるのがそんなに嬉しいのかしら?
ロッゾは元騎士で、騎士を引退してからお父様の片腕として働いている50代の男性だ。
まだ騎士としての実力は維持していて、私の考えたトレーニングで一つ目の扉を開けている強者でもある。
覚醒。
強さの扉を開く事を、私はそう呼ぶ。
かつて私が見つけ、名付けた知識だ。

「名付けて

A R A G Y O U よ

これで、みんなは二つ目の扉を開けられると思うのだけれど。
詳細はここに書いておいたわ」

「新しいトレーニング、ARAGYOU、…素晴らしいお名前でございます。兵たちも喜ぶでしょう」

私が新しいトレーニングを書いた羊皮紙を手渡すと、ロッゾは慇懃に礼をする。
ロッゾの手が少し震えている? 気のせいかな?
本当は一つ目の扉の覚醒の条件を丹念に調べ上げるなど、まだまだやりたい事はあるのだけれど…。

「薬草園は完全に自立したわ。孤児の5人組は順調だし…、隊長クラスに覚醒した人が多いのは…、偏りに何か原因が…」

「お嬢様。旦那様から、調練が終わり次第、執務室に来て欲しいと、言伝てを授かっております」

ブツブツと思考に沈む私の意識を、ロッゾが呼び戻す。
いけない、いけない。
トレーニングの事になると、私はつい夢中になってしまう。

「私の留守中はアーロン騎士団長と、ロッゾ、あなたが頼りよ。どうか皆を導いて」

騎士団全員を一度に調練すると、治安維持をするための人が足らなくなってしまう。
そのため今日はアーロン騎士団長は練兵場には居ないが、アーロン騎士団長の強さはモールド騎士団中トップであり、どんな時でも頼りになる人だ。
私がモールド伯爵領を留守をするといっても、私が手ずから育て上げ、トレーニングを一緒に考えてくれた孤児たちもいる。
本当の所を言えば、魔の森深部の魔物は、人里に滅多に姿を表さないし、私の心配のし過ぎなのだろうけれど。

「承知つかまつりました。アーロンもさぞかし喜ぶかと…」

「そう思って貰えると私も嬉しいわ」

トレーニングって、考えるのも、こなすのも楽しいんだもの。
みんなも同じようトレーニングを楽しみに思ってくれるわよね。
さらに言えば、この武力が支配する世界で、強くなる事はとても良いことなのだ。
私はにこりとロッゾに微笑みかけると、執務室へと向かうために練兵場を後にした。

    
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