鳴成准教授は新しいアシスタントを採用しました。実は甘やかし尽くし攻めの御曹司でした。

卯藤ローレン

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一章

10. 突然の来訪者、それは①

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「ハロ~!鳴成君~!」

 秋も深まる11月下旬。
 逢宮大学外国語学部の鳴成秋史准教授が使う研究室の電子ロックは、勝手知ったるという様子で開けられた。
 颯爽と入ったきた人物は、大きな声でそう挨拶をする。

「鱧屋教授、ようこそ」

 火曜日の夕方、月落と向かい合って資料作りをしていた鳴成は、特段驚いた顔もせずに立ち上がった。

「嫌だな~ハハ先生だよ、鳴成君。何年もそう言ってるのに一向に呼んでくれないのは僕のことが嫌いなのかな?え、もしかして嫌いなのかな?」
「いいえ、そんな気持ちは全くありません」
「じゃあ好きなのかな?気になるな、美人の鳴成君は僕のことが好きかな?」

 白髪交じりの緩いパーマに黒縁眼鏡、派手な柄シャツにジャケットを羽織る男性は捲し立てるように鳴成に詰め寄る。
 教授と呼ばれていたことから怪しい人物ではないと判断できるが、見た目があまりにも怪しいし何なら言動も極めて怪しい。
 警戒した月落が鳴成と男性の間に大きな身体を捻じ込ませようかと考えていると、男性の背中から破裂音が響いた。

「あいった~!」
「うるさいですよ、ハハ先生!鳴成准教授を困らせないって、僕とさっき約束したでしょう?何で3秒で忘れちゃうんですか!鶏?鶏なの!?」

 男性の後ろから現れたのは、小柄で細身、薄茶のショートボブが似合う小動物だった。
 どうやら派手な装いの男性は、この小動物に叩かれたらしい。
 あまりにもキャラの濃い二人組の登場に月落がしばし固まっていると、鳴成が助け舟を出す。

「月落くん、ご紹介します。こちら理工学部の鱧屋勇人はもやはやと教授です。お隣が鱧屋教授のTAの清木潮音きよきしおねさんです。鱧屋先生、清木さん、こちらは私のTA兼秘書を務めてくださっている、月落渉さんです」
「鱧屋勇人です。名前の頭文字を取ってハハ先生って呼ばれるのが好きだから、月落君も気軽にそう呼んでくれると嬉しいな~!」
「清木です。初登場からうるさい教授で本当にすいません。口から産まれてきやがったような人なのでご迷惑でしょうが、温かい目で所々いい感じにシカトしていただけると、月落さんの精神衛生も保たれると思います。どうぞご了承お願いしますー!」
「潮音くん、君も結構喋りすぎだよ~?」
「賑やかでいいですね。月落です、よろしくお願いします」

 鱧屋は40代後半、清木は20代の見た目だが、どうやら似た者同士らしい。
 軽快なテンポでやり取りされていた会話が区切れたところで、鳴成が席を勧めた。
 鳴成と月落が隣合い、対面に鱧屋と清木が並んで座る。

「鱧屋教授と清木さんは何か飲まれますか?」
「月落さん、どうぞお構いなく。僕たちちょっと立ち寄っただけですぐ帰りますんで」
「いえ、ちょうど先生の飲み物もなくなる頃なので一緒にご用意しますね。紅茶以外にも、セントラルキッチンにお客様用の飲み物が沢山あるので、お好きなのお出しできると思います」
「あ~!セントラルキッチン羨ましいな~!理工学の研究棟は来年改修予定で今はゾンビが出そうなくらい古いから、設備も微妙なんだよな~!」
「外国語学部の研究棟は一昨年新しくしたんですもんね。全学部の中で一番最新式なの本当に羨ましいです。でもハハ先生、改修が終わればうちが最新になりますんで、今は我慢です!我慢!」
「そうだね、潮音君!苦しみを耐えた先に素晴らしい未来が待ってるんだよね~!」

