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グロウがラプンツェルと共に教会で暮らすようになって半年が過ぎ、いつものように朝食を作って尖塔への階段を上がると、ラプンツェルは窓から森を見つめていた。
「さぁ、朝食だ」
そう言ってトレーをテーブルに乗せると、グロウはラプンツェルの肩に僅かに手を置いた。
「ありがとう……でも、少し気分が悪いの」
「おやラプンツェル、風邪でも引いたのかね?」
心配するグロウを振り返らず、ラプンツェルは俯き、そして腹を擦って見せた。
「妊娠したのかも知れないわ」
その言葉にグロウは、血が逆流する程の怒りを覚えた。そして一体誰がラプンツェルに不貞を働いたのだと思った。
「何だと?ラプンツェル、私がおらぬ間に誰かをここへ上げたのか?」
怒りで声が震えている。
だがラプンツェルは黙ったままだった。
「答えぬか!ラプンツェル!」
グロウは裏切られたと思った。あれだけきつく、知らない者と口をきいたりしないよう言っておいたにも関わらず、ラプンツェルはその言いつけを破ったのだ。
「私を裏切ったな!」
怒りに任せてテーブルに乗せたトレーを凪ぎ払うと、グロウは凶悪な目でラプンツェルを睨んだ。
「裏切ったのではありません!貴方の嘘が悪いのよ!」
振り返ったラプンツェルは、反発的な目でグロウを見返してきた。それは初めてラプンツェルが見せる顔だった。
「私が嘘を?」
「世界は醜くて、悪意に満ちていると貴方は私に教えてくれたけど、悪意があるのは貴方よ!横恋慕して母を孕ませ、生まれた途端赤ん坊だった私を拐ってここに閉じ込めて……人との出会いを断ったわ」
涙を浮かべるラプンツェルを見つめながら、グロウは冷静さを取り戻すよう表情を無くした。
誰かがラプンツェルに吹き込んだのだろう。悪意を持って。それをこの純粋な娘は信じてしまった。
何と愚かな!
グロウは奥歯を噛み締めながらも、無表情を保っていた。
「あの人に出会わなければ、私は一生ここに幽閉されたままになるところだった……」
「あの人とは……誰かね?」
そう尋ねると、ラプンツェルはあの女の夫の名を口にした。そして付け加えるように呟いた。
「貴方を愛していたのに……」
何と愚かな娘だろうと哀れみながらも、ラプンツェルに真実を告げなかった事を悔いた。例え今から真実を告げたとしても、ラプンツェルは信じやしないだろう。
グロウは絶望にうちひしがれ、ラプンツェルに背を向けた。
また愛していた者に裏切られてしまった。
だがこの娘だけは、他の誰にも渡したくない。もし渡さなければならないと言うのなら、聖母マリアに還してやろう。
そう半ば諦めながら、グロウは遅すぎる真実の告白をする事にした。
「ラプンツェルよ……」
勇気と覚悟を持って振り返り、グロウはラプンツェルを慈しむように見つめた。だがラプンツェルはグロウから顔を背け、羨望の眼差しを窓の外へ向けた。
「よくお聞き、ラプンツェル。お前がその男に何を吹き込まれたか知らぬが、私はお前を愛しておるのだ。お前の母を孕ませた訳でもないのだよ。ただ……確かに私はお前の母に恋をした事はあった。だが神に誓おう、私は不貞を働いてはおらぬ」
信じて欲しいと願った。だがラプンツェルはグロウを睨んだ。
「嘘よ!そんなの信じないわ……何が神に誓おうよ、牧師でもないくせに!」
ラプンツェルの言葉はグロウの中の大切なものを切りつけ、そして壊した。それは心神深さであり、僅かに残っていたラプンツェルへの慈悲だった。
それらが決壊してしまった今、グロウは怒りと憎しみで体が熱くなった。
やはりこの世には何も信じられるものはない。そしてこのラプンツェルでさえ、やはりあの女の血を引く女なのだ。
「私の言葉は一切信じぬ、と言うのだな?」
