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スズメバチを擬人化してみた(2)

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 血染めのベビードールを着た、幼子たちの死体の肉が削がれていく。天使のように愛らしいミツバチの姫君たちと、女兵の種族のオスより可憐なミツバチの美少年たちも積まれている死体の一部になっていた。ふわふわの金髪には血が絡まり、雪白の肌は赤黒く汚れている。
 壁に並ぶサナギは無残に切り裂かれ、形成途中の翅を持った眠っている少女が引きずり出された。そして、翳されるナイフ。
 辺りに散乱しているミツバチの兵の死体は、何人か乳房を雑に削り取られていて、肋骨を露出していた。
 これら削いだ肉はこねられて、全部肉団子にされる。
 突如、響く泣き声。まだ壊されていないサナギに寄りかかり、スピアを向けられて震えている幼子がいた。スピアは狙いを定めているだけで、刺そうとする気配はない。あまり大量に死体を出すと、肉団子に加工しきれず腐敗してしまうため後で絞めるのだ。
 ……ある程度の肉団子が出来あがると、女兵を数人城に残して、女兵たちは収獲を持ち飛び立った。羽ばたく女兵たちの下、地の屍の山にはアリが群がり、血の河川は土に吸収されつつある。
 両手に肉団子を抱えて飛んでいる女兵たちのなかに一人、片手にしか肉を携えていない女兵がいた。その女兵のもう片手は、何やらプラプラ揺れている物で塞がっている。
 鷲掴まれ、乱れた縦ロールの下、死を受容した穏やかな表情を浮かべている女王の首が揺れていた。

 ミツバチの城を乗っ取った証しを自分たちの女王に差し出してから、女兵たちは皆の世話をする。オスは泣いて感謝しながら、姫君はいつも以上の食事に満足して労いの言葉をかけながら、女兵と口づけを交わす。それから、女兵たちは増員してからすぐ城を出て、再びミツバチの城へと向かった。どんどん肉団子を運んでいかなければならない。
 女兵たちが城と城を行き来して、地のミツバチたちの屍がアリにすっかり食い尽くされただの骨と化した頃には、サナギの中身と幼子たちはすべて肉団子になっていた。最後の肉団子を持ち、女兵全員がミツバチの城から去る。後はもう、腐っていくだけのミツバチの残りカスを残して。

 十分肉を食べてから間もなく、姫君は自室で綿に包まり、サナギ化した。オスとサナギ化を控えていた女兵も包まれていく。
 皆が羽化するまでの数十日間、女王は急速にやつれた。切れ長の目尻には皺が刻まれ、黒髪の艶はなくなり、美貌は衰える。寿命が近いのだ。
(せめて、娘の晴れ姿を見たいものだ……)
 幼子の女兵の唇を弱々しく吸いながら、玉座の上で女王は願う。幼子は眉を微かに顰めて、悟られぬ程度に嫌がる様子を見せた。女王は、香りも薄くなっていた。
 そして、羽化の日。姫君のサナギの前で、女兵たちと幼子が一人待機している。しばらくすると、内側から白い手が綿を突き破った。手は上下左右に動き、破った穴を広げていく。穴から甘い匂いが漂ってきた。
 人一人通れるくらい綿が破れると姫君が--いや、女王が--長い艶々の黒髪をばらつかせながら、倒れるように出てきた。百九十はある裸身を女兵が慌てて受け止める。……あっという間に室内を満たすほどの、甘ったるくも何処か妖しさを含んだ香りに女兵たちは頭がぽうっとした。
「……喉が、渇いた」
 まだ意識のはっきりしない女王の掠れた声に、栄養液を与える役目の幼子がはっと我に返り、駆け寄る。唇を合わせると、女王は激しく貪った。幼子は恍惚のあまり、倒れそうになるのを必死に耐えた。食事を終えてから、女兵たちが女王に用意していた衣服を着せる。
 豊満な乳房をエナメルのブラで支え、美脚をタイツで包み、ショートパンツを穿かせた。背中の畳まれている翅を十分伸ばしてから、女兵たちを伴い女王は部屋を出ていく。向かうのは、旧女王の許。
 女兵たちが扉を開く。女王が一歩、室内に入ると玉座の上で咳き込んでいた旧女王が顔を上げる。頬は痩け、張りのあった乳房はだらしなく垂れて、いくら栄養液を吸っても痩せゆく体は薄ら肋骨が浮いて見えた。髪には白髪が交じっている。
「母上」
 この日まで何とか耐えてきた旧女王は、娘の羽化した姿を一目見て微笑むと、体から完全に力が抜けた。事切れた旧女王を見て、女王は悲しげに目を閉じる。だがそれは一瞬のことで、すぐに瞼を上げた。
「早急に死体を片付けろ! 本日より玉座は余の席だ」
「……はっ」
 女兵たちの手によって、玉座から旧女王の死体が引きずり下ろされる。部屋の外へ運ばれていくと、女王は玉座に脚を組んで腰かけた。妖艶な美貌はじっと前を見据えている。