 よく喋る教授とTAは一旦放っておいても心配ないと判断した月落は、立ち上がりながら鳴成を覗き込んだ。

「先生は次は何を飲まれますか?」
「うーん……鱧屋先生と清木さん、ストレートティーかミルクティー、もしくはフルーツティーでよければ、私と同じものを用意してもらいますが、どうですか?」
「鳴成君のところのお茶はどれも美味しいから正直どれも魅力的だな~!でもフルーツティーなんてお洒落なものは理系の研究室にはないから、気になるな~!」
「僕もフルーツティー気になりますー!お昼にハハ先生とラーメンを食べたので、さっぱりしたい気持ちです」
「では、月落くん、フレンチカンカンでお願いします」
「はい、承知しました」

 返答した月落が茶葉の入った赤い缶片手に部屋を出て行くと、鱧屋と清木が距離を詰めて鳴成の方へと身を乗り出した。

「鳴成君~!随分とハイスペックなTAを手に入れたじゃないか~!こっちのキャンパスにも噂の風がビュンビュン吹いてて、気になって見にきちゃったよ~!」
「鱧屋教授、今日はどういう理由でいらっしゃったのかと思いましたが、そんな目的だったんですか?」
「一応、学術講演会という大義名分はあるんだけどね~!あっちのキャンパスは小教室が多くて人数入らないから、今日はこっちの講堂でやってたんだよね。今はその帰り」
「講演会は完全に『ついで』ですね。鳴成准教授を訪問するついでに講演会に来たんです、ハハ先生」
「ちょっ潮音君、それは僕たちだけの秘密だって言ったじゃないか~!」

 しー!っと人差し指を口元に持っていきながら大きな声で笑うこの男、電気工学の世界では大変有名人なのだが一体誰が信じようか。
 中身と見た目が実に伴っていない。
 天才鬼才偉人変人のカタログが揃っている大学教員の中でも、群を抜いての変人である。

 だが生徒には大変人気があるのも事実で、この男の授業を受けたいからと逢宮大学の理工学部を志望する学生も多いと聞く。
 世界の大海原へ高く飛び立っていく卒業生の傍らで、鱧屋の元を頑として離れることなく研究を続けている者も一定数いるので、『ライトめな信仰』と揶揄されることもある。
 学生の数が減り続ける昨今の受験戦国時代。
 文系は鳴成、理系は鱧屋のおかげで逢宮大学の受験者数は確保できているというのが、大学関係者の総意である。

「それで、どうやったらあんなTAと出会えるのかな~?」
「特別なことは何も。前任の篠井さんが退職されたので後任を募集したら、面接に来てくれたんです」
「う~ん、運命の出会いっていうのはそういう何気ないところに転がってるもんだよね~!」
「運命というのは大げさな気もしますが……ネイティブレベルの英語話者でありながら気遣いも上手な彼に出会えたのは幸運でした」
「さっきの紅茶の会話もそうでしたけど、あれが増えてるのってもしかしてその気遣いの延長線ですか?」

 清木が後ろを向いて指さす先には、備え付けの壁に飾られた色とりどりの缶や箱。
 研究者の部屋というのは資料や本や得体の知れない何かで散らかるのが常だが、鳴成の部屋はいつでもすっきりと整頓されている。
 その中でも紅茶が並ぶ一角はさながらカフェのような趣で、この部屋を訪れるたびに清木は自分の担当教授の部屋との違いにひっそりとため息を吐いている。

「ええ、秘かに彼が買い足してくれているようです。私も知らない内に、とてもカラフルになっていました」
「何か、お菓子みたいなのも積んである気がするね~!前はあんなになかったよね?」
「いつの間にかティータイムにはお菓子が添えられるようになりました。きっと後で、紅茶と一緒に出してくれると思います」

 期待のこもった瞳で、パーマの教授と小動物のTAはうんうんと大きく頷く。

「TAとしても完璧で秘書としても完璧……ちなみに、篠井さんも英語が堪能でしたけど、月落さんはそれ以上なんですか?」
「ええ、私と同等ですね」
「ほぼイギリス人の先生と同レベルは凄いですね」
「それは棚から牡丹餅もいいとこだね~!しかも長身で体格も良くてイケメンでM7のビジネススクール出身、なおかつTOGグループの御曹司なんて、天は一体彼に何物を与えたんだろうね~!」
「TOGグループ?の御曹司?ですか?」
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