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スズメバチを擬人化してみた(1)

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 樹木の洞、ひっそりと黄金色の城が建っていた。
 城の底、ぽっかり開いている口から出てくる者が一人。樹洞から羽音を響かせながら飛び出してきたその姿は、アマゾネスを思わせるような女性だった。百八十はある背丈に、黒のエナメルのブラジャーしか上半身に着けていないために誇示できる割れた腹筋。ブラと同じく黒エナメルのショートパンツを穿き、黄と黒の縞模様のタイツを纏った脚は脂肪ではなく、筋肉で太いのだということがわかる形をしていた。
 茶色の翅を羽ばたかせ、オレンジに近い金髪をベリーショートに整えた頭に生えている触角を小刻みに震わせながら、鬱蒼としているなか凛々しい顔を険しくして飛んでいる。……突然、空中で止まると木の根元を睨んだ。
 土中から突き出ている根を這っている、四肢のない太った男がいた。「イモムシ」と認識した女兵の行動は素早い。革のグローブを嵌めた手に握っていたスピアを構え、イモムシの背中を狙って急降下する。愚鈍なイモムシは、皮膚すれすれまで太い針が迫っても気づかなかった。
 スピアの針は皮膚のコラーゲン繊維を切断し、刺さっていく。背骨を貫き、大動脈を傷つけ、さらに駄目押し、スピアに内蔵されている様々な毒物質の混ざった、巨人でさえ屠れる毒のカクテルを注入する。イモムシは悲鳴を上げることなく、ただ小さく呻き、そして絶命した。
 イモムシの後頭部をブーツのピンヒールで踏んづけ、スピアを抜く。蓋をなくした傷口からは血が湧いた。イモムシの体を蹴って転がし、触って肉質を調べてから腰のベルトに下げているナイフを取り出す。質のよさそうだった胸と腹の肉を削ぎ、こねて肉団子を作った。
 収獲を持って、帰路に就く。途中、新鮮な肉を手にしているのにも拘わらず、樹液を吸ってエネルギーを摂取した。城のある樹洞からは、背丈にやや差異はあれど次々と女兵と同じ容姿をした兵が現れる。そのうちの一人と薄い唇を合わせて、口内に残しておいた樹液を分け与えた。
 黄金色の城に帰る。壁に真綿のようなサナギがいくつか張りついている廊下を、忙しそうに動き回る女兵たちと擦れ違いながら進んだ。向かうのは、姫君の部屋。
「失礼致します。お食事をお持ちしました」
「……ご苦労様」
 片膝をつき恭しく礼をしてから、テーブルの上の皿に肉団子を載せる。開けた部屋で椅子に座り、華奢な脚をプラプラさせている姫君はまだ翅もなく、幼い。クリーム色のドロワーズを穿き同色のベビードールを着て、女兵たちとは違って髪は黒く、柳腰に届くまで伸ばしていた。
 フォークとナイフで肉団子を切り分け、羽化する前で顎の力が弱い姫君の代わりに女兵が肉を噛む。そして口移しで姫君に食事をさせた。姫君の唇は柔らかく弾力があって、肌は独特の甘ったるい香りを発しており女兵の鼻腔を擽る。他の女兵や、オスからは得られない気持ちよさだ。肉団子がなくなると口を離し、姫君が女兵の唇を最後に一舐めする。女兵は礼をして、去っていった。

 孵化してから、適当に分配される肉のなかで一人、偶然にも質のよいものを口にしてきた姫君は育つと女兵たちとは違う容姿と、香りを持った。それから姫君扱いされるようになり、よい肉は姫君に与えられた。
 後々、一族を引き継ぐという重大な役目がある姫君の体は大切にされ、羽化しても勿論女兵のように働くことはない。
 そして、働かぬ者はあともう一団。オスである。
 女兵たちはしばらく狩りを続けたが、姫君へ献上する分を最優先したら他の者には十分行き渡らない量しか肉が取れなかった。
 女兵の一人が世話をするためにオスの部屋へ向かう。しかし、その手に肉は携えられていない。
 オスの部屋の広さは姫君の部屋と同じくらいだが、何十人といるせいで狭く感じる。全員首には革の首輪を着けて、首輪からは鎖が伸び、それは壁に繋がっていた。オスの肢体は華奢な姫君より細く、脆弱。ドロワーズ一枚だけを穿いて、露わの上半身は薄ら浮き出ている肋骨とへこんだ腹部がなんとも痛々しい。
 羽化すれば背丈だけは女兵の小柄な者を越えるが--しかし、百八十を越えるオスはいない--女兵ほどの筋力がなく、狩りができなければスピアも扱えない。故に働けないのである。
 女兵が俯いているオス一人一人の少女と見紛いそうな顔を柔らかな金髪を掴んで上げさせ、健康状態をチェックしていく。一人、頬の痩けた、切れ切れの呼吸をしている今にも死にそうなオスがいた。唐突に、女兵がナイフでそのオスの胸を刺す。刃は肋骨の間を通って心臓を突き抜き、オスはわずかに痙攣してから息絶えた。ナイフを抜き、首輪を外して死体を横たえさせ、女兵がオスを解体しはじめる。
 周りのオスは視線にやや哀れみを込めつつ、大人しく様子を傍観していた。……殺したオスの肉を含み、咀嚼してから女兵はオスたちを巡り、食事をさせた。皆、弱々しく女兵の口を吸う。
(まだ、死んではいけないッ……!)
