鳴成准教授は新しいアシスタントを採用しました。実は甘やかし尽くし攻めの御曹司でした。

卯藤ローレン

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二章

02. 再会。そして、予期せず過去の扉が開く①

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 4月下旬の火曜日のそのとき、2限の授業を終えた鳴成と月落は、研究室に戻ってきた直後だった。
 ノートパソコンやブリーフケースを中央のテーブルに置くと同時に、勝手知ったる勢いでドアの電子ロックが開錠される音が響いた。

「ハロ~!鳴成君と月落君!」
「今日も今日とていきなりお邪魔しますー!」

 昨年11月下旬に月落が初対面を果たした騒がしい二人組が、あの時と全く同じ様子で部屋に入ってくる。
 この突撃には慣れている鳴成が、今回も一切驚いた顔をせず迎え入れた。

「ご無沙汰しています、鱧屋教授、清木さん」
「あけおめあけおめ~!忘年会以来だから、5か月ぶりだね。元気にしてた?」

 赤地に宇宙飛行士柄がプリントされた派手シャツを着る陽気なこの男は、鱧屋勇人、理工学部の教授である。

「ええ、変わりなく過ごしています」
「僕も新年のご挨拶を遅ればせながらさせていただきます。明けましておめでとうございます。今年もうるさいハハ先生を、よろしくお願いしますー!」
「潮音君ひどいな~!でも、本当のことだから怒れないな~!」

 柄シャツと並んで立っている小動物は清木潮音、鱧屋の研究室に所属する博士課程の大学院生でTAだ。
 相変わらずの漫才仕立てに、月落は唇の端を若干上げた。

「月落君も元気だったかな?」
「はい。鱧屋教授もお元気そうで何よりです」
「元気元気!受験期間中は流石に気絶しそうになったけど」
「理系は論述問題が多いですから、採点も大変な作業ですね」
「鳴成君、そうなんだよ~!記述は部分点の付け方にブレがでるといけないからね。まずは採点基準の全体協議から始まって、大問ごとにチーム分け、そのチーム内でトリプルチェックまでするから時間も労力も凄まじく消費するんだよね~!」
「後期の成績考査もありますし、魔力値桁違いのラスボスを倒しに行くみたいな感じですー!今年も無事に倒せて良かったです」
「魔改造のハイポーションを手に入れておいて本当によかったね、潮音君~!」
「ですね!味は地獄でしたけど、効果は抜群でした」

 2月中の忙殺期間を思い出してか、がっくりと項垂れる鱧屋と清木から聞き慣れない単語が飛び出す。

「ハイポーションですか?」
「そうです、月落さん。確か、文系では『ゾンビカスタネット』と名付けられてる光景が理系キャンパスでも数多く見られるんですが、今年は生協がカフェイン量最大のエナジードリンクを販売してくれたんですー!それを隣の研究室の魔導師が合法魔改造で進化させたものを各方面に配ってくれたので、なんとかあの期間を切り抜けられましたー!」
「カフェインの摂りすぎで逆に死の淵に立った気はしないでもないけどね~!」
「それは身体にとても悪そうです。2月は理系の皆さんにとって、文字通り死活問題の時期だと理解しました」
「文系キャンパス内でもゾンビの方々を沢山見かけましたが、理系はその比じゃなさそうですね……ご無事で何よりです」

 予想はしていたが、想像以上の壮絶さに鳴成も月落も顔を歪める。
 ハワイのような陽気な二人が、戦い抜いて生還した勇者に見えてしまうから不思議だ。

「無事無事~!普段は健康に気を遣ってるから、風邪とか体調不良とかとは完全無縁の世界で生きてるしね。やっぱり発酵食品で勤しむ腸活は、正しい黒魔術並みに効果があるってすごく実感してるよ」
「何言ってるか分からないと思うので全然気に留めていただかなくて大丈夫ですー!ハハ先生、最近めっきり健康志向で手当たり次第に試してるだけで、一瞬のブームはすぐ過ぎ去ると思いますので」
「いやでも、腸活始めて調子が良くなったのは事実で、」
「鳴成准教授と月落さんはハハ先生の健康状況には絶対にご興味ないでしょうから、その話は禁止って僕と約束したの、まさか忘れちゃったんですか?」
「あ、そうだった。ごめん~!」

 椅子を進めていいのか、このまま立ち話で終わるのかが分からずずっと立ちっぱなしだった異様な空間に、一時の静寂が訪れる。
 その隙を逃さなかった月落が目の前の漫才師コンビに席を勧めるが、手の平で断られる。