静かに、囁くようにグロウは尋ねた。一瞬グロウを見遣ったラプンツェルだったが、小さな拳を握り唇を固く結ぶと、再び窓へ視線を戻した。
「信じられません」
「そう……か……」
そう言ったラプンツェルの中に迷いを見たグロウだったが、まだ無表情を保ち続けた。だが瞳だけは鋭い光りを放ち、ラプンツェルの横顔を見つめたまま部屋に鍵をかけて出た。
ラプンツェルが幼かった頃にかけていた鍵を、またこうしてかける事になろうとは、とグロウは階段を下りながら思った。幼かった時は危険がないようにと思ってかけていたが、今はそうではない。尖塔から、この教会から出て行こうとするラプンツェルを閉じ込める為だ。
グロウは朝の美しい陽光を見上げても、もう美しいと思わなかった。そして憎しみを込めた足で踏み出すと、森を抜けて石畳を渡り、女の家の扉を乱暴に叩いた。
「誰かおらんか!」
五回程叩いたぐらいに中から声がし、グロウは一歩下がった。
「何か用かしら?」
そう言って扉を開いたのは、ジェシカだった。大層迷惑そうな顔をしていたが、構わずグロウは怒りを爆発させた。
「お前の亭主が私の娘に不貞を働き妊娠した!しかも彼は私を人拐い呼ばわりし、あまつさえ君を孕ませたのだとラプンツェルに吹き込んだのだ!」
そう密告しても、女は驚きに眉さえ動かさなかった。そこでグロウは感じた。
夫にそのような嘘を吹き込み、そしてラプンツェルをたぶらかすように仕向けたのは、ジェシカなのではないかと。
「まさか……君が?」
「どうだっていいじゃない、そんな事。嘘を信じたあの子が悪い……いいえ、それだけではないわ。彼の子を妊娠したですって?」
ジェシカは言いながら怒りを徐々に露にすると、グロウを罵った。それだけならまだ良かったが、ラプンツェルまでこの女は罵った。
「何て不埒な娘なの?きっと彼を誘惑したのね!あぁ何て汚らわしいの?貴方も悪魔なら、育てた子もやっぱり悪魔ね!」
「許さん!よくもそのような口がきけたものだな?お前の不貞を黙っていてやったのに、酷い仕打ちだ!いいか、悪魔は君だ!君なのだ!地獄の炎に焼かれてしまうがいい!」
かっとなったグロウは、いつの間にか女の首をきつく絞めていた。そしてはっと我に返った時には、もう女は琴切れていた。
「おぉ!私は何て事を!」
慌てて女の細い首から手を放すと、その体は糸の切れた木偶人形のようにくにゃりとその場にへたり込んだ。
咄嗟に辺りを見回すが、早朝の為か人の気配はなかった。だが階段を下りてくる足音が聞こえると、グロウは女を放り出したまま逃げた。
私は間違ってなどいない!罪を犯したのはあの女の方だ、私は悪くない!
何度も言い聞かせるように呟き教会に飛び込むと、グロウは恐怖にがたがたと震えた。
「聖母マリアよ……私は悪くないのです、女が……あの女が悪いのです!あぁですがマリア、私はジェシカを殺してしまった!」
静かに佇む像は黙したまま、憂いの瞳をグロウに向けている。
「教えて下さい、私は間違っていたのですか?あの女は心に悪魔を飼っていたのです……」
そう言ってから、グロウは膝を折るようにして座り込み、必死に両手を組み合わせて祈った。
だがふと、グロウの脳裏に掠めるものがあった。
あの女は悪魔だ……魔女なのだ。私はそれを、退治してやったのだ。
そう思うと震えは止まり、グロウは救われた気持ちになった。
「聖母マリアよ……まだ魔女の手下がおります」
グロウは笑っていた。その内心は、自分を貶めようとし、またラプンツェルを謀った者への復讐に燃えていた。
きっと魔女を失った手下は復讐にくるだろう。その時こそ、私の復讐は終わるのだ。
「愛しいラプンツェル……私の為に泣いておくれ。そして以前のように私を愛しておくれ……」
そう呟きながら階段を尖塔へと上がり、鍵を外してから部屋へ入った。するとラプンツェルは、長い髪に櫛を通しているところだった。
「私をここから出してくれる気になったの?」
