ジア戦記

トウリン

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第二章:大いなる冬の訪れ

命の価値①

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 ヨルムの背骨を抜けるのは、確かに時間はかかったが、さほど労は要さなかった。貸してもらったのがおとなしく乗りやすい馬だったこともあるかもしれないが、何より、道案内として付いてきてくれたエルフィアの力に追うところが大きかっただろう。

 淡い黄緑色を帯びた銀髪をしたその女性は大地の力を操るエルフィアで、どうしても進むことができないような場所に行き当たった時には、その力でもって道を作ってくれたのだ。

 そのエルフィアと別れて丸一日。
 フリージアたち一行は、ヨルムの背骨にほど近い場所にある小さな村に辿り着いていた。地図の上では、ここがグランゲルドの最南端の村になる。

 空に目を向けると、のんびりと舞うスレイプの姿が遠ざかっていくところが見えた。ヨルムの背骨を移動している最中は時々竜笛を鳴らして居場所を知らせてやっていたが、森を抜けてからは勝手についてくるに任せている。多分、フリージアたちが村に立ち寄ることを察して自分も休む場所を探しに行ったのだろう。

 足を踏み入れた夕暮れ時の村の中では、皆忙しなく動いていた。

「じゃあ、俺は村長探して宿の手配をしてくるわ」

 肩に背負っていた荷物をフリージアの足元に下ろして、オルディンがそう声をかけてくる。フリージアは彼を見上げてニコリと笑顔になった。

「あ、うん、お願い、オル」
「この辺で待っとけ。うろうろするなよ?」
「大丈夫だって」
「何かあったら大声出せよ? 狭い村だから、すぐ戻る――」
「もう! いいから行ってきてって」

 やけにくどいオルディンを遮り、フリージアは彼の背中を両手で押し出す。何がそれほど気になるというのか、彼は渋い顔をしながら、ようやくその場を離れていった。最近の彼はとみに過保護だ。
 残ったフリージア、エイル、ソルは近くにあった大きな石に腰掛けて、村人の様子を眺める。

「なんだか、ずいぶんとにぎやかね」

 その慌ただしさに圧倒されたように、ソルがため息混じりに呟いた。人数としてはエルフィアの里の方が多いかもしれないが、静謐だったあそこに比べて、ここはあまりに姦しい。ヒトの生活風景としてはごくごく一般的な光景をポカンと見つめているソルに、フリージアは笑う。

「この時間は、どこもこんな感じだよ」
「そうなの? ……ねえ、あの子たちは何歳くらい?」

 フリージアの台詞に頷きながら、ソルは子どもたちの一群を指差した。恐らく家に帰るところなのだろう彼らは、外見的にはソルよりいくつか年上な程度だ。

「そうだなぁ……六歳から八歳くらいかな」
「え、アレで?」
 ソルが目を丸くしながら子どもたちをマジマジと見つめる。
「あたしがソルを子ども扱いしちゃうのも、解かるでしょ?」
「ええ……そうね、そうかもね」
 にんまりと笑いながらのフリージアの台詞に、不承不承という風情でソルが頷く。

 ここに至るまでの道中、フリージアは何かにつけてついソルのことを構ってしまっていたのだが、その度に彼女に憤慨されていたのだ。
 と、フリージアたちの前を走り抜けようとしていた子どもたちの中で、小石にでもつまずいたのか、一番年下らしい少年が派手に転んだ。一瞬の後、大きな泣き声が響き渡る。

「あらら」

 多分、実際の痛みよりも驚きの方が大きいに違いない。

 フリージアは少年に駆け寄ると彼の脇に膝をつき、起き上がらせる。その膝には擦り傷ができていて、少し深めな傷からは血が滴っていた。

「ちょっと我慢してよ?」
 言いおいて、フリージアは腰から水筒を取り、少年の膝にかける。
「痛い、痛いよ!」

 大げさな声をあげてよけようとするのを巧みに封じ、フリージアは有無を言わさず傷を洗い流してやる。

「薬塗ったらすぐ良くなるって」

 フリージアは少年の脚を掴んだまま、薬を取り出そうと再び腰に手をやった。と、その脇から、スッと小さな手が伸びる。

「エイル?」

 怪訝な面持ちで名を呼んだフリージアには応えず、エイルはゆっくり十数えるほどの時間少年の膝に手をかざし、そして引っ込める。

「え? え? あれ? ウソ、痛くない!」

 彼の膝の傷はきれいに消えており、最初から怪我などしていなかったかのようだ。少年は目を輝かせてフリージアを仰ぎ見る。

「すっごいや! こんなに良く効く薬、見たことないよ。水の中に何か入ってたの?」

 どうやら彼はこれがフリージアの為したことだと思ったらしい。ここでエイルの力を明かせば大騒ぎになるかもしれない。

 一瞬迷って、彼女は頷いた。

「そう。特別な薬だから、皆には内緒だよ?」
「わかった! 治してくれて、ありがとう!」
 そう言うと、彼はパッと立ち上がり、先に行ってしまった子どもたちを追い掛けて走り去っていった。

「ありがと、エイル」

 少年の姿が見えなくなるまで見送って、フリージアはエイルの頭を撫でてやる。そうすると微かに緩む口元は、最近ようやく見せるようになってくれた『表情』だ。
 何だかフリージアも嬉しくなって、自然と笑みが浮かんでくる。

 そんなふうに視線を交わしていた二人に、不意に声がかけられた。

「ねえ、フリージア?」
「何?」
 フリージアは振り返ってソルに目を向ける。

 彼女は何やら渋い顔をしていた。

「その子に、今まで、そんなふうに力を使わせていたの?」
「え?」
「あなた、エルヴンの力について、知らないの?」
「力? どういうこと?」
 首をかしげたフリージアに、ソルが言い淀む。そうして少し迷う素振りを見せた後、また語り出した。

「わたしたちエルフィアがマンナを使って力を振るうというのは知ってるわよね?」
「うん、そう聞いてる」
「でね、普通、エルフィアが使うのは、炎とか、大地とか、自然に溢れてるマンナなの。炎の力を使うエルフィアは熱がもたらすマンナを使ったりね。熱はそこらじゅうにあるでしょ? そうやって、よそからマンナを得るから、力を使ってもわたしたち自身には負担はないの」

 フリージアは解かったと答える代りに、一つ頷く。

「でも……でもね、前に聞いたことがあるんだけど、エルヴンは違うんだって」
「違うって?」
「……エルフィアはね、生まれた時には白銀色なんだけど、使う力によって――吸収するマンナによって、それぞれの色を帯びるの。ほら、わたしの髪は朱色が混じってるでしょ? これは炎の赤を反映してるのよ」
「へえ」

 曖昧な相槌を打ちながら、ソルの台詞にフリージアはふとあることに気が付いた。そして、チラリとエイルに目を走らせる。
 彼女のその視線の動きを、ソルは見落とさなかった。
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