鳴成准教授は新しいアシスタントを採用しました。実は甘やかし尽くし攻めの御曹司でした。

卯藤ローレン

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一章

10. 突然の来訪者、それは②

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 鳴成は聞きなれない単語に首を傾げる。
 え、その仕草がそんなに似合う40代は罪だ……と胸を押さえて倒れこんだ清木に構わず鱧屋は話を続ける。

「あれ、もしかして本人は何も言ってなかったかな?」
「ええ、全く。ご実家が商売をされているとは聞いてますが、その点にはあまり興味はなかったので」
「商売という一言で簡単に括れるほど小さな規模ではないですよね?ハハ先生」
「ないない。何たって、超が何個も付くほどの巨大グループ企業だからね~!てか、何を隠そうとしなくても日本一だからね~!」

 そこに、席を外していた月落が戻ってくる。
 大きなマグカップ1つと普通サイズのマグカップが3つ、ティーポットと小皿が乗ったトレイからはベリーの甘い香りが漂っている。

「お待たせしました」

 トレイをテーブルの中央に置いた月落は、フルーツティーを注いだマグカップと小皿を各人の前へと差し出す。

「ありがとうございます」
「ありがとう~!」
「ありがとうございます!」

 配り終えた月落が次に向かった先は、紅茶のパッケージがひしめくエリア。
 そこで、個包装になったナッツや焼き菓子の詰め合わせを手に取ると、鳴成の隣に着席した。
 紅茶を一口飲んで優雅に微笑む鳴成を満足そうに眺めてから、月落もマグカップに口をつける。

「う~ん!美味しいね~!月落君は天才だなぁ~!」
「本当に、すっごく良い香りで癒されますー!ケーキ屋さんで飲むちゃんとした紅茶と同じ味がしますー!」
「ありがとうございます。よろしければお菓子もどうぞ」

 そう言うと月落は、ナッツの袋を開封して鳴成の皿の上にのみ広げた。
 その姿にどこか腑に落ちない顔をしながら、鱧屋と清木も手を伸ばす。

「いま鱧屋先生に教えていただいたんですが、きみはTOGグループの御曹司なんですか?」

 月落の過保護に慣れている鳴成は、礼を言いながらそう尋ねた。

「はい、一応。御曹司と言われた経験が少ないのと変わり者集団な家系のせいで実感は薄いんですが、一族の一員ではあります。あれ、言ってませんでしたっけ?」
「ええ、聞いてませんでした。しかも鱧屋先生からかなりの大企業だと伺ったのですが……」
「そう、ですね……まぁ、そこそこには」
「月落君、そこそこっていうのは語弊がありすぎると思うな~!TOGと言えば、商社に海運、不動産、IT、保険、それに銀行も持ってるよね?」
「飲料メーカーとホテルもありませんでした?」
「あります。あと、物流にレジャーもですね」
「それは……本物の御曹司ですね。きみ、こんなところで働いていていいの?迷子になってる場合ではないのでは?」

 信じられないという顔でまじまじと見つめてくる鳴成の皿に今度はせっせと焼き菓子を並べながら、月落は何も問題ないと首を振る。
 その様子を眺めていた鱧屋と清木はチベットスナギツネもかくやという顔になるが、言葉には一切出さず見守る姿勢を貫く。

「家族には了承を得てますし、僕はこの仕事をとても気に入っているので先生は何もお気になさらず。もし僕の背後を気にして代わりを探そうとされるなら、大声で泣き叫んで暴れますので覚悟してください」
「あはは、それはそれで見てみたい気もしますが、きみを手放すことはないので安心してください。TOGグループがどれほど大きいのか把握していませんし、知ったところできっと理解できる範囲を超えていそうなので、きみが直接教えてくれる以上のことは調べないようにしようと思います」
「確かに集合体としては巨大ですが僕個人はただのか弱い迷える仔羊なので、先生は雇った責任できちんと守ってくださらなければ」
「ええ、承知しました」
「か弱い仔羊というよりは、馬力のありすぎる屈強な番犬って感じだけどね~!」
「え?」
「ハハ先生ー!それは言っちゃダメなやつですー!言い得て妙ですけど禁句ー!」