「いいや、出さぬ。その代わりに、お前に嘘を吹き込んだ男に会わせてやろう」
そう言ってグロウが窓から森を見下ろすと、夫が駆けてくるのが見えた。
「彼は嘘なんて言ってないわ。貴方が嘘を」
「ラプンツェル、何をもってして彼が嘘をついてないと判断するのだね?」
ゆっくりと振り返り、グロウはラプンツェルを見据えた。その後ろに、息を切らせナイフを持った男が立っている。
「よくも妻を殺したな!この悪魔めっ」
「何を言う……私は魔女を退治しただけだ。そして後はお前だけだ」
睨みあっていると、ラプンツェルが櫛を落とす音がした。
「ジョン、妻って……どう言う事なの?独身だって言ってたじゃない」
ジェシカの夫、ジョンは震える手でナイフを握りしめたまま、ラプンツェルを睨んみながら振り返った。
「それは……」
言い澱むジョンの代わりに、グロウは言ってやった。彼には妻がおり、ラプンツェルを騙していた事を。するとみるみるラプンツェルの顔色は悪くなり、やがて咽び泣き始めた。グロウはそれを見つめながら、ラプンツェルは悲しい思いをしたが、真実を知ったのだと感じた。
「あぁ……!許して……許して、お父さん!」
「泣くのはお止し、ラプンツェル。私はお前が真実を知ってくれただけで良いのだ」
そう言って柔らかな金髪を撫でてやりながら、グロウはジョンを冷めた目で見遣った。彼は顔面蒼白になり、唇を戦慄かせている。
「お前は大変罪深い事をしてしまった……マリアもお許しになるまい。だから私がお前を処罰してやろう」
ゆっくりとラプンツェルから手を放し、後ずさるジョンを回り込むように扉から距離を置かせると、グロウはリヤサの袂から木の実の皮を剥ぐ為のナイフを取り出した。
「や……止めろ、俺は妻に言われて仕方なくやったんだ!」
ナイフを振り回しながら、見苦しい言い訳をするジョンを窓辺へと追い詰めたグロウは、自身のナイフの切っ先を見つめ、そして首を振った。
「聖母マリアとラプンツェルに対する言い訳なら、地獄で貴様の妻と相談するがいい!」
ナイフを振り上げたが、ジョンは怯えたまま更に後退し、窓から落下した。そして長い悲鳴の後絶命した。グロウは遺体を見下ろすと、胸の前で十字を切った。
「悪魔にも聖母マリアの加護があらん事を……」
「さぁ、朝食だ」
そう言ってトレーをテーブルに乗せると、グロウはラプンツェルの肩に僅かに手を置いた。
「ありがとう……でも、少し気分が悪いの」
「おやラプンツェル、風邪でも引いたのかね?」
心配するグロウを振り返らず、ラプンツェルは俯き、そして腹を擦って見せた。
「妊娠したのかも知れないわ」
その言葉にグロウは、血が逆流する程の怒りを覚えた。そして一体誰がラプンツェルに不貞を働いたのだと思った。
「何だと?ラプンツェル、私がおらぬ間に誰かをここへ上げたのか?」
怒りで声が震えている。
だがラプンツェルは黙ったままだった。
「答えぬか!ラプンツェル!」
グロウは裏切られたと思った。あれだけきつく、知らない者と口をきいたりしないよう言っておいたにも関わらず、ラプンツェルはその言いつけを破ったのだ。
「私を裏切ったな!」
怒りに任せてテーブルに乗せたトレーを凪ぎ払うと、グロウは凶悪な目でラプンツェルを睨んだ。
「裏切ったのではありません!貴方の嘘が悪いのよ!」
振り返ったラプンツェルは、反発的な目でグロウを見返してきた。それは初めてラプンツェルが見せる顔だった。
「私が嘘を?」
「世界は醜くて、悪意に満ちていると貴方は私に教えてくれたけど、悪意があるのは貴方よ!横恋慕して母を孕ませ、生まれた途端赤ん坊だった私を拐ってここに閉じ込めて……人との出会いを断ったわ」
涙を浮かべるラプンツェルを見つめながら、グロウは冷静さを取り戻すよう表情を無くした。
誰かがラプンツェルに吹き込んだのだろう。悪意を持って。それをこの純粋な娘は信じてしまった。
何と愚かな!