 それから、風のない晴天の日を待った。女王は幼子から世話を受け、女兵は天候を確認しつついつも通り働く。すでに羽化したオスたちは大人しく待機していた。
 そんな風に日々を過ごし、ついに絶好の交尾日和。城の底、タイツとショートパンツを穿いた上半身裸の美青年たちが、首輪を外され女兵たちの導きで集まっていた。全員緊張した面持ちで女王を待っている。
 やがて、片手にスピアを携えた女王が髪を揺らしながら、女兵に連れられやってきた。美しさと、何より溢れんばかりの服従フェロモンの香りに、きりりと引き締まっていたオスたちの気持ちは決壊し、感動のあまり膝をついて皆が泣き出した。
 泣き声が響く空間を、スピアの柄で強く床を叩く音と女王の凛々しい声が引き裂く。
「余はこれから飛び立つ! 余と結婚したければ追いかけてこい!」
 女王が城の出入り口である穴の縁に立ち、何の迷いもなく下りた。オスたちは泣くのを止めて、我先にと穴へ突っ込んでいった。交わりの儀式の始まりである。女兵たちは敬礼で見送った。
 樹洞から翅を広げ、女王は力強く飛んでいく。オスたちはうまく飛行出来ず、あっという間に小さくなっていく女王の姿を、気持ちとは裏腹にフラフラしながら情けなく追いかけていった。上空ではトリが旋回している。
 女兵たちは長いこと、敬礼の姿勢を維持したままだった。胸中では交尾の成功と女王の無事、そして一族の永劫の存続をひたすら願う。
 ようやく片手を下ろし、女兵たちは顔を見合わせ、微笑み合った。もう自分たちしか残っていない城、後はそう長くない余生を過ごすだけだった。
 突然、城の中に煙が入ってきた。

 結婚式までの道のりは命がけだ。巨大な翼と体を持ったハーピーのかぎ爪に、オスたちはほとんど捕らわれていった。一人、トリの猛攻を命からがら躱し、何とか慣れてきた飛行で慌ててその場を離れる。
 慌てていたから、木々の間に張られている白く、細い糸に気づかなかった。恐慌を起こし、どんなに暴れても、背丈は伸びたが女兵ほどの筋肉がないオスは体に絡まった糸から脱することが出来ない。
 濡れているような質感の、黒いラテックスのタイツを穿いた八本の脚がオスに近づいてきた。

 弱い者の種はいらない。そして、弱い女王が城を建てることは出来ない。この儀式の厳しさは女王にも課せられていた。敵を躱し、討てる奴は討って進み、適当な植物の葉の上に下り立つ。此処を結婚式場に決めた。
 これから女王は交尾をし、種をたっぷり腹に蓄え、安全な所を探して冬眠した後、一人で城を建設しなければならない。そして沢山出産して、血を引き継ぐ。
(早く来い……!)
 女王は手の平に爪が食い込むほど強く拳を握って、オスを待った。やがて、木深い空間から一人のオスが女王の香りを辿ってやってくる。女王が声をかけずとも、女王の姿を認めるとすぐに目の前に下り立った。
「女王様……」
 オスは女王と番いになれるという感動を噛み締める暇も、よろしくお願い致しますと礼をする暇もなかった。スピアを置いて、すぐさまパンツとタイツを脱ぎ、少し太い漆黒の陰毛が茂った丘を晒す女王に目が釘付けになってしまう。
「種を捧げよ」
 仰向けに寝て脚を開き、妖艶な容貌とは相反する処女色の性器を露わにした。女王の香りは、股間が特に強い。オスは下半身に着けているものを脱ぐと、礼節を忘れ、女王に覆い被さった。
 すでに勃起している陰茎を挿されると、破瓜の激痛に女王の顔は一瞬歪んだ。けれども、狭い膣で血を流しながら獰猛にオスを締めつける。気持ちよさに喘ぎ、自分の種を繁栄に使って頂ける光栄に泣きながら、オスは無我夢中で腰を振る。香りが媚薬のような効果を発するのも相俟って、恐ろしいほどの快楽だった。
 この快楽は種だけではなく、命まで取ってしまう。か弱いオスは射精したら、腹上死する運命にあった。……不意に、少し離れた所から草木がガサガサと音を立てる。
 女王は不審に感じたが、命ごと種を捧げようとしているオスは音など気づかない。「それ」はうろうろしつつも、近づいてくる。
 それが女王とオスの番いに影を落とした瞬間、女王は叫んだ。
「バカッ! 離れろ!」
 死を恐れず、役目を果たそうと--あるいは単に気持ちよすぎて--必死なオスは、女王の腰を強く掴んで離さなかった。溝が並ぶ、ゴム質の面が迫る。
 女王とオスは繋がったまま、軽く蹴られて葉から落とされると、潰された。長靴を履いた足は念入りに、ポイ捨てした煙草を踏んですり潰すような動作をした。
 また、草木がガサガサと音を立てる。
「おぅい、ハチの巣燻し終わったべ」
「こっちは女王バチ見っけた。これで安心だべ」
「巣の中のハチの子は甘露煮、ハチはカラアゲにでもするべ」
 これも、自然界だ。
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