 数人、弱々しくも必死に女兵と接吻して、唾液と血で糸を引く兄弟の肉を受け取るオスがいた。食事しながらドロワーズの中、幼いペニスを硬くしている。女兵に興奮している訳ではない。まだ見ぬ姫君を思っているのだ。
 メスより弱いオスの唯一の役目は、姫君に種を捧げること。自然界が与えた感情なのか、あるいは離れていても姫君の蠱惑的な香りを嗅ぎ取れるのか、オスは姫君のことを思うと恋患いしている乙女のように胸が苦しく切なく、そして股間は熱くなる。姫君と番いになるためには生き抜き、交わる前に行う厳しい儀式も乗り越えなければならない。姫君に対する熱情が、オスたちの生きる気力であった。
 肉を噛み、オスたちを巡る。それを何回か繰り返し、ほとんど骨になったオスを担いで女兵は部屋を出ていった。骨を城の真下に捨ててから、女兵は思案する。--これ以上、オスが減るのはまずい、と。
 オスは女王が、未受精でもいくらでも産める。が、姫君の羽化はもうそんなに遠くない。大人になったら、交わりの儀式などすぐだ。
 今度は城の一番奥、女王の部屋へと女兵は歩みを進めた。重厚な両開きの扉を開くと、女王は玉座に座し、一見だけすると少年と勘違いしそうな少女--羽化する前の女兵である--を膝に乗せて、接吻を交わしている。
 室内に飽和している女王の強烈な香りに女兵はクラクラしつつ、姫君に対するのと同じ礼をした。
「お食事中、失礼致します」
「何用だ」
 女王は少女から口を離し、女兵に切れ長の目とすっと通った鼻梁と、小さくも厚い唇を有した妖艶な顔を向ける。幼くしたら丁度姫君の顔だ。……口を半開きにして、頬を薄ら桜色に染め、夢でも見ているように目をとろんとさせた少女をそっと膝から下ろす。羽化直前の子供は唾液腺から栄養液を分泌することが出来る。女王はこれを吸っていたのだ。
「食料が足りていません。姫君は羽化を控えていてより良質な栄養が必要ですし、後の儀式に使うオスは減り続ける一方です。ご指示を頂ければと存じます」
 女兵が返答を待っている間、女王は腕を組み、視線を下に向けて思案している様子を見せる。
 そして、ブラのなかで窮屈そうにしている豊満な乳房と、腿に触れるほど長い黒髪を揺らして女王は立ち上がった。背丈は百九十はあったが女兵のように筋骨隆々とはしておらず、女性的な曲線のある優美な体だった。
 女兵を指差し、女王は命じる。
「隊を組み、強襲できそうな城を探せ!」

 女兵は数十人で組み、明朝出発した。日々狩りに出ているとはいえ、長時間外を探索するのは危険な行為だ。外は獲物だけではなく、天敵もいる。
 二本の大鎌を持つカマキリを、女兵に一人殉職者を出しつつ斃す。体を分断された女兵はもう女王と姫君の香りを嗅げないことを惜しみつつ、一族の繁栄と永劫の存続を祈りながら死んでいった。上空から襲撃してくるトリを、女兵が二人さらわれつつも何とか躱し、逃げ切る。……しかし、この日収穫はなかった。
 それから二日間、犠牲が増えると女兵を補充しに一旦帰りながらも、探索は続いた。そして、ついに発見した。木の葉陰に目立たぬように建っている城を。
 女兵たちは鳴りを潜めて様子を見守った。やがて城から一人の少女が小さな壷を抱えて翅を羽ばたかせ、姿を現す。
 細い首に黄色いファーのマフラーを巻いている以外は女兵と同じ服装で、女兵のスピアとは比べ物にならないくらい弱々しい得物だが、腰にアイスピックに似た武器を下げているところから彼女も兵なのだろう。けれども、アマゾネスのような女兵と比べたら、彼女はただの可憐な少女だった。