グロウは奥歯を噛み締めながらも、無表情を保っていた。
「あの人に出会わなければ、私は一生ここに幽閉されたままになるところだった……」
「あの人とは……誰かね?」
そう尋ねると、ラプンツェルはあの女の夫の名を口にした。そして付け加えるように呟いた。
「貴方を愛していたのに……」
何と愚かな娘だろうと哀れみながらも、ラプンツェルに真実を告げなかった事を悔いた。例え今から真実を告げたとしても、ラプンツェルは信じやしないだろう。
グロウは絶望にうちひしがれ、ラプンツェルに背を向けた。
また愛していた者に裏切られてしまった。
だがこの娘だけは、他の誰にも渡したくない。もし渡さなければならないと言うのなら、聖母マリアに還してやろう。
そう半ば諦めながら、グロウは遅すぎる真実の告白をする事にした。
「ラプンツェルよ……」
勇気と覚悟を持って振り返り、グロウはラプンツェルを慈しむように見つめた。だがラプンツェルはグロウから顔を背け、羨望の眼差しを窓の外へ向けた。
「よくお聞き、ラプンツェル。お前がその男に何を吹き込まれたか知らぬが、私はお前を愛しておるのだ。お前の母を孕ませた訳でもないのだよ。ただ……確かに私はお前の母に恋をした事はあった。だが神に誓おう、私は不貞を働いてはおらぬ」
信じて欲しいと願った。だがラプンツェルはグロウを睨んだ。
「嘘よ!そんなの信じないわ……何が神に誓おうよ、牧師でもないくせに!」
ラプンツェルの言葉はグロウの中の大切なものを切りつけ、そして壊した。それは心神深さであり、僅かに残っていたラプンツェルへの慈悲だった。
それらが決壊してしまった今、グロウは怒りと憎しみで体が熱くなった。
やはりこの世には何も信じられるものはない。そしてこのラプンツェルでさえ、やはりあの女の血を引く女なのだ。
「私の言葉は一切信じぬ、と言うのだな?」
静かに、囁くようにグロウは尋ねた。一瞬グロウを見遣ったラプンツェルだったが、小さな拳を握り唇を固く結ぶと、再び窓へ視線を戻した。
「信じられません」
「そう……か……」
そう言ったラプンツェルの中に迷いを見たグロウだったが、まだ無表情を保ち続けた。だが瞳だけは鋭い光りを放ち、ラプンツェルの横顔を見つめたまま部屋に鍵をかけて出た。
ラプンツェルが幼かった頃にかけていた鍵を、またこうしてかける事になろうとは、とグロウは階段を下りながら思った。幼かった時は危険がないようにと思ってかけていたが、今はそうではない。尖塔から、この教会から出て行こうとするラプンツェルを閉じ込める為だ。
グロウは朝の美しい陽光を見上げても、もう美しいと思わなかった。そして憎しみを込めた足で踏み出すと、森を抜けて石畳を渡り、女の家の扉を乱暴に叩いた。
「誰かおらんか!」
五回程叩いたぐらいに中から声がし、グロウは一歩下がった。
「何か用かしら?」
そう言って扉を開いたのは、ジェシカだった。大層迷惑そうな顔をしていたが、構わずグロウは怒りを爆発させた。
「お前の亭主が私の娘に不貞を働き妊娠した!しかも彼は私を人拐い呼ばわりし、あまつさえ君を孕ませたのだとラプンツェルに吹き込んだのだ!」
そう密告しても、女は驚きに眉さえ動かさなかった。そこでグロウは感じた。
夫にそのような嘘を吹き込み、そしてラプンツェルをたぶらかすように仕向けたのは、ジェシカなのではないかと。
「まさか……君が?」
「どうだっていいじゃない、そんな事。嘘を信じたあの子が悪い……いいえ、それだけではないわ。彼の子を妊娠したですって?」
ジェシカは言いながら怒りを徐々に露にすると、グロウを罵った。それだけならまだ良かったが、ラプンツェルまでこの女は罵った。
「何て不埒な娘なの?きっと彼を誘惑したのね!あぁ何て汚らわしいの?貴方も悪魔なら、育てた子もやっぱり悪魔ね!」
「許さん!よくもそのような口がきけたものだな?お前の不貞を黙っていてやったのに、酷い仕打ちだ!いいか、悪魔は君だ!君なのだ!地獄の炎に焼かれてしまうがいい!」
かっとなったグロウは、いつの間にか女の首をきつく絞めていた。そしてはっと我に返った時には、もう女は琴切れていた。
「おぉ!私は何て事を!」
慌てて女の細い首から手を放すと、その体は糸の切れた木偶人形のようにくにゃりとその場にへたり込んだ。
咄嗟に辺りを見回すが、早朝の為か人の気配はなかった。だが階段を下りてくる足音が聞こえると、グロウは女を放り出したまま逃げた。
私は間違ってなどいない!罪を犯したのはあの女の方だ、私は悪くない!
