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第九章

342 中が見えないんです

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リルファムは全くと言っていいほど、ほとんど城から出たことがなかったらしい。学園の建設現場は、城から比較的近いとはいえ、歩きはやめようと決め、馬車に乗って出発した。ちなみに、御者はニールだ。

「リル、外見ますか?」
「みたいです!」

リルファムの座高では、馬車の窓から外は見えない。よって、コウヤはリルファムを膝に乗せた。

「おもくないですか?」
「大丈夫ですよ」

嬉しそうに頬を染め、コウヤの顔を見上げるリルファム。その頭を撫でて外へ視線を向けるように促す。

しかし、向かいに座るシンリームとアルキスは顔をしかめていた。

「おいおい。あんま窓から顔を見せん方がいいぞ」
「私も良くないと聞いています。何か飛んできたりしたら……」

貴族の馬車は狙われることがある。だから、極力窓から顔を出さないようにするし、護衛が充分ではない場合は、乗り込む時もなるべく見られない様にするらしい。

いくらオスロリーリェの加護が強く行き届いた王都とはいえ、用心するに越したことはない。この馬車には今、王子が三人も乗っているのだから。だが、コウヤは外の景色ぐらいリルファムに見せてやりたいと思った。

車やバス、電車だって、子どもは窓からの景色に夢中になれるものだ。見せてあげないなんてことはしたくない。外を知らないリルファムならば尚のこと。だから、コウヤはこの馬車に乗り込んだ時点で、色々と細工をしていた。

「大丈夫ですよ。馬車自体に護りと不壊の術をかけましたし、窓は魔法も弾きます。物理的な貫通や破壊も効かなくなっていますから、安全です」
「……は?」
「……それ……壊れないってこと?」

止まりそうになる思考を必死で動かして、そうシンリームが答えを出す。コウヤはその通りと微笑んで見せる。

「はい。なんでしたら、どこよりも安全といいますか……ベストなのは、一般的な部屋一つ分なんですけど、これくらいの大きさだと、間違いないんですよね~」

隠し部屋程度の大きさが、術の強度や目的にもぴったり合う。だが、小さいならばそれだけ力を集中させられるし、使い勝手がいいということだ。

「……叔父上……」
「……いやいや、あり得ねえから……」

コソッと話し合う二人。カトレアが大きな顔をしていた時には、特に話もしなかった二人が、今や常識を確かめ合う仲だ。

そんな二人が、きちんと聞いていてくれるものとして、コウヤはもう一つの機能を追加するため、窓枠の下の中心に片手を触れた。すると、そこに小さな魔法陣が刻印される。それを見て、コウヤが口を開く前に、リルファムは目を輝かせた。

「まほうじん! すごい! なんのまほうですかっ?」

リルファムの声を聞いて、アルキスとシンリームも身を乗り出して、その小さな魔法陣を確認する。大きさとしては、五百円玉くらいのものだ。

「『遮光』と『遮像』を組み込んだものです。これを発動すると……」
「……なにか、かわりましたか?」

魔法陣が確かに魔力を吸って、白く、淡く光るのは見える。発動しているのは間違いない。しかし、その他に変化は見られなかった。

「ふふふ。これは、外からしか変化が分かりません。内側からはこうして、景色が見えます。けど、外からは、中が見えないんです」
「え?」
「は?」
「……見えない?」

不思議そうに、一同は窓の外を見る。気持ち、入ってくる昼過ぎの強めの外の光が減っているのに気付くだろうか。熱は遮断していないので、気付くかは微妙なところだ。

「はい。外からの視線が減ったと思いませんか?」

馬車の窓は、それなりに大きなものだ。あまり不躾に見る者はいないが、動くものに目線は向かうもの。見ようとせずとも、見る者は少なからずいる。中に何がと思うのも自然なことで、視線が窓を通して馬車の中に向かうのを止めることは難しい。

「あ、本当だ……」
「こんなにこっちから見てても、あんま気にされねえな……」
「向こうからは、ガラスがあるとしか見えないんです。透明じゃなくて、暗めの色ですけどね」

マジックミラーガラスを思い出し、外からは見えないようにする術をコウヤは先日から考えていた。それをいかに小さくするかも課題だったのだが、上手くいったと満足気に笑った。

「学園の窓ガラスに使おうと思って考えたんです。馬車にも良さそうですね」

コウヤが思い描く学園は、窓も大きく、多く取ったものだ。やはり大勢で勉強する場所としては、明るく、開放的でなくてはならない。だが、この世界の人々は、警戒心も強い。外からの気配や視線は酷く気になるものだ。生き延びるための本能が強いのだから仕方がない。

ならば、少しでもそれを減らして、勉強に集中できるように、外からは見えず、完璧な防御を持った建物を作るべきだろう。

学園を見上げても、外からは勉強している者たちは見えず、けれど、内からは外が見えて、気分転換ができる。そんな窓をと考えたのだ。やはり、窓一つで閉塞感も違う。快適な勉強環境に、これは必須だった。

「……城の窓もこれに変えねえ? あと、強化とかも窓にかけられねえか?」
「できますよ。学園の窓は大きく取るので、その分強化をと思っていましたからね。これは馬車自体に『不壊』をかけているので、それを抜きました。使おうと思っていたのは入れていますよ」

今回使ったのは、試行錯誤する段階で出来たものだ。分けて使えるのも後々必要になるかもしれないので、きっちり仕上げてもあった。

「あと『快温』も加えて、暑い時は熱を遮り、寒い時は熱を集めるように改良するつもりです」
「よし、採用!」
「これを使ったら……窓から外を見ても良いってことだよね?」
「そうですね」

シンリームの言葉で改めて気付く。不用意に近付き、外の景色を楽しむことにさえ、制限がかかるのが王侯貴族なのかと。それは、酷く窮屈だ。コウヤはこれまでのそんなシンリームやリルファム達の生活を思い悲しくなった。

リルファムの頭を撫でて決意する。

「わかりました。城の窓を変えましょう。大きい窓もつけて、城下の景色を見られるようにします! 城のリフォームは任せてください!」

城の構造は既に頭に入っている。窓を取り替えるだけなら二日とかからないだろう。

「あっ、でも、防犯対策で解除も簡単に出来るように考えないといけないので、もう数日待ってくださいね!」
「お、おう……」
「それでも数日なんだね……」
「たのしみです!」

そうしてやってきた学園の建設現場。そこに降り立って周りを見たコウヤは目を丸くした。

「なんか……人数多くない?」

当初、従事する予定の人数よりも遥かに多い人数がそこにいたのだ。

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