 ふんわりとした金髪を三つ編みにして、大きな垂れ目が印象的な甘い雰囲気の顔立ち。小柄で華奢で、柔らかそうな肢体。女兵たちにとって格好の獲物、「ミツバチ」の特徴だ。
 それを認識した瞬間、女兵の一人がミツバチ目がけて弾丸のように飛び出していった。ミツバチとて兵だ。はっと恐慌しつつも壷を落とし、武器に手をかける動作はした。だが、所詮ミツバチは蜜を集めるくらいしか能はない。そこは迎撃ではなく、回避行動を取るべきだった。
「きゃあああっ!」
 アイスピックを女兵に向けるのは間に合わず--間に合ったところで、簡単に弾かれただろうが--ブラのカップを繋ぐ部分を断ち切り、露わになった小ぶりの乳房の間を刺し貫いているスピアをミツバチは目を見開き、凝視した。スピアの針は肋骨を突っ切り、大動脈を裂いて、背骨に届いていた。
 悲鳴を聞き、異変に気づいたミツバチたちが城から次々と出てくる。女兵はとどめに毒を注入するのを止めて、ミツバチの体を蹴り飛ばしてスピアを抜き、ミツバチの群れに向かっていった。他の女兵たちもそれに続く。……刺されたミツバチは力なく地へ落下していった。
 仰向けに倒れたミツバチは、なかなか死ぬことが出来なかった。胸に空いた穴からは心臓の拍動に合わせてどくどくと血が溢れ、白い柔肌を赤く濡らしている。可愛らしい顔は急速に青ざめ、苦痛に呻きながら無意識に血の噴水を手で押さえた。しかし少しすると呻きは激しい咳に変わり、胸に置いていた手を喉頸にやって掻きむしりはじめる。胸腔の出血が喉にきたのだ。
 足をばたつかせ、触角を震わせ、エナメルのパンツの中、失禁して縞模様のタイツを濡らす。失血ではなく窒息で絶命するまでの間、ミツバチは目に空中の交戦を映していた。
 いや、戦いというよりもはや一方的な殺戮だった。スピアで眼球ごと脳を穿たれたミツバチ、毒が回りもがき苦しむミツバチ、スピアが急角度で下腹部に刺さり、子宮と陰部を針に突き通されてしまったミツバチ……続々と城から出てきては、続々と落ちていく。武力の差は凄まじく、たった数十人の女兵に対し、何百人といるミツバチがまるで歯が立たなかった。
 それでも、同胞の屍の山が築かれ血の河川が流れているなか、ミツバチは健気に立ち向かい続ける。か弱くも、命を賭して女王を守らなければならないという使命感から特攻していった。

 女兵たちがやや疲弊してきたころ、ミツバチの軍はだいぶ荒らされていた。行く手を阻もうとするミツバチをちぎっては投げ、ついに城へ突入する。……色とりどりの花が飾ってある女王の間(ま)、金糸のようなきらびやかな髪を縦ロールにしてティアラを頭に戴いた、ミツバチの兵を少し大人っぽくしたような顔立ちの女性が玉座に静かに座していた。兵を従わせる、砂糖に似た甘い香りで部屋は満ちている。
 ミツバチは女王候補である姫君を複数人、発育させる。そして先にサナギから出てきた姫君は、他の姫君のサナギを壊し、未完成の体を引きずり出して殺す。二人同時にサナギから出てきた場合は、どちらかが死ぬまで戦う。……そんな厳しい儀式を乗り越えてきた女王の覚悟は、もう決まっていた。
 女兵たちの種族に見つかれば、小部隊でミツバチの城は陥落させられる。これも自然界の厳しい定め。
 廊下から響く断末魔と足音が、うるさくなってきた。女王はそっと瞼を下ろす。
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