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たける

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グロウは赤ん坊をラプンツェルと名付け、教会の尖塔でひっそりと育てた。子育ての経験など全くなかったが、ラプンツェルは手間のかからない子だった。
グロウをお父さんと呼び、いつも愛らしい笑顔でいてくれた。だが自分だけでも食べていくのに精一杯な家計は、日に日にグロウを苦しめ、家財道具を売り払ってもまだ苦しかった。もうあの質素な家に残されたのは、父が作ってくれた祭壇しかない。
グロウは困り果てたが、祭壇が二人の空腹を満たしてくれる訳でもない。最終的に祭壇も質素な家も売り払ってしまい、ラプンツェルと共に教会で暮らす事を決めた。

足首までの長さのあるキャソック──カトリック教会や聖公会の聖職者の平服に用いられている、立襟の祭服──を着用し、その上に外套代わりのゆったりとしたリヤサを羽織ったグロウは、毎朝の祈りを終えたところだった。その姿はまるで牧師だったが、勿論グロウは牧師などではない。ただ父の形見であるそれらを身に纏う事によって、ラプンツェルに自身が無職ではない事と、敬虔深さを示していた。
尖塔からは緑豊かな森と町が見渡せるが、グロウはラプンツェルをそこから出す事はしなかった。代わりに子守唄と聖書を読み聞かせ、また、世界はいかに醜く悪意に満ちているかを説いた。
だが相反し、ラプンツェルはとても清らかな心を持った娘に育った。
美しい顔立ちと金髪を持ったラプンツェルは、若い頃のジェシカそのもので、時折グロウに憎しみを思い返させた。しかしそれも、ラプンツェルが言葉を発すれば、すぐに忘れる事が出来た。ラプンツェルの声は小鳥の囀ずりのように愛らしく、グロウを和ませるのだ。

「お父さん、ねぇ歌って」
「いいだろう……」

グロウの声は低く、町の人間からは悪魔のようだと言われていた。だが歳のせいか、その低さに深みと渋みが出てきて、とてもいい声をしていた。

「私、お父さんの声が大好き」

そう言って微笑むラプンツェルは、グロウにとって天使のような存在だった。

「私もお前の声が好きだ……」

実際グロウは、ラプンツェルを娘以上に愛していた。それは叶わなかった恋の続きのような淡い気持ちだったが、グロウは拒否されないだけで幸福だった。
ラプンツェルの全てが自分であるかのように、グロウの全てもラプンツェルだけだった。

「では、朝食の支度をする事にしよう」

歌い終えたグロウは、とても満足した気持ちになり、そう言ってラプンツェルの為に朝食を取りに森へ向かった。
清々しい木漏れ日が降り注ぎ、鳥の囀ずりや風の音が耳に心地いい。それらに耳を傾けながら木の実やキノコを採っているグロウは、ラプンツェルを譲り受けた日からジェシカやその夫と会っていなかった。
グロウから会いに行く理由もなければ、ジェシカ達が会いに来る理由もない。第一、会いに来たところで会わせる気もなかった。
今が幸福なのだ。それを壊したくない。
だが事態は、突如降る夕立のようにその雲行きを怪しくしていたが、グロウは気付いていなかった。




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