「鳴成君と月落君は、もうお昼ごはん食べた?」
「いいえ、これからですが」
「じゃ、ちょうど良かった。僕たち他校でオープンセミナーに参加した帰りなんだけど、一緒にどお?」
「僕たちこっちのキャンパスの食堂目当てで来たんですー!鳴成准教授と月落さんは、いつもお昼は何を召し上がられてるんですか?」
「私たちも食堂に行こうとしていました」
「さらにちょうど良かった~!潮音君、じゃあ行こう!」
「今日はどんなメニューがあるか、楽しみですね!」

 そう言って、騒がしい教授とTAは我先にと研究室を後にする。

 ドアが閉まり、取り残された鳴成と月落は無言で顔を見合わせた。
 何も盗られていないのに、なぜか追い剥ぎにでもあったような気持ちになるのはどうしてだろう。
 物は盗られていなくても、テンションが吸い取られているからだろうか。

「……先生、行きましょうか?」
「そうですね。これは行かなきゃ駄目な状況ですね」
「ある種楽しみではあるんですが、あのお二人が揃うと中々にパンチがありますね」
「ええ、ご存じのように鱧屋先生とは時々食事に行きますが、単体だとそんなに破壊力はないんです。清木さんとは波長が合いすぎる傾向にあるようですね」
「仲良きことは、ですが、」

 続きの言葉を紡ごうとした月落を遮るかのように、ドアの電子ロックが再び唄う。

「早くおいで~!」

 白髪交じりの緩いパーマを覗かせた鱧屋に、鳴成と月落は苦笑いを浮かべて足早に続いた。




―――――――――――――――




「やっぱり文系キャンパスは食堂も広くていいね~!」

 キーマカレーと山菜うどんを頬張りながら、鱧屋が羨まし気な声を上げる。

「僕たちのキャンパスは学部数が少ないので、こんなに立派な学食もメニュー数もありませんもんね。トルコライス美味しいですー!」

 その隣の清木が小動物体型に似合った箸の進め方で、もぐもぐと咀嚼しながら応える。

「確か八王子には理工、スポーツ科学、環境デザインの3学部があるんですよね?」

 その対面に座る月落が、大盛の半熟デミグラスオムライスとミックスフライ、シーザーサラダを食べながら横に座る鳴成に質問した。

「そうです。生徒数はここの約半分なので、比例して学食も比較的コンパクトサイズだと聞いたことがあります」

 おろしハンバーグ定食の合間に切り干し大根の小鉢に手を伸ばす鳴成が、そう答えた。

「味はここに負けず劣らず美味しいんだけどね。如何せん人口が少ないから、バリエーションに限りがあるのが惜しいところなんだ~!あの1階のパン屋なんて夢のまた夢だよ~!」
「ハハ先生、僕あれ買って帰りたいです」
「そうしよそうしよ~!あの匂い嗅いじゃったら素通りなんて無理無理。何かおすすめはあるかな?」
「甘いものでしたらシナモンロールが」
「総菜パンなら照り焼きチキンドッグですね」

 尋ねた鱧屋に即答した鳴成と月落は、互いに顔を見合わせた。
 どちらも前期が始まった日、初めてベーカリーで昼食を買った際に互いに勧め合ったパンだ。
 気に入ってくれたことと、同じ思考回路であったことに嬉しさが隠せない。
 そんな二人を目の当たりにした鱧屋と清木は、まだ食べ終わっていないのに小さく『ご馳走様です』と冷めた表情で手を合わせた。

「パーテーションで区切っただけなの?なぜ?個室を用意してと依頼しなかったの?」
「申し訳ございません、春乃様。こちらはきちんと要求として提出してはいたんですが、大学側の配慮が足りなかったようです」

 超早食いの鱧屋がもうそろそろ食べ終わるというタイミングで、教員専用エリアの入口が俄かに騒がしくなった。
 聞こえてきた端々から鑑みるに、文句を言っている女性とそれを宥めている男女三名という図式だろう。
 個食の教職員もいるが複数人で食べているテーブルも多くあり、静粛という言葉は当てはまらない空間でもその一行は明らかに目立っている。
 女性の甲高い声が、キンキンと場を切り裂いているからである。

「せっかくこんな食堂でも使ってあげようって言ってるのに、最大限の努力をしないのは職務怠慢以外の何物でもないわ」
「ええ、ごもっともです。後ほど抗議しておきます」
「いいわ。どうせこんなところ、もう来ないでしょうし。義理で来てあげただけだから」

 騒音の原因に背を向けている鳴成と月落は一向に興味がないとでもいうように、注目の面々を垣間見ることさえしない。
 一方、入口側を向いていた鱧屋と清木はチラチラと気にしながら、女性ほか数名が横を通り過ぎてパーテーションの奥へと入るのを見送った。
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