何度も言い聞かせるように呟き教会に飛び込むと、グロウは恐怖にがたがたと震えた。
「聖母マリアよ……私は悪くないのです、女が……あの女が悪いのです!あぁですがマリア、私はジェシカを殺してしまった!」
静かに佇む像は黙したまま、憂いの瞳をグロウに向けている。
「教えて下さい、私は間違っていたのですか?あの女は心に悪魔を飼っていたのです……」
そう言ってから、グロウは膝を折るようにして座り込み、必死に両手を組み合わせて祈った。
だがふと、グロウの脳裏に掠めるものがあった。
あの女は悪魔だ……魔女なのだ。私はそれを、退治してやったのだ。
そう思うと震えは止まり、グロウは救われた気持ちになった。
「聖母マリアよ……まだ魔女の手下がおります」
グロウは笑っていた。その内心は、自分を貶めようとし、またラプンツェルを謀った者への復讐に燃えていた。
きっと魔女を失った手下は復讐にくるだろう。その時こそ、私の復讐は終わるのだ。
「愛しいラプンツェル……私の為に泣いておくれ。そして以前のように私を愛しておくれ……」
そう呟きながら階段を尖塔へと上がり、鍵を外してから部屋へ入った。するとラプンツェルは、長い髪に櫛を通しているところだった。
「私をここから出してくれる気になったの?」
「いいや、出さぬ。その代わりに、お前に嘘を吹き込んだ男に会わせてやろう」
そう言ってグロウが窓から森を見下ろすと、夫が駆けてくるのが見えた。
「彼は嘘なんて言ってないわ。貴方が嘘を」
「ラプンツェル、何をもってして彼が嘘をついてないと判断するのだね?」
ゆっくりと振り返り、グロウはラプンツェルを見据えた。その後ろに、息を切らせナイフを持った男が立っている。
「よくも妻を殺したな!この悪魔めっ」
「何を言う……私は魔女を退治しただけだ。そして後はお前だけだ」
睨みあっていると、ラプンツェルが櫛を落とす音がした。
「ジョン、妻って……どう言う事なの?独身だって言ってたじゃない」
ジェシカの夫、ジョンは震える手でナイフを握りしめたまま、ラプンツェルを睨んみながら振り返った。
「それは……」
言い澱むジョンの代わりに、グロウは言ってやった。彼には妻がおり、ラプンツェルを騙していた事を。するとみるみるラプンツェルの顔色は悪くなり、やがて咽び泣き始めた。グロウはそれを見つめながら、ラプンツェルは悲しい思いをしたが、真実を知ったのだと感じた。
「あぁ……!許して……許して、お父さん!」
「泣くのはお止し、ラプンツェル。私はお前が真実を知ってくれただけで良いのだ」
そう言って柔らかな金髪を撫でてやりながら、グロウはジョンを冷めた目で見遣った。彼は顔面蒼白になり、唇を戦慄かせている。
「お前は大変罪深い事をしてしまった……マリアもお許しになるまい。だから私がお前を処罰してやろう」
ゆっくりとラプンツェルから手を放し、後ずさるジョンを回り込むように扉から距離を置かせると、グロウはリヤサの袂から木の実の皮を剥ぐ為のナイフを取り出した。
「や……止めろ、俺は妻に言われて仕方なくやったんだ!」
ナイフを振り回しながら、見苦しい言い訳をするジョンを窓辺へと追い詰めたグロウは、自身のナイフの切っ先を見つめ、そして首を振った。
「聖母マリアとラプンツェルに対する言い訳なら、地獄で貴様の妻と相談するがいい!」
ナイフを振り上げたが、ジョンは怯えたまま更に後退し、窓から落下した。そして長い悲鳴の後絶命した。グロウは遺体を見下ろすと、胸の前で十字を切った。
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