 はははははは、と大声でごまかし笑いをしながら鱧屋の口にナッツを詰め込みまくる清木を横目で見ながら、月落は何も分かっていなさそうな鳴成のマグカップに追加の紅茶を注ぐ。

「鱧屋教授と清木さんもおかわりいかがですか?」
「うん、気づいてたけど、月落君も僕のことをハハ先生とは呼んでくれない側の人間だね!寂しい!もっと交流を深めないとダメかな~!」
「おかわり頂きたいんですが、これから八王子の研究室に帰って、今日の講演会で持ち帰った質疑の整理をしなければならないんですー!」
「えええぇぇぇぇぇ……潮音君、今日はここでゆっくりしてから家に直帰っていう選択肢はないの?」
「ないです。今日の課題は今日片付ける、が僕のモットーなので」
「それは僕のモットーではないんだけどな~!TAがド真面目で困っちゃうな~!でもいつもお世話になってるから否やは言えないな~!」
「と言う訳で、鳴成准教授と月落さん、今日は突然お邪魔して申し訳ありませんでした。ご馳走様でした」

 立ち上がった清木に急かされて、フロランタンを口いっぱいに頬張っていた鱧屋も立ち上がる。
 柄シャツのおじさんと小動物の、デコボコだが同じテンションの名コンビ。
 登場も騒がしく退場も騒がしいことこの上ないが、嫌な気持ちには全くならない。
 月落が隣を見ると、鳴成も楽しそうに笑って見ていた。

「二人ともまたね~!鳴成君は今度の忘年会のお知らせすぐに送るから、確認よろしくね~!」
「はい、お待ちしてます」
「お気をつけて」

 名コンビを送り終えた途端に訪れた静寂。
 先ほど初対面した教授とTAの威力の強さを体感して、月落は笑いながら腕を天井に向けて伸びをした。
 どうにも自分たちの周りにはよく喋る人間が多いなと思ったりする。

「疲れました?」
「少しだけ。言葉の通り雨に降られた気がします。全然不快ではなかったですが」
「あはは、良い例えですね。あの二人がいらっしゃる時はなぜか篠井さんが不在の時が多くて、いつも私ひとりで応対してたんですが、今日はきみが一緒に濡れてくれて良かったです」
「え、拭きましょうか?」

 身長を活かして上から覗きこみながら、鳴成を確認する。
 目の前に近づいてきたその大きな身体を、鳴成は手の平でそっと押し返した。
 ヘーゼルの瞳を彩る睫毛が、微笑みと共に左右に動くのを確認した月落は、鳴成の対面の席へと座り直す。
 テーブルの端に追いやっていたパソコンとプリントを元の位置へと戻すと、鳴成との打ち合わせを再開した。









「ハハ先生。前任の篠井さんが退職されたのって、確か今年の夏でしたよね?」
「うん、そのはずだよ」
「てことは、あのお二人って出会ってまだ2か月くらいってことになりますよね?」
「うんうん」
「その割にはめちゃくちゃ息が合ってませんでした?月落さんの甲斐甲斐しさにびっくりしすぎて、僕フリーズしちゃいましたー!」
「僕もだよ~!鳴成君は鳴成君で何の疑問もなく受け入れてるから、あれが普段の姿なんだろうね~!」
「目の前の光景が美しすぎて絵画かと思っちゃいました。お似合いで何よりですねー!」
「今度会った時に根掘り葉掘り聞いてみなくちゃね~!」
「ハハ先生、あれは研究対象ではないので、ほどほどにしてくださいね」
「理系の血が騒ぐな~!」
「理系全然関係ないなー!」
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